15.上司と、部下と
ゼロンの詰問、という名のまとめ回。
そこは『拓く者』専用の執務室であるようだった。
彼の屋敷と同様に高そうな調度品はあるが、それが嫌味にならないくらいの装飾が適度になされている。そして、足下に広がる絨毯は上品なワインレッド色。
かなり高価な代物であろうという事が、全くそういう知識の無いショウにも一目で解った。
恐らく他の地域の要人が頻繁に訪れるために、このような装飾となっているのだろう。
これは良くも悪くも、『拓く者』と『外務庁』がプリズミカの玄関口、他の大陸とのパイプ役を担っているという事を表していた。
「で、さっそくだが説明してもらおうか?」
窓に面した一角に置かれた『拓く者』用であろう塗りの良い丈夫そうな執務机に着いたゼロンは、その猫みたいな目を細めつつ話を切り出した。
それを受けた彼女は、側にあった来客用であろうソファーに腰掛ける。
「いろいろ言う事があるが、どこから聞きたい?聞いてくれた方がありがたい」
何しろ、こっちも頭の中整理中なんだ。と彼女は腕を組む。それを見ながらゼロンは今気になる事をリストアップしてみる。
これは、この仕事をし始めてからの癖のようなものだった。各大陸の要人と対面する時、話の本質を見失わないために身に付いている。
「……そうだな、じゃあ短そうなものから。何時から自分が『定める者』って知っていた?別に確信した時じゃなくてもいい。ある程度予想できた段階は?」
そう言いつつ彼女の反応を窺う。『導く者』との初見の時に発覚したのならば、もう少しリアクションがあったはずだ、とゼロンは推測している。
それに対し、ショウはすぐに口を開いた。
「予想できたのは、シェリルから『セラフェート』について聞いた時だ。だから昨日になるな。でも、この時はまだ可能性は低いと踏んでいた」
やたらセド=ラフェアと同じような事を言っているなぁ、とは思っていたけれど。まさか自分が『定める者』だなんて、サッパリ彼女は考えていなかったのだ。
「その割に断るのが早かったじゃないか」
彼は、何で自分に話してくれなかったのか、と恨みがましい視線を送る。
一瞬の逡巡の後、彼女はそれから逃れるかのように、視線を宙に漂わせた。
「……もしもの時を考えていた。『セド=ラフェアが何のために私をこの世界に呼んだのか』という事と『今のまま、この世界の知識がない私に何が出来るのか』という事を」
セド=ラフェアに必要とされたけど、所詮は異世界の存在。
何も出来ないんじゃないかと、あの白い子供の期待に背く事になるんじゃないかと。この3日間で幾度考えただろう。
無意味な人間でいるのが、怖かった。
「考えた結果が偶然あの質問の答えと同じだっただけだ。他意はない」
「あったらあったで、それは拍手ものだけどな」
ゼロンが溜め息をつく。
自分より歳若い彼女は、思ったよりも多くの事を考えているようだ。
いつの間にか決まっていた『定める者』の非公表も、その考えの中にあったものなのかもしれない。
「それで、俺の副官になるのはいいけど、出来るのか?外交官だぞ?」
おまけに部下は騒がしいし口達者だ。というのは、心の中にしまっておいた。
外交官という職業柄、自分の管轄であるこの庁にいる部下達は、一見人当たりが良さそうに見える。だが裏を返してみると、先程遭遇した二人のように自己主張が激しい。
これは外交官にとって大事な事ではあるが、通常時に複数人相手をする場合、話は別である。
余程強く出るか黙らせるかしないと、雑談だけで終わってしまう事もザラだ。だから振り回されない話に乗らないというのは絶対条件になる。
そのため着任するには、それ相当の度胸と順応力が必要になってくる。
思えば俺も……と少し遠い目をするゼロン。
「さぁ?そればかりはやってみないと判らないな」
そんな様子のゼロンに気付かなかったのか、ショウは真面目に質問に答える。
「だが、友人によく天然人誑しと言われている」
「あぁー……。解る気がする」
その言葉にゼロンはもの凄く納得してしまった。
『導きの園』で見せたあの態度といい微笑みといい、その場の主導権を握るには充分すぎる印象があったと思う。
「解るのか?」
一方、天然人誑しという称号を付けられている彼女は、そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのか、不思議な顔をしている。
「まぁ、必要なものはおのずと身に付くか」
彼女の疑問に答える気はさらさら無く、一人で納得しておく。
「で、本題だが」
ゼロンはようやく自分が本当に聞きたかった事を口にした。
「クルセルド様との賭け、とは?」
その問いにショウは一瞬言葉に詰まる。聞かれる事は百も承知していたが、話しにくい。
「簡単に言うと、研修期間一年を女だという事が誰にもバレなければ、元の世界に帰る時に時間も元に戻してもらえるんだ」
「……人生賭ける程のものじゃないだろ、ソレ」
そのゼロンの反応に解っていないなぁ、と首を振るショウ。
「内容はそうだが、負けた方の罰ゲームが問題なんだ……」
「罰ゲーム?」
ゼロンが何だそれはとばかりに彼女を見る。
そこでショウははたと気付く。
ネコミミミニスカメイド服をどう説明しようかと。
そして、そんなものを説明する価値があるのかと。
否、断じてない!
むしろ拒否する。
脳内の葛藤1秒足らず。
「その事に関して、私の口からは言えない」
あたかも『導く者』に口止めされているかのような曖昧な言葉で、追求を煙に巻く事にした。
一方、関与しているのが『導く者』ならば、それが世界の意志と同意義であると幼少の頃から刷り込まれている『拓く者』。
それ以上聞く事が出来なかった。そんなに言ってはいけないような途轍もないものなのか!?とは思ったが。
「そんな幼稚な事をクルセルド様がするとは、とても思えないな」
代わりというわけではないが、ゼロンは違う言葉をこぼした。他の質問等は先程の一言で封殺された気分ではある。
彼女はそれを聞いて視線をさまよわせた。無知というのは、たまに恐ろしいものである。
『導く者』もお前と同じ営業用猫かぶりだと言うべきだろうか?
言わない方がいいだろうなぁ、とショウは決断を下す。クルセルドも何も言っていなかったし。信じない、という可能性もある。そんな無駄な事は避けたい。
そこまで考えた時、不意に部屋の扉がノックされた。
こうして『導く者』のイメージは守られていく……(笑)
次回予告
世界からの使者は、舞い降りた。主の言葉を携えて。
忘れてはならぬ。その言葉が全て真実であるという事を。
次回この空の果てよりも「無視される、任命書」
選択はいつも、すぐ傍にある……。