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この空の果てよりも  作者: 羽生 しゅん
プロローグには、ありえなく
1/37

1.祈りは、形となって

いろいろぶっ込んでいくんで、よろしくですー。



それは、空の彼方。私達の預かり知らないところ。

光に導かれし大地があった。

白い雲の上に浮かぶその様は、大海に浮かぶしまのよう。

その大地は求めた。己の居場所を定めるものを。

流れる時と共に彷徨う世界のくさびとなりうる存在を。

そして、それは呼ばれ出ずる。白雲の大海に……。



この空の果てよりも



 その日は、日の出から大気の震えるようなザワザワとした感覚が、辺りを包んでいた。特に変わった事の無い朝が来るはずだったのに。なんだろう、この感覚は。

……考えるまでも無い。恐らく自分が、それを招いたのだから。


「とうとう、来てしまったんだね……」


ぽつり、と呟いたはずの言葉は思った以上に、この広い神殿を模した部屋に響く。隣にいた友人兼護衛がそれを聞き逃すはずもなく。

「どうした?クルセルド」

訝しげにそちらを見る。クルセルドと呼ばれた青年は、寂しげに微笑んだ。

「呼んでしまったんだ、とうとう。この大地の未来さきを定める者を」

それだけで、隣の友人は意味を理解したようだ。

「そうか……。お前の予見の通り、世界は動き出すのだな」

「うん。どうか、この運命に、負けないで……」

その祈りに似た声は、大気の中に消えていった。




 同時刻、彼等のいる部屋からは離れた場所で、大気の揺らぎの原因が姿を現そうとしていた。


そこは、緑の多い……いや、緑が多すぎるため、もはや樹海という言葉が相応しい場所だった。その中を通り抜ける唯一の道は、ほとんど整備されておらず、ただ馬が通れる程の幅しかない頼りの無いものであるため、使用する者は少ない。その上、木々が日の光を遮っているため昼なお暗く、人を寄せ付けない場所だった。


その道を、栗毛の馬が一頭、駆けてきた。

その背には多少の荷物と、金髪の青年を乗せている。青年の身なりはよく、馬もよく訓練されている事から、旅人などではなく、それなりの身分なのだろう。その割に騎乗者の年頃は20代の前半のようで、この場にいるのは場違いな感じすら受ける。


そんな彼が何かに気が付いたように、下げ気味だった視線を上げた。露わになる深緑色の瞳。馬もそれに合わせて、歩みを緩める。


「何だ……?」


彼は周りを見回す。どこか変だと。密林に近い、こんな所に人の気配などあるはずがないのだが。それでも落ち着かない感覚が体に絡み付いてくる。

それに、何か聞こえるのだ。心が騒ぐ、そんな音が。

例えるのなら、遠くの祭りの喧噪を聞くような音。朝から聞こえてはいたが、この周辺にはその音が特に大きいような気がした。

今だって、小さな生き物達が何かの儀式のように忙しげに走り回り、木々の枝を揺らしている。彼はこの場所で、このような場面に出くわした事は今までになかった。葉と葉が擦れる音すらも、会話をしているように聞こえてくる。


世界中が何かに歓喜していた。


その時、今までで一番大きな『ざわめき』が津波のように一気に押し寄せてきた。馬上の青年は、それを感じた瞬間、反射的に片腕で頭を庇い、姿勢を低くした。馬を降りる暇などない。刹那、刃物のような一陣の風が彼に打ち付けた。

彼の金髪が宙に踊る。纏った外套が引っ張られ、周りの草木の葉が、ばさばさと音を立てて騒ぐ。

一瞬、飛ばされるかと思う程、風は力を持っていた。


だが、それは本当に一瞬だった。

すぐに空気の圧迫感がなくなり、木々のざわめきは背後に遠ざかっていく。

その音が静まった頃、ようやく青年は顔の前にある腕を降ろした。そして、手櫛で乱れた髪を整えながら、風が来たであろう方向を睨む。


あんなに纏まった風が、普通の風であるはずがない。


馬を降りながらそう思った青年は、近くにあった適度な大きさの木の幹に馬の手綱を括りつけた。

「これは一種、俺の仕事だからな……」

馬の首をなだめるように叩きながら、彼はぽつりと言った。




ずっと続くと思われた森は、意外とあっさり終わった。

歩き始めて数分、彼が行き着いたのは大きく拓けた場所。頭上には青空が覗き、まばゆい光がその場を満たしている。


薄暗い森から出てきたばかりの彼は、その強い光にしばし目が眩んだ。きゅっと目を瞑った後、二、三度瞬きをして目を慣らし、その場所を改めて見る。目の前には下草もあまり生えていない広場がぽっかりと口を開けていた。


そして、青年は気付く。その広場の中央に、古い建物が佇んでいる事を。

古い建物というのは、多少語弊があるかも知れない。それは建物といえども、壁は朽ちかけ、苔がその周りを覆い、人の気配などとうに途絶えたであろう、遺跡と呼ばれた方がしっくりくる外観だった。


 彼はすぐ側に突き出している木の枝をわざと大きめに折り、その場に落とした。帰る時の道しるべだ。ここに来るまでも何度かその形跡を残してきている。

「何かあったら、すぐに戻ってくるんだ」

自分に言い聞かせるように、青年はそれを声にする。そして、彼は目の前の拓けた場所へ足を踏み出した。


さわり、と草が鳴った。その音にまた、あの風が来るのかと身構えたが、それは起こらなかった。少々安堵しながらも、気を抜かずに遺跡の前に立つ。

見える範囲では特に変わった所もなく、普通の遺跡と変わりなかった。外装や年代が違う、と言われても、彼はその手の専門家ではなかったし、そこまで詮索するような性格ではなかった。ただ、ここが未発見の遺跡である事、何が起こるか判らない事には変わりない。こんな場所に遺跡がある事すら、今まで誰も知らなかったのだ。

……そう、誰も。


「……俺が、呼ばれた?」


口から漏れた言葉は、彼自身でも確信めいた響きがあると思った。

何もかも、タイミングがよすぎる。この辺りは、人が余り通らない場所だ。それなのに、人、それもよりによって自分が通った時に、これは起こった。


……これは、上に報告する必要があるな。


彼はそこまで考え、頭を振った。こんな所で考え事をしていても始まらない。今すべき事は、現状把握だ。そう結論付けると、彼は腰に帯びていた長剣に手を掛け、いつでも抜けるようにして遺跡の中へ入っていった。


何かの金属でできた扉をこじ開けて入った先は、薄暗い部屋だった。辺りはしんと静まり返り、遺跡だというのに空気は澱んでいない。それでも積もっている埃と扉が閉まっていた事から、長い間、人が入った気配は感じられなかった。


「それなのに、何で人が光って浮いているんだ……?」


眉間に皺を寄せて呟いた言葉が、部屋に空しく響く。そう、彼の目の前には、そう形容するしかない状態が展開されていた。


 がらんとした広めのその部屋の中央に当たる位置に、人が淡い光を発しながら浮いていたのだ。その人物の腰ぐらいまである長い黒髪が宙に漂い、光の粉を部屋中に散らしている。この辺りでは見かけない変わった服を着ており、目は閉じられて、意識が無い状態だと見て取れた。勿論、その人物が先程の問いに答える事はない。


青年がその光景に半ば呆然としている間にも、かの人の取り巻く光は次第に弱くなり、ゆっくりと下に降りてきた。ふわりふわりと、羽の落ちるように。音も立てず。


不意に部屋に満ちていた光が霧散した。それと同時にゴッ、という鈍い音が室内に響く。

その瞬間、音の発生源を目撃してしまった青年は、思わず固まった。


ああ、痛いだろうな……。


彼の視線の先には、先程の人物が床に倒れていた。きっと後頭部にタンコブができているだろう。

光が消えた途端、その体が、重力に逆らう事無く落ちたのだ。

自分の身長ぐらいの高さから。

意識のある人間ならまだしも、意識を失っている人間だ。受け身など取れるはずも無く、そのままの仰向けの状態で地面と衝突。響いた音は、その人物が床に頭をぶつけた音だった。そして、今の状態に至る。


 彼はふぅ、と溜息をついて、ようやくピクリとも動かない人に近づく。

先程の事を目撃して、警戒する方が間違っている。ゆっくりとその体を抱き起こす。その時初めて、髪の毛に隠れていた、その人の顔が見えた。


肌は象牙色、中性的で整った顔。伏せられた睫毛は影を落とす程長い。烏の濡れ羽のような色の長い髪がかかった唇は、今は血の気がなかった。まるで、精巧に作られた人形のよう。ただ、僅かに伝わる熱だけが、それを否定している。


一通り観察した後、彼はゆるゆると頭を振った。

「どうせ、連れて帰らないといけないんだし」

言い訳がましい台詞を口にして、その人を抱き上げた。思ったよりも軽く、違和感のある感触だったそれに、青年は驚いたように、その顔を凝視した。


「まさか……!」



主人公ほぼ不在のため、至って普通です。


次回予告

風の吹く中、見詰め合う二人。本人達は知らない。これが始まりである事を。

第三者の存在は何をもたらすのだろう。

次回この空の果てよりも「その女、天然につき」

選択は、いつもすぐ傍にある……。


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