5.取り調べは、親子丼で
この部分から異世界なので、唱の名前の表記がカタカナになっています。
「砂糖と塩、まちがえてるーっ!!!」
自分の叫び声に驚いて、ショウはその場に飛び起きた。と、同時に襲う後頭部の鈍い痛み。思わずその部分を押さえて呻く。少し腫れている感じがするのは何故だろう。
「あら、大丈夫ですか?」
少し涙目状態の彼女に、すぐ横からのんびりとした声が掛けられた。
それに答えようとした彼女は、そちらに視線を移し……、目を見開く。
そこには、見た目も鮮やかな赤い髪の女性が、青い瞳で心配そうにこちらを窺っていたのだ。
明らかに日本ではお目に掛かれない色彩。
おまけにその女性は、紺色のロングドレスに白いエプロン、頭にはカチューシャという、俗に言う『メイド服』を身に着けていたのだった。
「お砂糖とお塩は、別々のところに置いていますので、間違えませんよ?」
そんな彼女がにっこりとショウに告げた。そんな事は聞いていないが。
一応、大丈夫だという意も込めて頷く。
「少し待っていて下さいね。今、旦那様を呼んで来ますので」
そう言うと彼女は、立ち上がり早足に部屋を出て行った。
「……ダンナサマ……?」
残されたショウは唖然と呟いた。
そう言われれば、と思い、この部屋を見回すと、見るからに豪華な調度品、毛足の長い絨毯、そして我が家の居間の二倍ぐらいありそうな面積。
誰が何と言おうと、明らかに金持ちの持ち物だった。
確か自分は、セド=ラフェアと名乗る子供に会って、「力を貸して欲しい」と言われ、異世界とやらに連れて来られたはずだ。はっきり覚えているから夢じゃない。うん、それなら先程の女性の容姿も納得できるな。
少し痛む頭で、自分が何故ここにいるのかを考える彼女。思考ははっきりしているようだ。
「でも、どうして、『目を開けたらそこは豪華な部屋でした。』なんだろう?」
彼女は、現在自分の置かれた状況に首を傾げた。ここまで来た記憶は当たり前だが、さっぱり無いのだった。
その時、ガチャと音を立てて、先程女性が出て行った扉が開いた。自然と目がそちらを向く。
そこには、まさに部屋に入ってこようとしている先程の女性と金髪の青年。彼はどう見ても年齢的に20代前半。とても『旦那様』と呼ばれる風には見えない。
背はショウよりも少し高いだろう。翠色の目は猫のように釣り上がっていて、意地悪というよりは生意気な印象を受ける。
……こんな猫いたなぁ、と彼女はぼんやりと考えた。
「どうだ、調子は?」
ベッド脇まで来た青年が、ぶっきらぼうに声を掛ける。
「良好と言いたいが、頭が痛い」
正直にショウが答えると、瞬間的に彼は目を泳がせた。
すぐに視線を元に戻したが、確実に原因を知っている反応である。
赤毛の女性が、見計らったように青年に椅子を勧める。彼がそれに座ると同時に、自分はその後ろに控えた。
「名前は言えるか?」
青年が改めて彼女に問う。彼の翠色の猫目が伺うように向けられる。
「流石にそこまで具合が悪いわけじゃない」
「いや……、純粋に名前を聞きたいんだけど」
思わず蟀谷に指を当てる青年。意外と苦労人かもしれない。
「名前か。ショウ=オオバヤシという」
「オオバヤシ?」
「苗字だが?あぁ、ショウと呼んでくれればいい」
どうやら、ここには苗字を名乗る習慣が無いらしい。ひとまず、彼女は名前を口にした。
「俺は、ゼロンだ。2,3質問するが、大丈夫か?」
短く名前を言った後、彼は姿勢を正す。
何か、ドラマの取調べ室にいる警察官のような雰囲気を醸し出している。と、いう事はドンブリでも出てくるのか?
「……私は親子丼がいいなぁ」
ぽつりと彼女が呟いた。そういえば、夕食を食べ損ねている。
「何だ?それは」
彼には耳聡く聞こえたようだ。
「いや、こっちの話だ。それより、質問の前に1つ聞きたい事がある」
彼の言葉を軽く流して、ショウは反対にゼロンと名乗った青年へと問いかける。
「それは今でないといけないのか?」
「ああ。おそらく、この後の答えに影響するからな」
そう言うと彼は眉を顰めた。この言葉を不審に思っているだろうが、元々不審者に違いないのだから、ショウにとっては痛くも痒くもなかった。
「一応、内容を聞こう」
そのゼロンの戦々恐々とした言葉に、ショウは苦笑する。
「ただの現状把握だ。『地球』という場所を知っているか?」
「………いや、俺は聞いた事は無い」
彼は後ろの赤毛の女性にも尋ねるが、彼女も首を横に振った。この部屋、彼の身なりからして、ゼロンが無学というわけではないのだろう。
「分かった、有難う」
やはり、か。とショウは思った。まったくありえない話だ。
「では、貴方の質問を聞こうか」
訊かれる事は大体想像が付くが、彼女は敢えて金髪の青年に話を促した。彼は一つ頷いて口を開いた。
「どうして、あんな場所にいたんだ?」
「あんな場所?」
ショウは、はて?と首を傾げる。
異世界に来たというのは見当が付いたが、この世界でここ以外の場所にいた覚えはない。夢遊病者にでもなったか?
「俺が貴女を見つけたのは、森の中にあった未発見の遺跡の中だ」
「……なんで遺跡?」
しかも未発見と来た。力を貸して欲しいとか言いながら、何たる仕打ちだ。異世界よ。
勿論、まったく知らない。
「気が付いた時は、すでにここだったからな。そんな場所にいた覚えは無い」
ショウは正直に答えた。これは嘘を付いているわけじゃない、と感じたゼロンは次の疑問を投げかける。
「では、貴女は何処から来たんだ?」
やはり訊かれたこの質問。
当然だろう。そんな所にいたのなら、尚更怪しい人物に確定された事だろう。
少し間を空けた後、彼女は口を開いた。
「……多分、間違ってはないと思うのだが、聞いてくれるか?」
そう前置きをして、彼女は先程から考えていた答えを話し出した。
「私は恐らく、こことは違う世界から来たんだと思う。始めに聞いた『地球』は、私のいた世界……というか、星なんだ」
知らないのだろう?と改めて問うと、二人は頷いた。
「学校から帰る途中、子供に「力を貸して欲しい」と言われてな。承諾したら、ここに連れてこられた」
凄く説明を端折っている気はしないでもない。が、彼女の言葉にゼロンが反応した。
「考えられないな、そんな事。世界を越えるなんて。しかも子供だと」
猫のようなツリ目を細くして、彼は胡散臭げに言い放つ。それに溜め息を付く。
「自分でもそう思う」
「ふざけるな。そんな事、信じようがない!」
彼は今にも立ち上がらんばかりに声を上げる。まぁ、そんなところだろう。自分でも半信半疑なのだから。
でも、
「私も信じたくは無いが、人里離れた遺跡に置き去りになんてされれば仕方ないだろう」
こんな状態では、疑う事も出来ない。
少し考えていたゼロンは、一つの事に思い当たった。
「見つけた時、床に頭打っていたからな……」
彼がぼそっと言った言葉は、意外にも大きかったらしい。ショウがピクリと顔を引き攣らせた。
「……やっぱり」
「どうした?」
「やっぱり、根に持ってたんだなっ。セド=ラフェアーッ!!」
目の前に現れた時、地面と顔面衝突はかなり痛かったんだなっ。それを私で再現するなっ!
突然、宙に向かって叫び始めた彼女の姿は、ある種近付きたくないものだった。口を挟めば、怒りの破片をもれなくプレゼントされそうな気までする。
だが、それに口を出す者約一名。
「セド=ラフェア!?」
その名前を聞いた途端、金髪の青年は驚愕に目を見開いた。
「待て、ショウ。かの方に会ったのか!?」
「旦那様、どうかなされたのですか?」
今まで黙って話を聞いていただけの女性が、自分の主人の慌てた言動に驚きを隠せず尋ねる。自分の知っている限りでは、彼がこんなに取り乱すのはごく稀だ。
「この世界に連れてきたのが、そいつだ。知り合いか?」
ショウも少し怒りの余韻を残す口調で、彼に問う。
「知り合いも何も……」
彼は少々戸惑ったように視線を彷徨わせていたが、不意に彼女を見据えた。
「セドラフェアは」
区切らずに言われたその名前は、緊張が混じっていた。
「この世界の名前にして、その意思をもつもの。通常、人前には現れないはずなんだが………」
「そういえば、本人もそんな事言っていたな。『異世界の意思』とか」
それがどうした、といった口振りで彼女は重要な事を口走る。決定的な名詞だった。
「それを先に言え……」
がっくりと肩を落とすゼロン。
「つまり、それはどういう事なのですか?」
赤毛のメイドが主人に説明を求める。求められた方は、脱力した格好のまま手で視界を覆った。
「彼女がここにいるのは、普通に暮らしていれば会う事も出来ない『世界の意思』がこちらに『招いた』結果だ。先程、彼女が言った言葉に嘘は無いらしい」
大儀そうに立ち上がった彼は、後ろに控える女性に向き直る。
「ショウを来客として迎える。俺は明日にでも『導く者』へ報告してこよう。シェリル、彼女を頼めるか?」
「はい。判りました」
シェリルと呼ばれた赤毛の女性は、ふわりと微笑んだ。
どうやら、ここに居てもいいようだ。一応、これからの身の振り方について考えていた異世界からの来訪者は、のんびりとそう思った。
彼女の心臓は鋼鉄か!?
よっぽどお腹が空いていたものと思われる。
次回予告
世界を越える事、それの意味の全てを知るわけではなく。
どうして?その問いは虚しく宙に消えていく。
次回この空の果てよりも「日光を吸収、黒い色」
選択は、いつもすぐ傍にある……。