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16:手のひらに灯るぬくもり

(瞼が重い)


 起きようとして、ルイスは違和感を覚えた。いつもならすんなりと開く瞼が動かないし、指先にも力が入れにくい。意識を集中させてようやく瞼を抉じ開けられたが、あまりの重さに、実にじれったい動きになってしまった。


「ルイス」


 傍で名前を呼ばれて目線を動かす。窓からの日差しが白く弾ける視界に、銀の髪がきらきらと輝いている。見覚えがある。銀色の髪、大きく頼もしい気配、低く落ち着いた声――そうか、これは、夢の続きなのか。


「やっと来てくれた……」


 思い通りに動かない手をどうにか伸ばそうともがいていると、見かねた彼の手が先にそっと握ってくれた。そう、この手。あの時優しく背中をあやしてくれた、あの手と同じ。


「……ずっと待ってた」


 手を繋いだまま、もう一方の手がルイスの頬を包み込む。添えられた大きな手のひらに安心して、……少しだけ自分から頬を寄せた。


「失礼いたします。ウィリアム様、この後会議がありますのでそろそろ営舎に……」


 ガラッという扉の開く音と、はきはきとした業務連絡が聞こえた瞬間、ぼんやりと夢現だったルイスの意識は一気に覚醒した。それはもう、頭から氷入りの冷水をぶっかけられたかのように、はっきりすっきりと、夢から覚めた。

 扉を片手で開けた体勢のまま硬直するヴォルテと目を合わせ、それから、見たくはないが見なければならない手を握っている人物を見て――それがウィリアムであると認知したルイスは、間髪入れずに手を振り払って布団に潜り込んだ。


(!!??!!??)

「……申し訳ありません。邪魔をしてしまいましたね」

「問題ない。それより、ルイスが目を覚ましたと医者に伝えてくれ」

「承知いたしました」


 バタン

 潔い音を立てて扉が閉まってもなお、ルイスは布団から顔を出せなかった。今しがたの己の所業がぐるぐると脳内で回る。夢で見た恩人の騎士とウィリアムを間違えて?変なことを口走り?手を握って?頬を?


(~~~~恥ずかしすぎて死ぬ!!)


 顔が熱すぎる。やばい。これは、やばい。手のひらを顔に当てて冷まそうとするも、手のひらまでもが熱を帯びていてどうにもならない。


「ルイス、痛みや違和感はないか?」


 羞恥と混乱でいっぱいになっていたルイスにかけられたウィリアムは、まったく動揺などない、平常通りの自若とした物言いでそう言った。その冷静さがルイスの頭からも僅かに熱を取り払ってくれる。ルイスは布団を被ったまま、深呼吸を挟み、返事を模索した。


「……痛みは、ありません。違和感も……少し体が重いですが、大きな支障はありません」

「そうか。では、意識を失う前のことは覚えているか?」

(意識を失う前?)


 意識を失っていたのか?そもそもここはどこだ?最後の記憶は……確か、路地で。

 ルイスはハッとして布団から飛び出した。


「襲撃犯はどうなりましたか!?」


 勢いよく起き上がると、くらりと眩暈がした。布団に倒れ込みそうになる寸前、ウィリアムの手がルイスの肩を受け止める。


「横になりなさい」

「……申し訳ありません」


 ウィリアムはルイスを寝台に横たわらせてから居住まいを正した。


「君を襲撃した犯人達は捕らえてある。心配は要らない」

「そうですか……」

「まだ事情聴取の段階だが、犯人の剣に仕込まれていた毒の証拠もあるから言い逃れはできまい」

「……俺を見つけたのは誰ですか?」


 ウィリアムは答えようとして、なぜか、言葉が喉に詰まった。……なぜか、少しだけ苦しい。


「団長?」

「……街を警邏中だった第三騎士団のオズボーンが君を発見した。衛兵に襲撃犯を捕縛させ、彼が君をこの詰所まで運んだと聞いている。後で彼に礼を言っておくといい」

「はい」

「解毒後も一日近く意識が戻らなかったのだ。彼も心配しているだろう」

(一日……眠りっぱなしだったのか。どうりで長い夢を見るはず、だな)


 そこまで話し終えた時、ノックの音が響いた。続けて、医師をお連れしました、とヴォルテが言う。さっきのアレがあったからだな、とルイスはすぐに察して、忘れかけていた羞恥心を思い出して歪んでしまう口元を隠すように布団を引き上げた。


「入ってくれ」

「失礼いたします」


 ヴォルテが連れてきた医者はルイスに口頭でいくつか質問をしてから、慎重な手つきで触診をし、神経や筋肉の状態の確認を終えると穏やかに笑って大きく頷いた。


「問題ありませんね。解毒は完全に済んでいますし、体の感覚が元に戻るまではここで静養してもらいますが、明日か明後日には営舎に戻られても大丈夫です」

「ありがとうございます」

「いえ、無事に快復されてよかったですよ。それと、第三騎士団の方からあなたが事情聴取に応じられるようになったら連絡をしてほしいと言われているのですが、連絡してもかまいませんか?」

「はい、お願いします」

「では連絡してきますね」

「ウィリアム様、我々もそろそろ戻りましょう」

「ああ」


 やっと一人になれる、とルイスが喜んだのも束の間、椅子から立ち上がったウィリアムは振り返り、躱す暇など与えぬ見事なまでに自然な動きでルイスの髪を一撫でした。


「くれぐれも無理はしないように。具合が悪くなったらすぐに近くの者に言いなさい」

(ひ、人前で何してるんだあんた!?)


 見れば、ヴォルテも医者もわざとらしいほど明後日の方向を見やっている。どう考えても、この場で気まずい思いをしていないのはウィリアムただ一人だ。


「わかってます!早く戻ってください!」

「大声を出さずに安静にしていた方がいい」

(あんたのせいだろうが!)



 ルイスはなぜか突然怒り出してそっぽを向いてしまったが、あれだけの気力が戻ったのなら医者の見解通り問題はあるまい。張りのある怒声も、寝起きの弱弱しい掠れ声を思えば、聞けて喜ばしくもある。

 ルイスが何者かに襲撃され、毒によって意識不明の重体に陥っている一報を聞いた時は、生きた心地がしなかった。ただただ彼の生命力が堪えてくれるよう願って、一心不乱に馬を駆けさせたのが昨日のことだ。


「……しかし、本当に奇跡としか言いようがありません」


 連れ立って廊下を歩いていた医者がぽつりと言った。


「あの毒を受けて生き延びただけでなく、ここまで快復が早いとは……」

「……ディダーラの毒、か」

「通常ならば十五分以内に解毒魔法をかけなければ死に至る強力な毒です」


 ルイスがアルバートに発見されてから詰所に運び込まれるまでが十五分、医者が駆けつけて症状を把握し魔法で解毒作業に入るまでが五分、毒を受けてから発見されるまでの時間を含めれば、とうに救命のための制限時間は過ぎていた。そこから一命を取り留めただけでも驚異的だが、後遺症もなく意識を回復させるまで一日足らずは、奇跡という他ない。


「ただ単に運がよかったのか、はたまた毒に強い体質なのか……」

「そのような体質があるのですか?」

「個人差はあります。ですが、ディダーラに耐えうる強さとなると……」

「奇跡、か」


 呟き、ウィリアムは手のひらを見下ろした。

 昨日ウィリアムがこの詰所に辿り着いてすぐに面会した時、ルイスはすでに治療を終えていたものの昏睡しており、血の気のない頬はひんやりと冷たかった。数えきれないほど直面したことがある人の死の気配がするその冷たさに、ウィリアムははっきりと、恐怖した。解毒はできたが予断は許されないという医者の言葉に、無様にも耳を塞いでしまいたかった。

 だが、ルイスは、生き延びた。ゆっくりと開いた瞼の下からあの赤い瞳が見えた時、ウィリアムは心から安堵した。

 繋いだ手も、添えられた頬も温かく、手のひらには彼の命のぬくもりが灯り、死の気配は瞬く間に遠ざかった。あのぬくもりを二度と手放したくないと、ウィリアムはそっと、手のひらを握り込んだ。

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