26.親の、心境
前半、外務庁の様子です。
それよりも少し時間を遡って、プリズミカ内。
レッディーフ学園が何者かに占拠されたという一報は、多少のタイムラグが生じたが、外務省の主にも入ってきた。
それを聞いた途端、彼は「ショウは!?」とニュースソースの部下アレックスにまさしく掴みかかって尋ねていた。
「まーまー、落ち着いて、ゼロン様」
彼に肩を前後に揺さぶられながらも、宥めようとしてみる。だが揺れは一層激しくなった。
これは仕事をサボった腹いせなんだろうか、とよく回らなくなってきた頭で真剣に思うアレックス。
それ程上司の取り乱し方は、半分くらいストレス発散のように大袈裟だった。
「連絡はないけど、大丈夫じゃないですか?」
言っては何だが、レッディーフ学園まで行って帰ってくるだけなら、もう充分すぎるくらいの時間が経っている。
学園の中までは知らないが。
そう彼が答えるとゼロンはハァと溜め息をついて彼の肩から手を除けた。
「多分……、ショウは巻き込まれている」
仮定の言葉をつけてはいるが、ほぼ断定に近い上司の言葉。
「クルセルド様……っ、こういう事だったんですか………!」
それを聞いていた部下は首を傾げる。
何故そこに『導く者』の名前が出てくるのだろうか?
先刻、護廷庁の副官が来ていた事は、彼の中では記憶の隅に追いやられているようだ。
しかしゼロンにしてみれば、届けられた手紙の暗号めいた言葉はこれだったのか、と判明したと同時に後悔が押し寄せてきた。
もし解っていたのなら、この世界に来たばかりの彼女を送り出したりしなかったのに。
騎士団がいるとはいえ、危険なのには変わりないは……ず………?
ゼロンは唸り出した。
「どうしたんです?」
色黒の彼は急に変わった上司の態度に少し焦る。
「いや、ショウの心配もしているんだが、もう一つ大問題が出てきた……」
癖になっている蟀谷を押さえる仕草をしながら彼は言い放った。
「ガルバがおかしなマネをしていそうで」
それを聞いて「あぁなるほど」と納得した部下。
『駆ける者』の武勇伝(?)はよく耳にする。
川で溺れた子猫を助けるために泳げないに関わらず川に飛び込んだとか、副官に追いかけられて午後の勤務のほとんどを逃亡に費やしたとか、喧嘩の仲裁に入ったはずなのに気付いたら一人勝ちしたとか……。
仕事を結構サボっているアレックスから見ても、呆れるしかない内容。そして、その尻拭いをするのは決まって騎士団副官もしくは我らが上司様なのである。
ちょっとぐらい労ってあげた方がいいのかなぁ、と同情してみるアレックス。
「じ、じゃあ、オレ、もう少し状況聞いてきますから。失礼しま~す」
労る方法に関して、一人にするのが一番である事を重々承知している外務官は、少し強引な言い訳で部屋を飛び出した。
外にいた同僚が目で「静かに」と訴えてきたが、そんな事知ったこっちゃない。
とりあえず、新任の副官の無事と『駆ける者』の動向を調べないとなぁ。
同僚から文句が出そうだったので、早足に歩きながらもアレックスは仕事場を後にした。
その時、己の上司が「ショウの『定める力』が本物か試すつもりなのか……!?」と苦悩している事など知らずに。
リディアムの姿が見えなくなると、ショウは「さて」と自分に気合を入れる。
カミラ学園長の部屋に行くには、3階の端まで行かなくてはいけない。
ジャック犯がいるのは勿論、それ以上に問題なのが、そこまでの道をすっかり忘れてしまったという事だった。
必要以上に入り組んでいたからなぁ。それなりにせっぱ詰まっていたし。
やれやれと首を振る。
リディアムといた方がよかったのではないか、と考えない事も無かったのだが、争いとは無縁の一般生徒である彼をこのまま引っ張り回すわけにもいかない。
(ショウ自身も争いとは無縁であるはずだけれども、それは考慮に入れられていない)
なにより、試してみたい事があったから。
それは彼がいる場所で試すにはかなり問題があるため、彼だけ先に逃がす事を選んだのだ。
こんな時に自分の考えを証明するのは少々危険を伴うが、どうしても知っておきたかった。
それにより状況が一変する可能性がある。
彼女は少し廊下を戻って、ある部屋の前に立つ。
この学園の扉は、どこでもほぼ同じ形式になっているようでリディアムがいた部屋と変わらない。何の変哲もない普通の木の扉だ。
ショウはこの部屋の中が何なのかは知らない。
……ここで思い出して欲しい。
彼女がリディアムに再会した時の状況を。
彼女はジャック犯の階段を上ってくる足音を聞いて、そこにあった部屋に入った。が、リディアムのいた部屋の周りには階段なんてなかった。
部屋を出た時に確認したが、入る前の景色とは明らかに違っていた。
それを踏まえ考えられる事は、扉を開く時に何らかの力--恐らく『定める力』が働いたのだろう。
その時にしていたキッカケになりそうな事は、「リディアムに会えたらな」と考えていたという事だと結論に至った。
つまり、だ。
この『リディアム』の部分を『カミラ学園長』に変えると、彼女の部屋にいけるのではないか?
ショウはこう考えたのだった。
カミラ学園長の事を思い浮かべてみる。
「貴女が思うように行動しなさい。それが世界の意志の求めている事なのかもしれませんから」
微笑みと共に言われた言葉がやけに昔の事のように思えた。
優しいおばあちゃんの顔をしていた彼女。
そして、それに似つかわしくない資料の山、山、山……。
あぁ、足の踏み場しかないって、どれだけ掃除していないのだろう?
彼女に関する事をできるだけ思い浮かべて、……というか彼女より仕事場のイメージの方が強くなってきた気がしないでもないが、そこに行かなければ、と思う。
ドアノブに手をかけ回す。
カチリ僅かな音を立てて、ドアのロックが外れた。
鍵はかかっていないようだ。
そのまま扉を開く。
あえて言おう、ゼロンは世話焼きだという事を……!
そしてアレックスは多分、半分サボっています。
次回予告
目の前には、惨憺たる状況。彼等の目的は何なのか?
来るべき終焉は未だ迷走を続ける。
次回この空の果てよりも「その瞳に、飛来するもの」
選択はいつも、すぐ傍にある……。