閑話.ウサギの耳は、地獄耳
そう、ヤツは一応本編にも出ていた……!
ショウが召喚されて1ヶ月半くらい経過しています。
異世界セドラフェアはその日、雲一つない晴天だった。
世界の中心都市、セディラタ。
その東側に位置するある道に一つの黒。
それは1ヶ月と2週間前に突如、この世界に呼び出され、今では世界の中枢機関であるプリズミカの外務省副官の席についている大林 唱のものであった。
そろそろ男装とこの世界の人の奇抜な髪色にも慣れ始めてきたショウは、現在、ある約束のために目的地へと歩みを進めているところである。
本日は用事があると、事前に彼女の上司には言ってあるため、午後の仕事は無い、ようにしてある。(この間、彼女の上司はなぜか仕事が増えていた、とか何とか)
そこにある路地を曲がれば、目の前は一気に開けた。
セディラタの憩いの場であるオラエルン公園(ついこの間名前を知った)とその奥に聳える赤い屋根レッディーフ学園。
その静かな佇まいが青い空によく映えている。
今日の目的地は、この世界に来たばかりの時に騒動に巻き込まれた学園の方ではなく、広大な敷地の公園の方だ。
公園の入り口にあるポーチをゆっくりと辿りながら、ショウは今日の約束の相手を考えていた。
約束の相手は、レッディーフ学園の生徒である、リディアムという少年である。
知り合ったのは、学園のジャック騒動の直前。
その後、勉強を教えてくれるという約束をしていたので、今日こうして時間を空けて彼に会いに来たというわけだ。
約束の場所が学園内ではなく公園というのは、彼がよく勉強する時に使っている穴場スポットがあるから、という事らしい。
事前に手紙のやり取りをして、集合場所は公園の真ん中辺りにある翼の生えた人面魚の像のところ、となっていた。
……きっと、シー〇ンに翼を取り付けたようなものなんだろう。
ショウはそう考えている。
ところどころに建っている露店を見ながら歩いていると、不意に後ろから呼び止められた。
「おにーさん、おにーさん」
何だ?と思い振り返ると、頬に何かの感触。
目の前には、アップになった布製のウサギの顔。
「わぁい、ひっかかったも」
どうやらきぐるみをきた誰かが、小学生がやるような悪戯をショウにしたらしかった。
表情は変わらないのに、きぐるみからはかなり嬉しそうな声が漏れている。
ショウは、思わず呆気に取られたぽかんとした表情でそのウサギを見た。
悪戯された事ではない。
背後を獲られるなんて!
何者だ、コイツ!!
家族のコミュニケーションの中で、不意打ちなどには慣れているショウにとって、この出会いは多少ならずともショッキングであったらしい。
思わずマジマジとその顔の部分を覗き込む。
「いやん、恥ずかしいも」
そう言ってきぐるみは、顔を背けた。
顔に両手を当てている仕草は、かなりきぐるみを着慣れているだろう事を物語っている。
「何か用、なのか?」
本気で恥ずかしがっている動作をしているウサギに、彼女は問いかける。
程度の低い意地悪をするにしても、歩いている人は普通呼び止めないだろう。
「そうなんだもー!」
シャキーンと音がしそうな程、羞恥より復活を果たすウサギ。
その勢いに思わずショウは仰け反った。
「おにーさんは、あたらしい外務しょーの副官なんだも?」
「も?」と言って、可愛らしく首を傾げるウサギ。
多少作っている声は、明らかに男性の声である。可愛くされても17歳のショウには効果が薄い。
「ああ。見習いではあるけどな。私はショウという」
先程の動作から、油断ならない相手だと認識した彼女は、よろしく、とだけ言った。
それに対してきぐるみは感激したかのように、彼女の手を取ると、ブンブン上下にシェイクハンド。
ショウがあえて手を出さなかったにも関わらず。
「『も』はウサーギなんだも。ウサさんと呼んでくれだもー」
絶対呼ばない上に、偽名である事が確実な名前をウサギは名乗った。
いや、今はウサギだから本名に当たるのだろうか?
答えが出なさそうな不毛な事を考えたショウ。少し現実逃避気味だ。
「おにーさんの事は、風の噂で聞いたんだも。お会いできてコーエイなんだもー」
「ほぅ、噂に詳しいのか。この間の事も?」
そうショウが尋ねると、ウサギはこくりと頷いた。
「すっごくすっごくかっこよかったんだって聞いたも。でも、その後ダンチョーさんに怒られていたも。ウサギの耳は地獄耳なんだも!」
そう胸を張ったきぐるみ。つまり学園ジャックの顛末を知っているという事だ。
なるほど、見かけはともかく、このウサギは情報通であるらしい。
かっこいい、と言われた事は置いておいて。
「その耳は伊達じゃないって事だな」
ショウは素直に感心する。それに勢いづくきぐるみ。
「そうなんだも!おにーさんが今からリッちゃんに会いに行くのも知っているも」
「リッちゃんって、リディアムの事か?」
当たっていれば何だか可愛らしい呼び方になってしまっている彼に同情しながらも、ショウは確認を取ってみる。
「確かそんな名前だったも。リッちゃんはよくここにくるから、いっぱいお話しするんだも。優しいんだも」
彼女の手をようやく離し、両手を合わせうっとりする……所謂『夢見る乙女のポーズ』をするきぐるみ。
……中身のコメントは控えておこう。
「じゃあ、彼がどこにいるのか知っているのか?」
実際に見た事の無い場所を指定されているので、方向でも解れば、と彼女はそのウサギに尋ねた。
断じて、方向音痴とか迷子とかではない。
「あっちだも」
そう言って指さしたのは、行く先にある比較的木の多い所だった。
「でも、今日はちょっと会えないかもしれないも?」
その言葉に、えっ?と思った瞬間、自分を呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「だから『も』が「また今度」って言っておくも。じゃ、たいさ~ん。バイバイだも」
そう一方的に告げると、ウサギはきぐるみと思えない動作で、先程指さした方向へスキップで去っていった。
呆然とそれを見送っていたショウに再度声がかかった。
「ショウさん」
振り向くと、そこにはふんわりと微笑んだ人物。
赤い目が何となくウサギを彷彿とさせる。
「シェーザ、こんな所で会うなんて。何か用事の途中か?」
彼の名前はシェーザ。
ショウの仕事先である『プリズミカ』で管理局局長とセラフェート『視る者』の席に就いている、人当たりのよい青年である。
そして仕事柄、騎士団団長の次くらいにフィールドワークが多いため、こうして外にいる事も珍しくない。
「私は自宅に書類を取りに行くところなんです。ついでに『プリズミカ』を出てくる時に、ゼロン殿の用事も引き受けまして」
ゼロンはショウの直接的な上司だ。という事は自分に関係しているのかも、と瞬時に思う。
「『書類の不備が見つかった。主犯はジオ。すまないが戻ってくれ』だそうですよ」
その伝言を聞いて、ショウははぁ、と溜息をついた。
ジオはゼロンの部下で、以前は副官代わりを務めていたらしい。その彼が主犯で書類の不備があるとしたら、故意にやったに違いない。
一筋縄ではいかない。それはゼロン率いるプリズミカ外務省暗黙の認識。
「判った。すぐ戻るよ」
そう答えると、「そうしてあげて下さい」と苦笑された。その認識は他の部署にも広がっているようだ。
そして、そういえば、とシェーザが口にした。
「先程は、どなたと話されていたのです?」
その問いに、ショウは少し考えてから、「ウサーギと名乗る怪しいきぐるみ」と答えた。
全然的外れな答えではないはずだ。相手がそう名乗ったのだから。
だがその瞬間、微笑を湛えていた『視る者』の柳眉がきゅっと吊り上がった。
「何もされていませんか?」
珍しく固い口調で、ショウを上から下へ見る『視る者』。
「何かするような奴なのか?」
あのウサギは。
反対に彼女は聞いてみたのだが、そうすると、ますます苦虫を噛み潰したような顔をする。
「い、いえ、そういうわけではないのですが……」
どうやらシェーザはあのウサギと何かワケアリな関係らしい。
目が泳いでいる彼の表情に、ショウは安心させるように口元を緩ませた。
「大丈夫だ。何もされていない」
そう伝えると、彼は安堵のようなそれでいて疲れたような息を吐いた。
ショウ、頬をつつかれた事は記憶の彼方に消え去っている。
「今後、近付かない事をお勧めします」
「気をつける」
向こうはどうか判らないけどな、とは口に出さなかった。何せ、奴の耳は地獄耳らしいから。声がしたら近づいて来そうだ。
「とりあえず行こうか。仕事が待っているからな」
シェーザも仕事の途中だったはず、と思い出して空気を変えるように彼に声をかける。
きっとジオの事だ。不備があったといえども、手直しした物を他に用意していて後で出してきたりするからなぁ。
本来の目的を思い出して、彼のやりそうな事に目星をつけてみる。彼曰く、遊び心とか何とか。
そんな暫定部下の事を思い浮かべながら微笑んで彼女がそう話を切り出せば、顔が僅かに赤くなったシェーザ。
何があったんだ!?
思わず戸惑うショウ。
「は、はい、そうですね。それでは」
そう言って彼はさっと顔を逸らし、普段より幾分早い歩調でショウの元から離れた。
ショウ、自分の微笑みがシェーザを負かした事に気が付いていない。
「管理局局長も大変なのかなぁ……」
それを疲れのせいと判断し、ぽつりと呟いたショウ。
また今度、甘いものでも作って持っていこうか、などと考えながら、その場を後にした。
その後、その話を聞いたきぐるみが噴き出したとも知らず。
管理局にそれは見事なシュークリームタワーが運び込まれたのは、数日後の話。
ジオは判っていてやっています。遊び心だとか。
ウサギさんは、隠しキャラ的な人物です。
シェーザとある程度好感度が上がってくると出てくる……的な。
(他2人ほど関係者いるけど)