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2:任命式

2023/5/29 構想を練り直したため、本文差し替えました。

「ルイス。この日、この時から、ミズガルドの剣となることを命ずる。名誉と礼儀を重んじ、国の永劫の繁栄のため、民の永久の安寧のため、その命を賭して騎士の使命を果たせ」


 ウィリアムは厳かに告げ、剣の刀身をルイスの肩に当てた。作法に則って恭しく片膝を付いていたルイスはウィリアムからその柄を授かり、腰の鞘に納めた。今日からこの剣がルイスの一蓮托生の相棒となる。ベルトを通して伝わる重みを、ルイスはしかと受け止めた。

 ウィリアムが第一騎士団の新人騎士たち一人一人に剣を授け終えると、次は第二騎士団の任命が始まった。


 粛々と新人騎士の任命式を終え、第一騎士団は訓練場に移動した。同じ訓練場の半分には第二騎士団、屋内訓練場には第三騎士団と、主要部隊が任地である国境に滞在している第四から第八騎士団の代表者と新人達とが分散して、ここからは各々の団での指導が始まる。

 整列した第一騎士団の前に立つのは、もちろん団長であるウィリアムである。その横には柔らかく波打つプラチナブロンドの髪の男が控えていた。


「新人諸君、改めて君たちを歓迎する。第一騎士団長ウィリアム・バクスターだ。厳しい騎士養成学校で優秀な成績を修めてきた君たちの今後に期待をしている」

「私は第一騎士団副団長のヴォルテ・ノランビーだ。ウィリアム団長とともに君たちを歓迎するよ」


 ヴォルテは柔和な物腰で名乗った後、隣のウィリアムと目で示し合わせた。


「まずは新人諸君の実力を確認するために模擬戦を行ってもらう。相手はウィリアム団長だ。制限時間はなし、魔法は禁止とする。どちらかが剣を落とすか膝を付いたら終了だ」


 新人の間に緊張が走った。まさか入団直後から模擬戦、それも名高い団長直々に相手をしてもらえるとは思いもよらず、ほとんどが動揺する中――ルイスは一人、これは好機だと目を眇めた。

 騎士団長相手に勝てるなど、さすがにそこまで驕ってはいない。だが、一泡吹かせるぐらいはできやしないか。自分はあんな子ども扱いされるような弱い人間ではないのだと、この一戦で知らしめてやりたい。ルイスは密かに闘志を燃やして、拳を握りしめた。

 ヴォルテに名前を呼ばれた者から進み出て、模造剣を手にウィリアムと対峙する。新人騎士以外の者たちは、この時点ですでに堅苦しい雰囲気を崩し、娯楽を見るような気楽さで雑談を交えて成り行きを見物していた。


「何秒持つと思う?」

「十秒ぐらいか」

「いや、団長のことだ、何度か打ち合って腕前を確認するだろうから、六十秒はかけるだろう」


 囁き声の予想通り、ウィリアムは若輩相手に圧倒的な実力差を見せながらも、ある程度時間をかけてうまく打ち合いを誘導していた。相手の身体能力、瞬発力、判断力、応用力などを確認し、十分に総合的な実力を見極めてから模造剣を打ち飛ばす。ウィリアムに気圧され、しかも周囲の団員達の目も意識してしまい、誰もが本来の力を出し切れない。それはいつも勢いで生きているようなイヴも同じで、どうにか他の同期よりも長く戦えたものの、結局はウィリアムに決定的に踏み込むことができないまま剣を落としてしまった。


「次はルイス」


 ヴォルテに呼ばれ、ルイスはウィリアムの前に進み出た。目の前の男はまるで一度も手合わせしていないかのように、息の一つも上がっていない涼しい顔をしている。切れ長の目はルイスをひたと見据え、回廊で見せた柔らかさは微塵もない。ルイスも負けじと、腹に抱えた怒りをぶつけるように睨み返した。「あれがルイスか」「今年の首席だろう」「噂には聞いてたが、すごい美形だな」という外野のざわめきはもはや聞こえない。ヴォルテの合図とともに、ルイスはウィリアムに切り込んだ。

 斜め下から剣を切り上げる。ウィリアムが刀身で受け止め、半歩下がる。すかさず間合いを詰めてさらに一閃。ウィリアムが身を捩って避ける。おお、と外野が声を上げる。

 ルイスはウィリアムと対峙しながら、かつての戦場での感覚を呼び起こしていた。騎士養成学校に入るきっかけとなった四年前の、悍ましく生々しい命のやり取り、相手の肉を断つ感触、こちらの骨を断とうとぎらつく刃の鈍い光――実力や数で不利な状況でも、ルイスはがむしゃらに戦って生き残ってきた。あの戦場に比べたら、教官としてのウィリアムの圧など微塵も怖くない。体感で三分は経っただろうか。ウィリアムの動きは他の同期相手の時と同様、ルイスの剣筋を指導するものだったが、剣を交えていけばいくほど僅かにだが気色が変わっていく。だが、ルイスにはウィリアムが少しでも本気を出すのを待つつもりはなかった。まだ、この実力差で本気を出されては万に一つの勝ち目もないことはわかっている。

 ……今だ!!

 ルイスは軸にした右足を踏ん張り、左足を大きく蹴りだした。狙いすました左足は、瞠目したウィリアムの胸部に命中した。体勢を崩したウィリアムに、蹴りだした左足をそのまま踏み込んで上から全力で剣を振り下ろす――銀髪の隙間から鋭い眼光が放たれ、凄まじい勢いで剣が振り上げられた。二本の剣がぶつかりあい、ルイスの剣が弾かれた。


「っ!!」


 ウィリアムの重い一撃をまともに受けた手に、ルイスは渾身の力を込めて、かろうじて柄を握りしめる。しかし寸でのところで剣を落とさなかったルイスだが、吹き飛ばされた体は後方によろめき、片膝が地面についた。


「そこまで!」


 ヴォルテの声に、ルイスはどっと激しく息を吐いた。肩が大きく上下すると、ぶわりと汗が噴き出した。

 胸に足跡を付けたウィリアムがこちらに歩み寄り、手を差し出す仕草を見せる。ルイスはその手が届く前に自力で立ち上がり、一礼をして新人の列へ戻ろうとしたが、手前を陣取っていた年上の騎士達に囲まれて歩みを止めた。


「話には聞いてたけど、お前すごいな!」

「団長一瞬本気出してたぞ」

「最後もよく剣を落とさなかったな」


 ルイスはこぞって称賛してくる騎士達を一瞥してから、黙って頭を下げると、やや強引にその人垣を抜け出した。「……実力だけじゃなくて、不愛想も噂以上だな……」誰かの呟きを聞かなかったことにして、新人の隊列に戻る。隣に並んだイヴはこっそりとルイスに耳打ちをした。


「お前、キレーな顔に似合わず度胸あるよな……団長に全力で蹴り入れるとか……」

「魔法は禁止だと言われたが、体術が禁止とは聞いてない」


 恐々といったイヴに、ルイスは息を整えながらきっぱりと反論した。禁じ手を使ったわけではないのだ、恐縮する必要などあるはずがない。案の定負けてしまったが、ウィリアムの服に砂埃をつけたと思えば多少鬱憤も晴れた。


(……でも)


 ルイスは手のひらを見下ろした。ウィリアムの一撃を受け止めた手は、小刻みに震えている。意地で剣を手放さなかったが――膝をつかなかったとしても、到底戦い続けはしなかっただろう。


(いつか、勝ってやる)

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