プロローグ:生真面目騎士団長がやたらと小言を言ってくる
2023/5/29 加筆修正しました
2024/1/9 時系列調整のため一部修正しました
ぐしゅっ
訓練の休憩時間、くしゃみを噛み殺そうとして失敗し、間抜けな音を立ててしまったルイスは(しまった)と眉根を寄せた。
「風邪か?」
「……」
ああ、ほら。案の定、そう声をかけられて横目で見ると――浅葱色の瞳がこちらを睨んでいた。鼻筋が通った整った顔立ちに鋭く睨み付けられれば、大抵の者は居竦まってしまうだろうが、不本意ながらすでに慣れっこになってしまったルイスは恐怖に震えるでもなく、むしろ苛立ちをもってウィリアムを睨み返した。
「違います」
「君は他の者より体が華奢なのだ。体調管理には気を付けなさい」
……ここまではいいだろう。華奢と言われたのは癪に障ったが、筋骨隆々の他の団員と比較すれば確かに劣る体格なので堪えてみせる。体調管理云々も指揮官としての指導として受け入れる。
しかし、だ。
「まだ朝晩が冷える。薄着で寝てはいないだろうな?しっかりと暖かくして体を冷やさないように」
あんたは俺の保護者か!?
他のヤツがくしゃみしてもそこまで言わないだろ!
声を大にして叫びたい衝動を強く握った拳の中に抑え込み、ルイスはもはや幼子への小言といえるウィリアムの言葉を黙殺した。
これが同期であれば、または一つ二つ年上の者であれば、ルイスは即刻反発しているが、相手は何せこの国で一、二を争う実力を持ち、名実ともに騎士の鑑と呼ばれる第一騎士団団長ウィリアム・バクスターなのだ。しかも、直属の上司である。口答えなどできるはずがなく、ルイスはひたすら苛立ちに耐えるしかない。
「健康を維持するためのは食事もきちんと栄養を考えてとるように」
「……」
ウィリアムの配下に入ってからというもの、この小言の連続である。しかもその全てが真顔で、心の底から真剣なのだ。常日頃無表情に近い顔からは彼が何を考えているのか全く窺えない。
子ども扱いと言っても過言ではない態度を重ねられるにつれて、ルイスの中のウィリアムへの憧れはすでに完全に消え失せた。
「また団長がルイスの父親をやってるぞ」
「いや、父親というよりは母親だろ」
近くにいた同僚騎士がまたかと笑う。笑いたくもなるだろう。俺はまったく笑えないがな!
「ウィリアム様、それくらいになさってください。くしゃみ一つでそこまで注意をされては、ルイスは瞬きもできなくなりますよ」
沈黙するルイスとさらに何かを続けようとしたウィリアムの間に入ったのは、副団長のヴォルテだった。穏やかで気配りが上手い彼の助け船に、ルイスはすぐさま乗り掛かり、軽い会釈で感謝の意思を伝えてその場を立ち去った。
「……また彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか」
「そうですね」
己の言動の何がルイスを怒らせたのかわかっていないウィリアムの小さな呟きに、ヴォルテは困った笑みを浮かべて曖昧に頷いた。根は優しくも騎士として自他に厳しいウィリアムの、ルイスへのことさらな小言の多さは……いや、もはやただの過保護さは長年彼の片腕として働いているヴォルテですら対応に困る事案である。当事者であるルイスはさらに困惑していることだろう。
「あまりルイスを追い詰めないでやってください。せっかくの優秀な人材なのですから」
「……すまない」
やんわりと諫めれば、ウィリアムは精悍な顔にやや憂いを帯びて謝った。素直な人だ。その素直さが、ルイスとの関係においては仇となっている。どうしたものかな、と考えていると休憩時間の終わりを告げる笛の音が鳴り響いた。
ウィリアムとルイスのこの奇妙な関係の始まりは、少しだけ時間を遡る――
はじめてのオリジナルです。
のんびり続けていきたいです。