23.とりあえず、セロハンテープ
ようやく題名ネタの回収です。
リディアムの引っ張り出してきた見取り図……というよりも案内図(迷う人が余りにも多いため、手作りしたらしい)を見ながら、避難経路を割り出す。
時折、在校生であるリディアムから死角や近道なんかの助言を受けながら。
しばらく見取り図を眺めていたショウだったが、おかしな点に気づき声を上げた。
「なぁ、リディアム。現在地ってドコになるんだ?」
「さっきも言ったと思うけど、この部屋だよ」
そう言って彼が指さすのは、学園長室があるのとは反対の端付近にある一階下の部屋。
おかしい。
その部屋の記された周りには、見る限り階段らしきものはない。だが、部屋に入ってくる前、ショウは確かに誰かが階段を上ってくる足音を聞いた。音の反響具合とか足音の間隔から考えて、それは確かなはずだ。
その場所から扉をくぐった以外は移動していない。
……そうなると、階段か自分が一瞬にして移動した事になる。
この見取り図に間違いがないのならば。
物理的に階段はありえないので、
「……私が瞬間移動………?」
ぽつりと呟いた言葉は幸運にも少年には聞かれなかったらしい。
まさか、そんな事。
奇術師じゃあるまいし。そもそもタネなんてものもない……?
ここで彼女は気が付いた。
あるじゃないか、タネ。
この世界に来てから聞かされた、自分に備わっているという反則的な『能力』ならば。
……不可能じゃないかもしれない。
瞬間移動なんて、どこの超能力者だよ、と自分でツッコミをいれる。
ただ、虚しくなっただけの気がした。
「あー」とか唸っている彼女の姿に不思議そうな顔を向けるリディアム。
その耳に不意に物音が聞こえた。その音はどんどん近付いてくる。
「シ、ショウお兄さん……!」
少しオドオドしながら、ショウの服を引っ張った。ショウも気付いたのか、顔を強ばらせる。
「ちょっと時間をかけすぎたか……」
目を閉じ、耳を澄ます。
1人?
いや2人か。
明らかに真っ直ぐこちらに向かって来ている。
気付かれた!?
普通の音量で喋ってきたはずなのだが、人のいなくなった広い校舎は思った以上に音が響いていたらしい。
こうなったら考えていても仕方がない。
「リディアム。そこから動くなよ」
相手がしっかり頷いたのを確認して、ショウは入り口から死角になる、扉のすぐ横の壁に貼り付いた。
足音はもうすぐそこまで来ている。
止まった。
心を落ち着かせるために、大きく息を吸う。
扉が2、3回、大きな音を上げる。
その音にリディアムが「ひぃ」と小さく悲鳴を漏らした。
しばらくして、扉が情けない軋みを立てて、乱暴に開いた。
入ってきた、いかにもガラの悪そうな男が部屋の中の少年に気付く。
そして、部屋に一歩踏み出す。
どっ
鈍い音がした。
黒い影が男の前に踊り出たのが視界に映る。
それを認知した途端、鳩尾に鋭い痛みを感じ、思わず体を折る。
その瞬間、男の意識は途切れた。
仲間の男が倒れるまでの一部始終を目撃していた、部屋の外のもう一人は驚きの余り声を上げた。
「っ何だ!?てめぇ」
相棒が扉を開けた瞬間、陰から飛び出した何者かがそのまま前にいた男の鳩尾に肘打ちを喰らわし、姿勢を低くしたところを首筋に手刀を入れ、倒したのだ。
鮮やかすぎる手並み。
それをやったのが、目の前の男。
今、倒れた仲間を跨いでこちらに歩いてくる。
容姿は女のように中性的で、珍しい黒色の長い髪が印象に残る。その下から覗く同じ色の眼がこちらを射抜いた。
「そうだなぁ」
嘲笑をかたどられた唇に添えられる指先が、やけに無機質なものに感じられた。
「この世界の果てよりもずっと向こうから来た、ただのガクセイ、かな」
その言葉を理解するよりも早く、目の前の影が視界から消えた。
刹那、自分の顎に衝撃。
足から床の感覚がなくなった。
そして最後に見たのは、腕を振り上げたままのポーズで自分を睨む、先程の人物だった。
男が廊下に、どうっと倒れ込む。
ショウはたった今、アッパーを繰り出した拳を下ろす。そして溜め息を一つ。
やれやれ、うまくいってヨカッタヨカッタ。
自信があったわけじゃない。そもそも、実際こんな事をしたのは初めてだったし。
やれば出来るものだ。
「ショウお兄さん、大丈夫!?」
部屋の中にいたリディアムが、恐る恐る顔を覗かせた。
彼女はアッパーでのびてしまった男を引きずるべく、その上半身を起こす。
「大丈夫だ、リディアム。何もされていないよ」
されたのは乱入者達の方だ。
それを無視してショウは微笑む。そしてそれにツッコムべき少年も彼女の返答を聞いて安堵の表情。
細かい事は気にしない二人であった。
「ショウお兄さんは、何か武術をしているんですか?」
男達を室内に押し込めた後、何か縛るものでもないかな、と室内を見渡している時、リディアムがこう聞いてきた。
「まあ、護身術程度には」
あれは明らかに護身術の域を越えている気がする。
格闘技に関して全く知識がないリディアムでもそう思う。しかし本人は本当にそう思っているらしく、至って真面目な顔だ。
「それより、リディアム。この部屋に何か縛るものないか?」
犯人を指さしながらショウが言うと、少年は考えるそぶりを見せた後、首を横に振る。
このまま犯人達をここに置いておくのは危険だ。いつ目覚めるか分かったものではないし、暴れられても困る。そう彼女は一人、唸る。
こういう時は、粘着テープとかあれば便利なのに、とショウは思う。
刑事ドラマなんかの観すぎかもしれないが、こういうシチュエーションで、人質の口を塞いだり手足を縛るのに使っているのを思い出した。
目の前の男達は人質でもなければ被害者でもないのだが。立場も逆のはずだ。
この世界にないのかなぁ。粘着テープ。
ええい!出てこい粘着テープ!!
ショウ、かなり自棄気味にそう念じた。
そのまま犯人を放っておいて部屋を出るという選択肢もあったというのに。
危険を極力避けたい一心は、それを呼び出した。
ごとん
少し質量のあるものが床に落ちた音がした。
リディアムは最初、机にあるものが落ちたのかと思ったが、その様子はない。
じゃあ何なんだろう?
気になった彼は音がした床を見つめた。
そこにはリング状の透明な物体。内側には芯らしき紙が巻いてある。
「お兄さん?」
何だろうね、コレ。と同じ空間にいる黒い人物に声をかけようとして、その人が呆然とその物体を見ているのに気付いた。
「……セロハンテープ?」
確認するように呟いたショウ。
その視線の先にある透明な物体は、紛れもなく紙を貼り合わせたりするための消耗品。
名をセロハンテープという。
しかも、お徳用10本入り。
テープはテープでも、何故粘着テープじゃなくて細くて薄いセロハンテープ?
確かにテープではあるが。
「コレが何か知っているの?」
ショウの呟きに反応してリディアムが声を上げる。
「あ、あぁ。私が落としたようだ」
多少動揺しているショウは、何とかそう返した。
間違った返答はしていない。ただし、どこから落ちたのか自分にも判らないのだが。
モノを召還する力まであるのか、『定める力』。
彼女は足下のそれを拾い上げた。まぁ、重ねれば結構強度もあるし、大丈夫だろう。
この世界では未知の物体のようだし。
そう思い、テープを引き出す。ビビッという音に少年が肩を震わせる。
「すまないな。私が未熟なばかりに……」
気絶している犯人達へそう言葉を投げかけて、彼女は意を決した。
私がちゃんと粘着テープを呼び出していれば……。
そう思うとやり切れない。
血流は止まらないようにするから!
そんな彼女の優しさは、きっと犯人達には伝わらないだろう、が。
セロハンテープは万能なのです。(謎)
次回予告
大地を轟かせる声。堂々たるその態度は現状すら打破する。
豪胆にして不敵。その者の名は……。
次回この空の果てよりも「事件は現場で、起きていた!」
選択はいつも、すぐ傍にある……。