19.はじめての、おつかい
長さが中途半端だったので2話分くっつけて思った。
ほぼショウの考察しかないと。
ここからショウが暴れます。物理もあるよ!
……今までと変わらない?
このプリズミカを有する大陸をアーティオスという。
アーティオスには、この大陸の唯一の玄関口となるオプリアという港町と、世界の核となりうる機関を保有するセディラタがある。
そのセディラタの街を、手に持った地図らしき紙とにらめっこしながら闊歩する人影ひとつ。
「この次の角を曲がれば、公園が目の前に見えてくる、と」
この街滞在3日目のショウである。
背中に垂らしている長い黒髪が歩みに合わせてゆらゆら揺れている。
地図に描いてある通り、角を曲がった先で目の前に広がった公園を見て彼女は溜め息をついた。
慣れない街というのは、冒険心をくすぐられるものだが同時に不安にかられるものである。
別に地図の制作者を疑っているわけではない。ただ自信が持てないだけで。
ちゃんと地図通りに進んでいる事が判るだけでもホッとしてしまう。
長期この場所にいる事になるのだから、その内に慣れればいいだろう、と彼女は自分に言い聞かせた。
手元の地図によると、ここを突っ切った先が目的地レッディーフ学園なのらしい。
前方に見えているプリズミカより小さそうな、それでもかなりの大きさを誇る赤い屋根の建物がそうなのだろう。
この世界の基準はかなりビッグサイズみたいだなぁ、とショウはどこかズレた感想を抱きながら、サッカー場よりも確実に広いであろう公園に足を踏み入れる。
午後もお昼を過ぎて数時間。
休憩などだろう。割りと多くの人がベンチに座って談笑したり散歩をしていたりしている。
オープンカフェなのか簡易テーブルが置いてあるところや、何か子供に風船配っているウサギの着ぐるみまでいるみたいで、穏やかな空気が漂っている。
遊具などは余り見られないが、ちょっとしたテーマパークみたいになっている。ここがこの街の憩いの場であるらしい。
視界の端で風船がふわりと空に飛んで行くのが見えた。誰かがあのウサギにもらった風船を放してしまったのだろう。
元の方向を見るとウサギが男の子に新たな風船を渡しているところだった。
その様子についつい表情を弛める。
それを当の着ぐるみにバッチリ目撃されてしまったが、誤魔化すように小さく手を振って、再び目的地へと歩き出した。
平和だなぁ、と思いながら。
ウサギがその様子をじっと見ていた事も、またその平和な雰囲気が仮初めのものである事も、今のショウが気付く事はなかった。
レッディーフ学園の玄関口には、護廷省の役員であろう制服姿の男性が二人立っていた。
このアーティオス大陸の重要機関には、このように護廷省が警護にあたっている。当然、プリズミカの入り口にいたのも『導きの園』の前にいたのも護廷省の役人だ。
騎士団という組織もあるが、こちらは警察のようなもので、意味合いが大分違う。
そんな事は知らない上、気にもしない黒髪の来訪者は今、その前に立っていた。そして、門兵をしている男性に声をかける。
「すみません。学長室に行きたいのですが、どこにありますか?」
広い敷地の事、こういう問いはよくある。衛兵はその訪問者を伺い見た。
世界中からの留学生を抱えるこの機関の衛兵をしていると、その人の人となりがそれなりに解るようになってくる。これは稀に悪事をしようという輩がいるため、水面下の予防策として役立っているのだ。
その人は、黒い髪に黒い目と余りお目にかかれない色合いを持つ人だった。
顔は引き締まっており、中性的な作りであるが美形といわれる部類だろう。ただ、服装は男物であるため、男性と判った。
背筋を伸ばし、凜としていて疚しい事をするようには見えなかった。これだけ目立つ容貌をしているのだから、そんな事も出来ないだろうが。
衛兵は失礼のないように居住まいを正し、丁寧に説明を始めた。
「こんにちは。学長室ですね。それならまず……」
学長室は比較的判りやすい所にある。3階建ての最上階、一番端にあるのだ。
だが道順は、と言われると意外と複雑なのである。以前に増設したらしく、階段の位置が3階まで直通でなかったり、行き止まりがあったりする。
詳しく道順を聞いた黒い訪問者は復唱するように道順を呟いた。
そして、顔を上げてにっこり微笑む。
「ありがとう。助かったよ。初仕事なのに迷子にはなりたくなかったんだ」
初仕事とは何なのか聞くべきだったのだろうが、彼等(横にいたもう一人の衛兵も含めて)は聞けなかった。
野郎の笑顔に見惚れたなんて……。
その事実に上司である『衛る者』が笑った時並みの衝撃を受けながらも彼は一言。
「お、お役に立てて、よかった、です」
それを聞いて不思議そうな顔をしていた訪問者だったが、一礼をして学園内に入っていった。
言えただけでも褒めてくれ!
これは後に彼がこぼした言葉だった。
十数分後。
親切な衛兵に教えられた順路で、3階までは問題なく辿り着く事が出来たショウ。
だが、人並みの記憶力しかない彼女には説明が長かったのか、その後の学長室までの行き方がどうも曖昧になってきていた。
「多分、右に曲がって突き当たった所を左に曲がるんだったか……?」
口に出して言ってみるが、どうも違う気がする。人でも探して聞いた方がいいかもしれない。
余り人気のない廊下を見ながら溜め息をつく。
ここ3階には教室が少ないらしく、今まで聞こえていた講義の声や話し声は聞き取れない。
少し歩いてみるか、と彼女は記憶を辿りに右手の方向に歩きだした。
広い建物だな。
午後の陽気が差し込む窓からぼんやりと外を見ながら、ショウは思った。
自分の人生(たかだか17年だけれど)の内でこんな場所に来たのは、恐らく小学校のバス旅行で行った某テーマパークぐらいではないだろうか。
視界に僅かに映る木々の緑を見ながらそう思い出す。
確かあの時は、クラスメイトの班が一つ、集合時間に遅れて来たのだった。その時の彼等が今の自分の状態を見たら、どう思うのだろう。
平凡なテーマパークでも時間を忘れる程魅力的だったのだろうから、異世界というファンタジーの極みみたいな存在のココを、きっと存分に楽しむのだろう。
セド=ラフェアの願いや賭けの事なんかもなく、純粋に……。
まあ、始まったばかりのこの状況が楽しくないわけではないので、彼女としても成り行きを見守っているわけなのだが。
こんな事を考えるなんて、まだ自分の境遇に実感が湧いていないのかもしれない。
これは夢でも幻でもない。
頭ではそう判っているはずなのに。
まあ、気が張りすぎているよりマシではないだろうか。
平常心を心掛けよ。
響兄さんのありがた~い(自称)教訓にもあるのだから。
私は私だ。私の思う通りに動けばいい。
……今は少し出来ていないかもしれないけれど。
そういえば、『定める者』って、本当、何なんだろうな。
自分の状態を自分なりに分析していた彼女はふと思った。
セラフェートの一人にして、決済機関である裁定庁の長。その前にクルセルドの『導く力』にノーを突きつける事の出来る能力を持つ者。
自分が知っているのは、それくらいだ。
言い変えれば、『導く者』によって提示された道を『定める者』が強制的に書き換えて違う道に向かわせる、という事にならないだろうか。
それは自分の、大林 唱という一人の人間のワガママを突き通す事なのかもしれない。
そのワガママが世界の向かう先と正反対のものだったとしても。
自分の考えで世界が変わる……?
ここまで芋蔓式に考えていたショウが、ふと顔を上げると、いつの間にか廊下の突き当たりまで来ていた。
彼女は彼女なりにいろいろ考えてます。
次回予告
進むべき道はまだこの手に掴めない。その中にある出会い。
そして、約束。違えはしない、この道を。
次回この空の果てよりも「萌えアイテム、丸めがね」
選択はいつも、すぐ傍にある……。