11.持つべきものは、共犯者
『導く者』のお戯れの続きです。
「じゃあ、お前に7:3メガネの追加を要求する」
その台詞に、彼は知識を引っ張り出す。
「ええっと、確か中年男性に多く見られる髪型で、7対3に分けているんだよね。それに黒縁メガネ?それで執務するのは、確かに恥かしいかもね」
本人はちっとも恥かしそうではない。むしろ機嫌は良さそうだ。少し悔しい。
「うん、いいよ。その条件で」
彼はアッサリと認めた。
「ショウはどうするの?このゲーム受け無いと、私も元の世界に帰したくないんだけど?」
「私をダシに遊ぶつもりか」
彼女は少し怒って見せる。クルセルドは肩を竦めた。
「そんな事ない、とは断言出来ないね」
否定はしない彼。
そして何を思ったのか、ふと真顔になる。
「でも、この世界に急に呼んでしまったのは悪かったと思っている。家族に残した言葉が、あんなメモだけでよかったのか、てね」
メモと聞いて、3日前自分が家族(主に下の兄)に向けて書いた言葉を思い出す彼女。
「あぁ、確か『食事当番、しばらく代わって下さい』だったか」
「セドが凄く不安そうにしていた。自分の所為で……って」
「気にする事じゃないんだけどな」
そもそも、言葉を残していくだけマシだと言える。
上の兄の響 (ひびき)は、何も言わず何日も旅行に行ってしまう事が多々ある。普通は咎めるであろう父も、普通ではないため同様の行動を起こす。
度々発生するため、家族としては「元気で帰ってくればそれで良し(土産あれば、尚良し)」という事が常識となっている。
たまに、余りに連絡がない場合もあり、その時は警察に失踪届を出そうとした事もあるが。
ちなみに数回未遂で終わっている。
だから、メモでも残せればいい、と彼女は考えていたわけだが。
「……そう言われると、1年は長いかもしれない」
ウーンと彼女は唸る。今更という気もしないでもない。
「帰る時に時間軸さえ戻せば、大丈夫………だと思うよ」
クルセルドが微笑む。その言葉に不満そうな目を向けるショウ。
「何だ、その間は?」
「だって、やった事無いからさ、分からないよ。理論上は出来るはずなんだけどね。受けるなら、やってあげない事もないよ?」
さぁ、どうする?と彼は尋ねる。逃げる事は許さないとばかりに、微笑む。
つまり受ければ、研修期間1年という時間を元の世界に帰る際に巻き戻す、という事。負けたとしても、先程の口ぶりからして、一度は元の世界に戻してくれるようだ。
ただ、1ヶ月ミニスカメイド服にネコミミという格好をしなければならないのだが。
『やる気になれば、何でも出来る、だな』
まぁ、負けなければいいのだ。幸いと言うべきか、男所帯の中で育ったため、普通に生活している分には、ボロが出るとは思えない。
「判った。その賭け、受けて立とう」
彼女の決断は早かった。
クルセルドはそれを聞いてニヤリと口を歪めた。
「ふふっ、じゃあ1年間よろしくね、ショウ」
そう言ってから、彼は「あっ」と声を上げた。
「そうそう、忘れるところだったんだけど、私の方から、もう一人協力者を作っておくよ。プリズミカにいる間は、ゼロンだけじゃ何かと不便だろうからね」
「あぁ、ゼロンは男だからか」
「うん、そう。いろいろ相談も出来ると思うし」
彼女としては、慣れない場所だからこそ、事情を知っている人物が増えるのは有難い。そういう点で、彼は気が利くと言えるのかもしれない。
「ところで、ショウ。『定める者』の職務について、何か知ってる?」
クルセルドが話を変えた。
普通、こちらの方が本題だろう、とショウが思ったのは言うまでもない。
「いや、セラフェートの役職名を知っているだけだ」
彼女は相手が相手だから仕方ないか、と諦めつつ、素直に無知を認める。
「まぁ、そんなものだろうね」
クルセルドも知らなくて当たり前といった顔で、話を進める。
「『定める者』っていうのは、私の持つ『導く力』、つまり未来予知に近いんだけど、その未来を変える事が出来る力を持つ唯一の人物の事なんだ」
「漠然としているくせに、そんな大層な……」
思わず口にしたショウだったが、よく考えると彼は何回もその事を口にしていた。『導く力』を唯一否定する力、と。
「大層だけど、これで釣り合いが取れているからね」
苦い顔をした彼女に笑うクルセルド。彼女の反応は、この世界において、かなり斬新だ。
「プリズミカ内では、総合的な決済機関の長という位置づけになっているんだ。裁判みたいなものから、報告書の決済まであるね。
そこを『裁定省 (さいじょうしょう)』という。
……流石にすぐにやれっていうものじゃないから、そんなに顔を顰めないで欲しいなぁ」
自分の説明の途中から、段々顔が険しくなってきている相手に苦笑する。
見た目通り、真面目だと再認識。でも、親友よりも柔軟な思考である事を彼は知っている。
「ま、『案ずるより生むが安し』だよ。その為の研修期間だし」
「あぁ、そうだな……」
少し疲れたようにショウは返した。
その時、部屋の扉がノックされた。どうやらゼロン達が帰ってきたようだ。
「ショウ、異世界から来たという事と『定める者』の候補だって事は、皆に伝えるからね」
『導く者』の態度に変わったクルセルドが、早口に確認を取る。彼女は大きく頷く。
それを横目で確認して、彼は扉の方へ意識を向けた。
クルセルドとか大人組はやたら秘密主義なもので……。
次回予告
治世者達は思う。この異邦人が、世界に、自分に、何をもたらすのか。
その答えは未だ定まってはいない。
次回この空の果てよりも「推理小説を、後ろから」
選択はいつも、すぐ傍にある……。