14.鳴り響く、ハリセンの音
ゼロンの仕事場の紹介です。
「どういう事か、説明してもらおうか?」
『導きの園』を辞して、再び長い通路を歩いている時、ゼロンが納得いかないといった表情で彼女に問うてきた。
「何の説明だ?」
彼の後を付いていきながら、いろいろ説明する事あるからなぁ、と思うショウ。
短時間の邂逅であったが、それだけクルセルドとの間に内緒話が交わされたという証拠である。
問いに問いで返されたゼロンは、それには気にも留めず、言い連ねる。
「何でクルセルド様が『彼』なんて呼」
すぱーん。
小気味のいい音が辺りに響いた。思わず蹲るゼロン。
「その話は後にしてくれ」
ゼロンが聞きたい内容が大体把握出来た彼女は、その言葉を遮った。ついでに思わず頭を叩いてしまったが。ここでその話をされるのはマズい。
「何故叩く必要がある?」
立ち上がったゼロンが、恨みがましく睨んでくる。
彼女は、どこから取り出したのか解らない蛇腹折りにされた扇状の厚紙、所謂ハリセンを何事も無かったように上着に隠しへ戻しながら答える。
「手っ取り早かったからだ」
とても叩かれ損の気がする。そう思ったが、話が進まないため置いておく。
「で、今話せない理由は?」
彼の問いにショウは少し考え、声を潜めてボソリと言った。
「クルセルドと賭けをする事になってな……」
「賭け?」
クルセルド様と?と驚きに目を見開く『拓く者』。
どうやら『導く者』の本性を知らないらしい。
クルセルドの猫かぶりは『拓く者』のそれを上回っている、という事か。
「私の一生がかかっているんだ」
新たな発見を心に刻みながら、溜め息をつく。
一度も元の世界に帰れないのも問題だが、ネコミミメイド姿など末代まで恥だ。と彼女は考えている。
「そんなに大変なものなのか……!?」
そうとは知らないゼロン。思わず戦く。
一生がかかっているなんて、どんな賭けだよ!と上司に訴えてみるが、当人はここにいない。それに、思考に浮かんでくるのは穏やかに微笑んでいる顔だけだった。
ますます訳が判らない。
「ゼロン、ゼロン。ここじゃないのか?」
頭を抱える彼の服をショウが引っ張った。
ゼロンが顔を上げると、そこには『導きの園』以来続いていた、何かを警戒するような雰囲気が和らぎ、代わって華やいだ気配がする。
『護る者』管轄の『護庭省』から自分の管轄するエリアに入った証拠だった。
「あ、あぁ、そうだ。この隣りの部屋が俺の執務室になっている」
考え事をしていたために、自分の執務室をもう少しで行き過ぎるところだったゼロンは、思わずどもった。
彼女は気にせず「そうか」と言ったが、本人はちょっぴり落ち込んでいたりする。
気配の違いに気付かなかったなんて……っ!
その気持ちを何とか押さえ込み、彼はショウの前に立ちその部屋の扉を開く。
「お帰りぃ~、ダーリン~」
バタン。
その瞬間に彼は扉を閉めた。
「どうかしたのか?」
その行動を見ていた彼女はきょとんとした表情で尋ねる。いつの間にか握られた彼のコブシがふるふると震えている。
それをしばらく眺めていると、不意に彼はバッと扉を開け放った。
「ひど~い、急にドアを閉めるなんてぇ~」
そこにはゼロンに抱き付く浅黒い肌の男が一人。ご丁寧に裏声まで使っている。
そして、その後ろで彼等の様子を温かく見守っている同僚らしき人物もまた一人。
「えぇい、アレックス離れろ。ジオも止めろ」
ゼロンは猫目をさらにつり上げて、己にしがみつく褐色の肌の青年を引き剥がしにかかる。
「えぇ~、ヒドいわ、ダーリン」
それでも裏声を止めない、某抱きつき人形状態の彼。傍観している青年も微笑みを浮かべているだけだ。
明らかに遊ばれている。
それが判っている『拓く者』。強行手段に出た。
「……この前、ランドリア大陸視察の報告書を間違って捨てたのは?」
「わぁぁっ、ごめんなさいごめんなさい。私が悪う御座いました!」
少し軽蔑を含んだ眼差しで笑う上司の一言は、絶大な威力を発揮したようだ。抱き付いていた青年は高速で腕から離れる。
少し顔が引き吊っているぞ。何をやったんだゼロン。向こうで傍観していた奴、舌打ちしているぞ。大丈夫か!?私の就職先……。
ショウ、一抹の不安を覚える。
「早いお帰りで。ゼロン様」
そう声を掛けたのは、先程まで事の次第を傍観していた青年。
ついさっき、舌打ちをした人物には見えないくらい、爽やかな笑みを顔に貼り付けている。
「あぁ……。何か急な報告はなかったか?」
「いえ、特にありません。……ところで、そちらの方は?」
今気が付きましたとばかりに、上司の背後に視線を向ける。
実際のところ、何度か自分に視線が向けられていたのをショウは知っていたが、その事は敢えて黙っておいた。
問われた上司はようやく本来の目的を思い出し、同伴者である彼女を室内に招き入れた。
室内は、廊下と同じ様式ながらシックな色に統一されていた。
仕事用であろう机が多数並べられており、その上には書類や書籍が整頓されて置いてある。
(一部、書類の散乱している机があったが見なかった事にする)
それから壁には、この部署の主の影響からか、いくつかの小さめの絵画と大きな世界地図2枚が掛かっていた。
この世界は宙に浮いているため、真上から見た地図(位相地図)と横から見た地図(高度地図)があるらしい。
どうやらその2枚のようだ。
「あぁ、紹介しようとした矢先に邪魔が入ったんでな」
ショウが室内を見回している間に、ゼロンが青年の問いに答えている。茶髪の青年は「ふぅん」と言って、未だ立ち直っていない同僚を無感量に見た。
そんなやりとりはここでは日常茶飯事なのか、部屋の主は特に構う事無く彼女に向き直る。
「ショウ、ここが私の管轄であるプリズミカ外務庁だ。世界中の大陸との橋渡しを主に行っている」
「お前………」
簡単な説明の後、彼女は溜め息と共にその言葉を口にした。
「外務庁長官なんて、向いてないぞ」
一瞬の沈黙。
そして起こるバカ笑い。
その音源に目を移していると、褐色の肌の青年が文字通り腹を抱えて笑っていた。
何かそんなに可笑しい事を言ったか?
ショウはゼロンに不思議そうな視線を送ったが、彼は顔を手で覆っていたために、それに気付く事はなかった。
同様に茶髪の青年にも送ってみたが、こちらは微笑んだだけだった。
「ショウ……。一言目がそれなのか……」
溜め息一つついて先に復活したのは、やはりゼロンの方。
「今更な言い分だ」とか言いながらも肩を落としている。どうやら気にしていたようだ。
「まぁ、こればかりは仕方ないんですよ。世界の意志が決める事ですから。申し遅れましたが、私はジオと申します」
笑い続けている同僚と、ちょっと落ち込んでいる上司に代わり、さらっと彼女の意見に賛同して手を差し出す、ジオこと茶髪の青年。
抜け目ない奴だな、と思いつつ握手に応じるショウ。
「あーっ、ジオ。先に自分の紹介するなよー」
それを見咎めたのは、ようやく笑いの薄れた青年だった。
「オレねオレね、アレックス。ヨロシク!」
大型犬のごとく勢いよく飛びついてくる、褐色の肌の青年。
それを余裕のある動きで避ける彼女。
「アレクと呼び捨てにしてやって下さい」
壁にぶつかりそうになって寸前で止まった彼が安堵している、その横からジオがやれやれ
と肩を竦めながら言う。
何か犬と飼い主といった雰囲気が2人からした。それを微笑ましく見ながら、ショウが名乗る。
「私はショウという。こことは違う世界から喚ばれてきた」
「違う世界……?」
それを聞いて『視る者』シェーザと同じような反応をしたのはジオだった。呆気に取られたような表情をしている。
しかし、それとは全く別の反応をした奴、約一名。
「なんか……、カッコイイーッ!」
アレックスは異世界の住人をキラキラした目で見つめた。
「異世界って、どんな所?おいしいもの、ある??鼻から火を噴く人っているの!?」
次の瞬間には怒涛のような質問。興味があるのはいいが、何か変な質問まで混じっている。
矢継ぎ早に放たれたアレックスの言葉に、ショウは、ふむ、と考えを巡らせる。
「私のいた世界は、まず大地が空に浮いていないな。宇宙という空間に存在しているんだが……」
厳密に言えば、あれも浮いているのか?
ショウは首を傾げつつ答える。
「おいしいものは、味覚によると思う」
「アレックス、それくらいにしてくれないか?興味のある話だが、ショウに聞く事があるんだ」
鼻から火を噴く人がいたか、本気で考えようとしていた彼女を遮ったのは、先程の衝撃から復活したゼロン。
流石に今は、異世界の話よりも『導く者』とのやりとりの方が気になるようだ。
「確かにその話も気になるが、聞く機会はこれから沢山あるだろうからな」
「はぁ~い」
アレックスが残念そうな声を上げる。
「私も興味があったのですが……。ではまたお願いしますね、ショウさん」
ジオも爽やかに笑いながらも、残念がる。
二人ともタイプは違っていても、やはり外交官というべきか。未知のものに関心があるらしい。
「あぁ、また今度な」
二人に暇を告げ、ゼロンの促すままに奥にあった扉をくぐった。
本人達は至極真面目です。
ハリセンは昨日、ショウが「何かのために」と作っていたそうです。(情報提供:シェリルさん)
次回予告
予想はしていた。認識の差による意見の相違がある事は。
二人きりの部屋。紡がれる言葉とは?
次回この空の果てよりも「部下と、上司と」
選択はいつも、すぐ傍にある……。