閑話.その後3 置き去りにされる、書類たち
ゼロンも巻き込んで手合わせです。
「まぁ、これでオレの疑問は解消したんだんだけどさぁ」
そう言ったガルバの目線が黒髪の頭に止まる。
何だ?とショウが見上げると彼は照れたように笑う。
「手合わせしたいなぁ、と」
それを聞いて、ゼロンは今日何度目かの溜め息をついた。
「学園内で暴れたらしいな、ショウ?」
親友の意をくんで、ゼロンは先程中断してしまった話をもう一度尋ねる。
「暴れた、まではいかないが、邪魔した奴にはそれなりの報復はしたな」
さらりとショウは答えた。
それを暴れたって言うんだ。
その言葉をゼロンは飲み込んだ。
果てしなく無駄である。
「で、犯人のリーダーまで拘束したそうじゃないか」
「したな。ズルをして、だけど」
(『定める力』による)金ダライの落下は自分の実力ではない。そう言わんばかりの彼女。
「ズルを使おうが何だろうが、お前がリーダーを捕まえた事には変わりないんだ」
ゼロンが投げやりに言い放つ。
「ソイツがさぁ、オレらが前からマークしてたヤツだったんだけど、踏み込む前に逃げるわ、手強いわで手を焼いていたんだわ」
やれやれとガルバがワザとらしく溜め息をつく。タイマンだったらオレだけで勝てるけどな、と付け加えるのを忘れない。
「つまり、ソイツを倒した私がどれくらいの強さがあるか、確かめたいという事だな?」
ショウが話は読めたとばかりに苦笑する。
「オウ。そういう事」
反対にガルバは機嫌よく笑う。
「ショウ……。このバカに付き合う必要はないぞ」
ゼロンが蟀谷をグリグリしながら忠告する。
「いや、受けて立とう」
「マジか!」
少し考えたショウが答えを返すと、大きなワンコが目をキラキラと輝かせた。
「いいのか……?」
その潔い答えに上司は慎重に聞き直す。
「どうせ断れば、事あるごとに迫られそうだからな」
それもそうだ、とゼロンは思った。
逃げると追いかけたくなる。それは犬とガルバの習性なのだ。
「解ってるねぇ」
爽やかに笑った親友にやれやれと肩を竦める。強引に誘ったのは自分のくせに。
「では、場所を変えよう。俺の家でいいな?」
ゼロンは机の上に溜まった仕事を恨みがましく睨んだ後、立ち上がった。
「修練場でよくないか?」
ガルバが頭にハテナマークを浮かべながら尋ねてくる。
「アホか。さっきまで疑っていたヤツを騎士団の修練場なんかに連れて行ってみろ。大注目の上、余計話がややこしくなるだろ!」
「おぉ」
ゼロンの言葉に騎士団団長は納得したように、ポンと手を打った。
これだから、コイツからは目が離せないんだ……。
思わず手で顔を覆った。
「私は別にどこでもいいぞ。この世界に来てから、余りトレーニングをしていなかったからな。丁度いい」
レッディーフ学園で大暴れした人物の言葉ではない。が、ショウは平然とその言葉を口にした。
この場に犯人達がいれば、間違いなく突っ込むだろう。「んなこったぁない!」と。
「はいはい。じゃあ移動するぞ」
流石というかゼロンはその事には深く追求せずに二人を促した。
結局仕事が片付かなかった事に溜め息をつきながら。
『拓く者』の家……というよりも屋敷は、世界の中央機関プリズミカとそれを有するセディラタの街の入り口との中間ぐらいの距離にある。
昔からこの街に住んでいるゼロンの一家は、例え『拓く者』でなくても、それなりの地位は確立されている名門だ。
古くはプリズミカが設立された時からあり、その設立に貢献したとかなんとか。
まぁ、今はそのような成り立ちなど関係ない。
その広い庭に立つ二人には、少なくとも。
「二人とも、素手でいいのか?」
立会人兼仲裁役のゼロンが尋ねた。
ここは庭の中でも障害物がなく、いつもゼロンが使っている場所。
彼も剣を扱うため、暇が出来ればこの場所で鍛錬をしている。
その問いに彼らは頷いた。
「犯人とやりやった状態の方がいいだろうと思ってな」
「相手が素手だし同じ条件で戦いたいからさ」
何ともスポーツマンシップに乗っ取った考え方である。それならば、とゼロンは頷く。
「試合の範囲を越えたら止めるからな。行くぞ」
二人は構えを取る。
「始めっ!」
両者、相手との距離を詰めるべく走り出す。
先に攻撃を繰り出したのはショウだった。
自分より大きな相手と戦う場合、手数で攻めるしかないと考えたのだろう。低い位置から掌底を繰り出す。
それを同じく手の平で受けるガルバ。空いている方の拳がその隙に迫る。
スピードと力のあるそれを受けるのは例えガードをしてもダメージがくるだろう。
受け流す事を決めたショウは少し手を添え、拳の軌道を変える。軌道を変えられた拳はそのまま通り過ぎず、すぐに引かれる。
ガルバが無理矢理重心を移動して、拳を引き戻したのだ。
そして、カウンターを狙ったショウの蹴りを避ける。
一進一退の攻防が目の前で繰り広げられている。傍観者のゼロンはただ呆気に取られていた。
お前等、かなり本気だろ……。
二人共、楽しそうにしているが、拳が出、足が出、隙さえあれば一撃を叩き込もうと虎視眈々と狙っている。何ともレベルの高い試合だ。
ショウは流れるような動きで攻撃を避け隙を突き、ガルバはその巨体を生かすように重い一撃とガードの堅さで彼女を迎え撃っている。
ショウがこんなにやれるんだったら、俺も手合わせしてもらってたらよかったかも、と金髪の青年は思った。
武道を嗜む者としては、かなり興味がある。
そう考えている間にも二人の攻撃は続いている。
お互いの手を読んだかのように直撃は入っていないが、体力の低下が見て取れた。二人とも体力が無いわけではないだろうが、攻撃が重いため消費が激しいのだろう。
ガルバの回し蹴りを契機に両者が間合いを開ける。
肩で息をしているのがよく判る。しかし、その行為に安息はない。
グッと息を殺し、再び構えた。
次で決まるか?
そう感じ、一瞬を見逃さないように気を引き締めたゼロン。だが、その目に映ったものを見止めた途端、彼は猫目をさらに見開いた。
「なっ!」
思わず声を漏らした次の瞬間、視界の二人は再び間合いを詰めた。
あの構えに間違いがないのなら。
こっのっ、バカ野郎が!!
頭の中で毒づくのが先か、手に持った木刀を握り締めて走り出すのが先か。二人を止めるために彼は動き出した。
結局は仕事が片付かないゼロン。
何のための伝言だったのか。