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この空の果てよりも  作者: 羽生 しゅん
プロローグには、ありえなく
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4.迫られる、選択

ようやく召喚されます。


「ボクは異世界。こことは別の世界の意思。ボクを助けてほしい」


一方、言われた相手である唱は、固まっていた。それは見事に。

気付いた子供が目の前で手を振ってみるが、反応が無い。


「……はぁ?」

やっと彼女が動き出したのは、たっぷりカップラーメンが出来上がる程の時間が経った後だった。


「イセカイだと?」

「うん。そう」

「変わった名前だな」

「現実逃避はよくないと思うよ」

説明したよね。と白い子供は苦笑いする。どうやら、表面上は変化ないのに、彼女は混乱しているらしい。


「世界に意思なんてあるのか?」

「ボクがいるでしょ」

「そもそも異世界なんてあるのか」

「あるんだって」

「異世界はあんな出現の仕方をするのか」

「うっ、あれは不慮の事故だよ……」

「まるっきりファンタジーだな」


考えた事が、すべて口に出ている彼女と、それに律儀に答える子供。他人が見たら、さぞ不思議な光景であろう。


「お姉さん、少し深呼吸でもしたら?」

これでは話が進まないと感じたのか、自称異世界の意思が提案する。それに従い、彼女は大袈裟に呼吸を数回した。そして、むせる。

呼吸音がすでにスーハーで擬音出来なかった気がするが、それを気にする人は生憎ここにはいなかった。


「力なんて、持ってないぞ」

ようやく治まった唱が咳払いの後、こう切り出した。彼女が言う通り、彼女自身には第6感が優れているとか超能力があるとか、そういう特別な能力は備わっていない。


「あるよ。ボクには判る」

目の前の白い存在は確信を持って言い切った。


「定める力は心の力なんだ。この世界の理からするとファンタジーかもしれないけど、ボクには必要なもの。世界の存在にすら関わってくる」


「随分と………大きな話だな」

異世界か、と唱は口の中で呟く。

勧誘も勧誘。しかも異世界からのお誘いときた。はっきり言って今の状態を夢じゃないか、と疑いたくなった。


しかし、それなら何時寝たんだ、という話になる。確かに級友に掛けられた水は冷たかったし、先程まで帰宅途中だった。朝から夢だとするなら、長すぎるのではないか。そうすると、やはり、これは夢なんかでは片付けられない。頬を抓るまでもなく。


「それは……、本当なのか?」

思わず尋ねる。

「うん。こんな事、嘘だったら言わないよ」


はぁ、と彼女は溜め息をついて、空を見上げた。

黄昏時が近いのか、茜色と群青色が入り混じった妙な色だった。部活の後、何度となく見た夜に変わる瞬間。

光は空を綺麗な闇色に染めるために、一度空を赤い色に染めてから染め直すと、誰かから聞いた事がある。

明日も空の上では、この光景が繰り返されるのだろう。


「私に考える猶予は?」

しばらく頭上を見上げていた彼女が、横目で子供を見る。それから視線を逸らす子供。

「……ごめん、あまり無いんだ。この世界との約束だから。よく考えて欲しかったんだけど……」


まさしく即決を迫られる選択なのらしい。

そうか、とだけ彼女は呟き、前髪を掻き上げた。


「君、名前は?」


唐突に唱が口を開いた。

「えっ?」

白い子供は彼女を見上げた。彼女はニヒルな笑みを浮かべて、そちらを向く。


「名前ぐらい、あるんだろ?」

「ボクはセド=ラフェア。そう呼ばれている。お姉さんは?」

「私は、大林 唱だ。ショウ=オオバヤシか?名前がショウだ」


そう言うと、彼女は白い子供に視線を合わせるように跪いた。


「ショウ、力を貸してくれる?」

不安げな声色で、すぐに手の届く距離の相手へと問う。


「……正直言うと、判断をするのには時間が足りなさ過ぎる。異世界というのも眉唾ものだ。でもな、頼られるのは嫌じゃない。私の力が借りたいと言うのなら、貸してやる。こんな私ので良ければ、な」


本当は、答えなんて最初から決まっていたのかもしれない。自分しか出来ないと言うのならば。

あるかどうかすら疑わしい『異世界』という存在のためではなく、目の前の少し変わった子供のために力を貸そうと考えたのだから。


「ただし、条件がある」

クスリと笑った彼女は鞄からノートを出して、何かを綴る。そして、そのページを目の前の子供に渡す。

「これを私の兄に届けてくれないか?それから、鞄はむこうに……必要ないみたいだな」


何も言わずに行くと、確実に怒られるだろう。心配はするかどうか微妙な線だが。

そう言い苦笑を浮かべた唱に、子供は再び泣きそうな表情を見せる。


「うん。分かった。その条件を飲むよ。………ありがとう、ショウ……」



子供の白い手が、彼女の肩に  触れた。





その瞬間、落下特有の浮遊感が唱を襲った。

先程まで立っていた地面にポッカリと穴が開いたように、足の裏にあるはずの感覚が無くなり、目の前にはいつの間にか、どこまでも続く青い空と白い雲海しかなかった。


先程まで空は夜を迎えようとしていたのに、そんな気配は全くない。むしろ、日の出直後のような色合い。

その中を落ちる。

果たして、それが落下なのか上昇なのかは判断出来なかったが。

ただ、耳元で鳴るビュウビュウという風の声が、今の状態を否応無く突きつけてくる。


ああ、まさしく紐なしバンジー。


そんな状況下、彼女の思考はどこかズレていた。突然、こんな場所に放り出されても、焦る心配がない事を彼女は解っていたから。


先程、セド=ラフェアと名乗った子供は、力を貸して欲しいと言った。その子供がここに連れてきたのだ。自称であろうが異世界の意思というぐらいなのだから、このまま地面に激突!という事だけは無い。仮にその言葉が嘘で誘拐だとしても、いきなりこんな所には放り出されないと思う。生きていないと意味ないからだ。


……誘拐された事なんて無いから知らないけれど、恐らくは。


「ショウ」


風を切る音しか聞こえなかった耳に、その声はやけにはっきり届いた。横を見てみると、思考の要因である白い子供が自分と同じように空の中に浮いていた。


「下を見て」

そう言われ、落下方向へ目を向けた。


そこは青と白の世界。そしてその中には大洋に浮かぶ島のように、たくさんの大地がそこに存在し空を漂っていた。

朝明けの光を受けて、大地の影が空にコントラストを映し出す。

大地の端からは、柔らかな光を纏って流れ落ちる河。重なり合うようにして大地に立つ木々。息吹くたくさんの、たくさんの生命。


眼下の光景に、流石の唱も言葉を失った。そして、無性に泣きたくなった。理由は無いけれど。


「これがボク。不安定な、世界」

風が涙を攫っていった。子供の手が、再び唱の肩に置かれる。


「ここには、いろんな想いがある。良いものも、悪いものも………」

そっと彼女の体を包み込む。


「負けないで、ショウ。貴女は貴女のままでいて」


額に何かが触れる感触がしたかと思うと、急に意識が遠くなり始めた。意識の薄れゆく中、微笑むセド=ラフェルを見ながら、彼女は思った。


 で、でこチューか!!セクハラされた……っ。


これがセクハラと呼べるかどうかは別として、その記憶を最後に、彼女の意識はブラックアウトした。



ようやく見つけた、定めし者よ

導きを拒み、また、受け入れよ

それが世界の楔たる所以

それが運命を断ち切る力

心強き者よ、定めよ

我が運命を、世界の行く末を……





唱が高所恐怖症だったら、どうなっていただろうか……。



次回予告

 見知らぬ天井は、覚悟していたもの。白の残影は瞼の裏に消える。

噛み合わない話。謂れなき疑惑は未だ晴れる事なく。

次回この空の果てよりも「取調べは、親子丼で」

選択は、いつもすぐ傍にある……。

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