閑話.その後1 職務放棄も、職務の内
閑話と言えども、実質は続いています。
学園ジャック直後の彼等。
まだ町が本格的に動き出す前。
空が白々と明けて来た頃。
夜という氷から解き放たれるかのように建物が静かに色づいていく。
そんな早朝の空気を肌で感じながら、彼女は走っていた。
腰まである艶を含んだ長い黒髪を一つに束ね、象牙の肌は朝日によって輝いて見える。
日本人の標準的色彩を持った彼女は大林 唱。
ここセドラフェアという世界に呼び出された女子高校生だ。
ラフな格好をしている現在、早朝ランニング中。
元の世界にいた時の習慣だったランニングは最初こそ出来なかったが、一週間も立てば町にも慣れ、それ以来欠かさずにやっている。
そして、その習慣の終盤に差し掛かった時、乱入者が現れるのも慣例になってしまっている。
「ショウーッ!」
朝にもかかわらず大声を張り上げ、後方から全力疾走してくる影一つ。
本人自身は暑苦しいのに、頭を彩るペパーミントグリーン色の髪の毛は朝日の中でやけに爽やかに見えた。
それを待つ事なく、走り続けるショウに彼――このセディラタの町を含むアーティオス大陸の騎士団長であるガルバは追い付き横に並ぶ。
「おはよう、ガルバ」
目線を上げて、彼に挨拶。
「オウ、おはようさん」
片手を上げてニヤリと笑うガルバ。
「開けてきたゼ」
主語が抜けた言葉に彼女は頷いた。
「判った。後1周したら行く」
端から聞いたら謎の会話だが、本人たちは通じ合っている。
「じゃあ、オレも付き合うか」
そう言って、ペースを合わせランニングに付き合い始めるガルバ。
二人がこのように行動するようになったきっかけは、少し前に起こったレッディーフ学園の襲撃事件の直後だった。
「ダレだ?オマエ」
ガルバは、学園の中から出てきた目の前の人物に率直に聞いた。
その人物は、学生の一人に突入のタイミングの伝言を頼み、学園長を一人で助け出した今回の事件の功労者だ。
だけども、この町で見かけた事のない人物でもあった。
黒い長髪を一つにくくり、優男風の雰囲気を醸し出している。
先程の学生は外務省の副官だと言っていたが、アイツには副官はいないはずだ。(それに近い二人組はいるけど)
そう思っての問いだった。
「団長殿!その聞き方はないのではありませんか!?」
それに返したのは当の本人では無く、彼に助け出されたカミラ学園長だった。
やけに憤慨しているのはナゼだろう。
彼の傍にいる学生のリディアムはそんな二人を戸惑ったように見比べている。
「学園長」
そのカミラ婦人を制止したのは、黒い人物。
「彼がそう思うのも仕方ないのですよ」
目を合わせて彼は言う。
「なんたって彼は、今日の『導く者』の召集には応じなかったのですから」
「団長!」
その言葉を聞いて即座に叫んだのは、ガルバの横に控えていた副官のウィルドだった。
それと同時にわき腹を殴られる。
「おま……っ、いきなりソレかよ……」
騎士団副官のツッコミはなかなか激しい。さっきもダウンを奪われたばかりだというのに、この仕打ち。
「そんな大事な用事ほっぽりだして、アンタは何やってたんだ!」
「……仕事?」
うん、間違いない。アレは仕事だった。
商業地の方で口論が激化。数人を巻き込んだケンカになったのを止めに(強調)入ったのだから。
今思うとアレも何やら計画的だった気がしないでもない。学園襲撃の布石だったとも考えられる。
ちなみにウィルドもその現場にいた。
「アレは俺たちだけでも大丈夫だと言いましたよねぇ!?何で最優先のはずの召集よりコッチにきたんだ!」
ウィルド、目が吊り上がっているぞ。まるでアイツみたいだぞ?
そんな火に油を注ぐような事は言わない。
が。
「だって、面白そうだったんだもん」
その瞬間、腹に渾身のボディブローが突き刺さった。思わず身体を折る。
コイツ、マジで入れやがった……っ。
本当の理由を言えば、この仕打ち。
別の理由を考えればよかったのだが、きっとどちらにしても殴られていそうだ。
「話がずれましたけど、その話とアナタの身の程に何か関係が?」
呻くガルバを余所に、ウィルドが語調強めに問いかける。彼にとっても自称外務省副官は疑うべき人物になっているらしい。
「ああ」
その様子に動じる事なく黒髪の青年は答えた。
「その時に他のセラフェートへの顔見せと外務省副官の就任の報告をしたんだ。遅れてすまないが、私はショウという」
よろしく、と彼が言うと騎士団副団長はハトが豆鉄砲を食らったように止まった。
その次に言った言葉に、まさか自分まで止まるとはガルバも思っていなかったが。
「ちなみに『拓く者』ゼロンの家に居候中だ。身の証なら、彼にしてもらえるぞ」
あの猫目かっ!
騎士団トップ二人の思考がシンクロした瞬間だった。
道理で出張から帰ってきた時に遊びに行こうとしたら断られたわけだ。
「その割に腕が立つようですが、どこかの団体に所属していた経験は?」
まだ疑っているような素振りの桃色頭は尚も質問を投げかける。
「いや?素人のお遊びだ。本職にはかなわないさ」
あれで!?
その技量を目の前で見ていた学園所属の二人と、偶然横を連行されていた犯人の一人は言葉を失う。
「とりあえず、さ。ゼロンのトコ行けばわかるンだろ?」
ようやく立ち上がったガルバが痛みに耐えながら言った。慣れているとはいえ、何度も殴られるとかなり痛い。
「ああ」
ショウは頷く。
それを見てガルバは己の副官をなだめる。
「ウィルド。コイツに疑わねぇといけないトコはたくさんあるが、セラフェート全員が認めているんだ。オマエが口を挟む余地なんてねぇよ」
そう言うと彼はキッとショウを睨んでいたが、おもむろに溜め息をつき、小さな声で「……わかりました」とだけ言った。
「っつー事で、一応ゼロンに確認取らねぇといけないからなぁ。プリズミカまで同行してもらうゼ」
ガルバが副官の様子に吹き出しそうになりながら彼女に任意同行を求める。
「判った。それでそちらの気が済むなら」
「……ちょっと待て!何で団長が連れて行こうとしているんですか!?」
バッと顔を上げたウィルドは己の上司に文字通り掴みかかった。
しかしそれをかわす騎士団団長。
「事後処理なんて、メンドウクサイだけなんだっつーの!」
何という責任放棄。
ショウは思ったが、周りの人々が生温かく見守っているのを目にして、あぁ、これが普通なのか、と納得する。
副官の攻撃を避けつつ、そのままペパーミント色の頭が遠ざかって行くのを見て、彼女は成り行きを見守っていた学園関係者二人に辞意を示す。
「それでは学園長。失礼します」
頭を下げたショウにカミラ学園長は微笑んだ。
「今日は有り難う御座いました、ショウ様。……彼らは悪い人ではないのですけどね……」
後半の言葉に、隣にいる学生を見て笑ってしまった。
「彼に同じような事を言われましたよ。判っていますので、安心して下さい。リディアムも、また公園に顔を出すから、その時はよろしく」
ニコリと笑いかければ、「う、うん……」と頷くだけのリディアム。
それを見ていたカミラは「若いわねぇ」と遠い目をしたとか。
「それじゃあ、また」
そう言って片手を上げ、いろいろ巻き起こした張本人は去っていった。
ウィルドは別にガルバを嫌っていません。ただのツンが激しいツンデレなだけです。