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1:出逢い

2023/5/29 構想を練り直したため、本文差し替えました。

 春。

 ミズガルド王国騎士団の営舎は二人での相部屋となる。屈強な騎士でも窮屈にならない大きめの二段ベッドを室内中央に仕切り代わりに置き、その左右の窓際に机が一つずつ配置されている簡素な部屋だ。ルイスが個人のワードローブから取り出した真新しい制服を着込むと、部屋の扉が開いた。顔でも洗ってきたのか、さっぱりとした面持ちで短い飴色の髪を撫でつけながら帰ってきたイヴ・ラヴァンディエは、身支度を終えたルイスを見るなりぎょっとした。


「えっ!お前もう支度終わったのか?任命式典まではまだ時間あるじゃねえか」

「……余裕のない段取りはしたくない。俺はもう行く」

「俺まだ着替えてすらないんだけど!?」


 待てって、一緒に行こうぜと言うイヴの慌てた様を黙殺して、ルイスは部屋を後にした。昨日から同室になったイヴのことは騎士養成学校時代から知ってはいるが、単純で賑やかなその性格が苦手で、これまでほとんど会話を交わしたことがない。これからの彼との同居生活を思って、ルイスは小さくため息を漏らした。

 廊下にはすでに支度を終えて立ち話をしている者、イヴのように部屋着で歩いている者と様々であるが、皆一様にこれから予定されている新人騎士任命式典を前にしてそわそわとした空気を醸している。ルイスが横を通り過ぎれば、その長く豊かな睫毛に縁どられたガーネットのように深い赤色の瞳や、小ぶりで筋の通った鼻、形のよい薄紅色の唇……それら全てが一寸の狂いもなく完璧な位置に配された彼の美貌に、はじめて目にする年上の騎士たちはもちろん、騎士養成学校で見慣れた同期たちでさえ、誰もがちらちらと視線を投げてよこしてくる。今まで同じ視線を浴びるように注がれてきたルイスは、周りを気にも留めず、歩みを進めた。

 寄宿部屋のドアがずらりと並ぶ廊下を抜けて階段を下りると、中庭を囲む回廊に出る。大広間に続く回廊に人気はない。中庭は男所帯の騎士営舎にはもったいないほど美しく管理をされていて、春を告げる色とりどりの花々が咲き誇っていた。特別花を愛でる趣味はない――が、なぜかそよ風に揺れる花々に目を奪われて、ルイスの足は自然と立ち止まっていた。

 二年間の騎士養成学校を卒業して、今日から騎士団での新しい日々が始まる。これから、何が待ち受けているのだろう。

 風に撫でられた草花がさざめいた。ふと視線を感じて、ルイスは回廊の先を振り返った。男が一人、立っている。

 男はルイスと同じ騎士の制服を身に着けているが、胸には数々の勲章を輝かせ、豪奢な金糸の刺繍が施されたマントを背負い、紅い大粒の宝玉を嵌めこんだ剣を腰のベルトから提げている。かなりの長身である体は服の上からでも見てわかるほど分厚く、顔つきは精悍で、ルイスを真っ直ぐに見据える浅葱色の瞳は意志の強さが溢れんばかりである。その衣装、堂々たる佇まいからすぐにその階級を察したルイスは、即座に右手の拳を胸に当てて敬礼をした。男は鷹揚な足取りでルイスに歩み寄った。


「今日から入団する新人か。随分と支度が早いな。……君の名は?」

「第一騎士団第一部隊配属予定のルイスと申します」

「君がルイスか。私は第一騎士団団長を務めるウィリアム・バクスターだ。これからよろしく頼む」

「こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 ルイスは内心、驚いていた。団長級の人物だとは推測していたが、まさか直属の上官、それも誉れ高いかのウィリアム・バクスターその人だったとは思いもよらなかった。十年前の西国サージャとの戦争で劣勢だった砦の防衛を見事に果たして名を轟かせ、その後も終戦まで目覚ましい活躍を見せた上、五年前の国境線での小競り合いでも完膚無きまでに敵軍を撃退したりと、武勲をあげればきりがない。ミズガルドの人間で彼を知らぬのは赤子だけ、ルイスも彼に憧憬の念を抱いている一人だ。

 ルイスとて背が高い部類ではあるが、ウィリアムはそれ以上の上背で、顎を少し持ち上げなければ目を合わすことができない。間近に見上げた彼の目に、どこか慈愛にも似た柔らかな思いが宿っているように感じられて、ルイスは僅かに戸惑った。言葉もなく数秒見つめあい、この気まずい沈黙はいつまで続くんだ、何も言うことがないなら解放してくれと内心文句を付けていると、一際強い風が吹きつけた。強風はウィリアムのマントを激しくはためかせ、ルイスの髪をめちゃくちゃに乱していった。耳にかかるほどの長さがあるセピア色の髪が目元に覆い被さり、見っともない体裁になってしまったが、上官の前で敬礼しているルイスは手直しができない。それがまた間抜けさに拍車をかけていて、ルイスの胸中は苦々しい気持ちでいっぱいになった。

 おもむろに動いたのはウィリアムだった。

 数え切れぬほど敵を屠ってきたであろう節くれだった手が、ルイスの顔にかかった髪を掻き分け、丁寧に元の形へと整えていく。されるがまま、想定外の事態に瞠目するルイスを、ウィリアムは生真面目な表情のまま覗き込んだ。


「君の瞳は陽の光に当たると宝石のように煌めくのだな」


 同性で、年上で、さらには上官である相手にこう囁かれて、なんと返せばいいのか、誰か知っている者がいるならすぐにでも教えてほしかった。硬直するルイスの心情など微塵も考えが及ばないのであろう、ウィリアムは涼しい顔のまま、ことさら優しく、親が子を慈しむような手つきで新人騎士の頭を撫でた。


「では、また式典で会おう」


 ウィリアムはそう言い残し、返事を絞り出すことさえできないルイスの横を通り過ぎ、去っていった。その場でしばし惚けていたルイスは徐々に理性を取り戻すと、大きな手のひらの感触が残る頭に自らの手を置いて、低く呻いた。

 ――子ども扱いをされた!

 怒りと羞恥心で頭がカッと熱くなる。子ども扱いされるということは、見縊られているということだ。相手は歴戦の騎士団長、新人騎士である自分はまだまだ未熟に見えることだろう。彼より実力も経験も劣っていることは当然認めるし、指導してもらえれば素直に助言を受ける気でいた。だが、だが、今のは後輩の指導ではなく、単なる幼子をあやす手つきではないか!矜持の高いルイスにとって、これほど屈辱的なことはなかった。見下されたのだとさえ思った。自分がこれまで経験し、培ってきたもの全てを軽視されているように思えて、ルイスの頭は熱く沸いた。


(ウィリアム・バクスター……嫌なヤツ!!)

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