第一話
一 『転生』
大きな衝撃と共に私の身体は宙を舞い、次の瞬間アスファルトに叩きつけられる。
『あっ…お店の服…駄目にしちゃった…。
どうしよう…やっぱり弁償かなぁ…』
血と痛みで霞む意識の中、そんな事を考え。
子供の頃から男の子とではなく、女の子と遊ぶことが私は好きだった。
男女等とからかわれたりしたけど私は一向に構わなかった。
自分が他の子と明らかに違うことに気づき始めたのは中学校に上がってすぐ。
クラスの男子…ここではAくんと仮称しておこう。
Aくんは勉強もスポーツもそこそこ出来て、尚且面白いというクラスのムードメーカー的な存在だった。
彼の事を思うと胸がドキドキと高鳴った。
それが恋愛感情から来るものだという事は直ぐに理解した。
でも、私はその気持ちをAくんに伝えることは出来なかった。
Aくんや親に迷惑がかかりそうだったからだ。
そりゃ、TVとかではオネェタレントやらニューハーフで有ることをカミングアウトする芸能人は大勢いる。
だけどTVと現実は違う。
こんな私の事が知られたらきっと皆から嫌われちゃう。
ずっとそんな風に考えていた私に転機が訪れたのは大学進学を期に上京してからだ。
学費は両親から出してもらえることにはなったが生活費は自分で稼げとのことで、アルバイトをすることになり、私は今の仕事場-オカマバーで働くことになったのだ。
店長-ママや、お店の先輩たちも、お客さんもこんな私の事を受け入れてくれて。
…ってそういうお店なんだから当たり前と言えば当たり前か…。
接客も大分慣れてきたところだったのに…。
こんなところで私の人生、終わっちゃうのかな…。
もっと、自分の気持ちに素直になれていたら良かったなあ…。
もし、生まれ変わるとしたら今度もオカマとして生まれたいな‥。
そんな事を思いつつ私の意識は完全に消失した。
2
「おーい、ワシの声。
聞こえておるかの?」
シワガレたお爺さんの声に私は目覚める。
何もない真っ白な空間、目の前には手に藜の杖を持ち、ローブを身に着けたお爺さんが椅子に座っている。
白髪だらけの頭髪を腰まで伸ばし、皺が刻まれた顔は彫りが深い。
顎からは胸元まで白い髭を蓄え、かなりお年を召しているように見える。
「あの…私」
トラックに跳ねられた衝撃と地面に身体を打ちつけた痛みは確かに覚えている。
それに、私の体も透き通っているような気がする。
私は恐る恐る、お爺さんに尋ねた。
「死んだよ」
解ってはいたけど、淡々と答えるお爺さんの言葉に少なからずショックを受けるがママの座右の銘である『どんなときでもポジティブシンキング』という言葉を思い出し、気を取り直す。
「っという事はお爺さんは神様ですか?」
お店の先輩から借りたラノベに似たようなシチュエーションがあった事を思い出して尋ねる。
「まぁ、そのようなものかの。
ワシは死んだ人間の魂を見定めてその後の行き先を案内する役目を負っておってのー」
立派な顎髭を撫でながらお爺さ…もとい、神様は続ける。
いや、どちらかと言えば閻魔さまの方が近い気もするがまぁ、神様で良いかな?
「お主の場合は選択肢が二つ存在しておる。
一つは、生前の記憶と意識を無くし再び人として地球に生を受けるか。
もう一つは、記憶と意識をそのままに異世界に転生するかじゃ。
前者は必ず人として生まれることになるが、後者を選んだ場合は必ず人として転生できるとは確約は出来ぬ。
最悪、魔物として転生して討伐される可能性もあるがどうする?」
神様が問うが私の答えは決まっいる。
もちろん後者だ、私は生まれ変わっても私でいたい。
例え、直ぐに死ぬことになってもだ。
「それでは、異世界に転生する方でお願いします」
私の言葉に神様はどこか深い溜め息をつくと、何処か残念そうな様子で言葉を継ぐ。
「了解じゃ、転生じゃな…」
「あの…何かありました?」
そんな神様に私が尋ねる何処か疲れたように話してくれた。
なんでも地球、特に日本で死亡した若者の殆どが地球へではなく、異世界への転生を望むとのことらしい。
「確かに、戦争やらブラックな職場は嫌なのは解るがそれは異世界かて同じじゃろうに…」
不思議そうに首を傾げる神様。
多分、その原因のほとんどが異世界ものの漫画や小説が原因じゃないかな?
っと考えたが言わないでおこう。
「さて、愚痴を聞いてもらってすまんかったの…」
神様はそう言うと、杖の石突で床をコンコンと叩く。
すると、空中に大量の文字が投射される。
「異世界は過酷な環境じゃからな、転生を選んだものには選別としてスキルを20まで選ばせてやることにしておるのじゃが。
愚痴を聞いてもらった礼じゃ。
好きなだけ選ぶが良い」
おおー、神様太っ腹!!
じゃあ、神様のお言葉に甘えてスキルを選ばせてもらおうかなー。
意気揚々とスキルを選ぶ。
30個まではニコニコして私がスキルを選んでいるのを眺めていた神様だが、40個を超え始めたところでその笑みが引き攣り始めたので50個ほどで遠慮しておいた。
「さて、スキルを無事に選択し終えたようじゃのー。
それてまはこれからお主の魂を異世界に転移させるとしよう」
苦笑いを浮かべながら神様はそう言うとまた、杖の石突で床を小突く。
すると私の元から透き通っていた私の体が更に透明になっていき、意識も遠ざかっていく。
ものの数秒で私の意識は無くなり、私は異世界へと旅立つことになったのだー。
コトコトと、何かを煮込むような音とともに私の意識は覚醒する。
目の前には何かをかき混ぜるローブ姿の人物見えた。
顔を見ようと身体を動かそうとするがどうにも身体が動かない。
どうしたものかと考えていると自分の所持してるスキルに丁度よいものがあったことを思い出す。
『俯瞰 LV1』
呟くと同時に感じたのは身体が浮かぶような奇妙な感覚を覚える。
同時に、視線が上へと登っていきローブの人物の姿が顕になる。
何かが入った大きな釜を掻き混ぜる手はスベスベしていてシワが全く見当たらない。
括れた腰に、ローブ越しからでもわかる程、しっかりと自己主張する大きな胸。
艷やかな金髪は腰まで伸び、顔は小さく目鼻立ちははっきりとした、思わず嫉妬心を抱きたくなるような美人だ。
装飾品として身につけている鼻にちょこんと掛けた小さい眼鏡ぐらい。
でも彼女の身体的特徴で最も印象に残ったのは笹のように長い耳。
『エルフ! 異世界ものの定番じゃん!!』
思わず叫んでしまいそうになるのを堪えつつ私は室内を見回す。
天井からは括られた薬草が吊り下げられていて、本棚には何やら小難しい本が並んでいる。
どうやらこのエルフは魔法使いかそれに近い職業みたい。
『あれ?』
そこで私は室内にエルフさん以外の人物の姿が無いことに気づく。
『……どういうこと?』
疑問に思っていると視界の端にステータスバーなるものを発見する。
『ステータスバー…』
呟くと共に能力値やスキルやレベル等が一覧となって表示される。
『ちょっ……』
そんな中ある項目を見つけた私は言葉に詰まる。
私が見つけた項目は種族名。
そこにはこう印されていた。
種族名:『釜』っと…