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ある子どもの話


 ハノフェアリーレン・レクレウスの人生の始まりは、とても不名誉なものだった。

 彼女の母は、フェアファル・レクレウスといい、当時のレクレウス子爵の四番目の娘だ。

 レクレウスの姉妹は金の髪と青い瞳がまるで妖精のようだと、当時の社交界の華だった。なかでもフェアファルは、一時はパーティの度に結婚を申し込まれるくらいの美人だった。


 フェアファルは誰の求婚も断っていた。計算高い女性で、顔のいい適当な貴公子に自分を安売りするなんてことは絶対にしなかったのだ。姉たちはそれぞれ、侯爵や伯爵に嫁いだが、フェアファルはもっと上を狙っていた。王族だ。

 エリビエでは、子爵以下の女性が王家へ嫁ぐことはできない。一旦、侯爵や公爵へ養子にはいれば問題がないが、以前その手段を用いて王妃を迎えた王が放蕩の限りを尽くした為、それからは庶民も含む子爵以下の女性を、公爵家もしくは侯爵家が養子にする場合は、王が公聴会を開いて許可をとる必要がある。


 フェアファルもそれを知っていたが、王族、なかでも王や王太子に気にいられれば、公聴会なんてあっという間に終わるだろうとたかをくくっていた。

 フェアファルは社交場で、ある侯爵と知り合う。本来、侯爵が来るような上等な社交場ではないのだが、おそらくお忍びで訪れていたのだろう。

 その侯爵は、フェアファルを王族のひとりとひきあわせた。そして、フェアファルはその王族と深い仲になった。そして、子どもをみごもった。


 月の障りがないことを、まだ未婚だった三番目の姉が気付いた。

 フェアファルは姉と母親に問い詰められ、自分が王族と知り合ったこと、何度も会っていること、愛し合っていることを喋った。フェアファルはまだ、男女の交わりについて深く知らず、自分が妊娠していることもよくわかっていなかった。

 父である当時のレクレウス卿は、頭を抱えた。フェアファルのいっていることが事実なら、相手の王族は既婚者だからだ。エリビエ王国では厳格な一夫一妻制がとられている。離婚することもゆるされてはいない。そんなことをしたら別れた妻に姦淫の罪を犯させることになるからだ。

 なやんだ末に、父親はある伝手を頼って王族と連絡を付け、フェアファルの妊娠を伝えた。相手は、愛人としてひきとると伝えてきた。それは、子爵令嬢としては、相当な待遇のよさだった。

 しかし、これにフェアファルが激高した。まだ子どもといって差し支えない年齢だった彼女は、相手の言葉を真にうけ、妻を殺して後釜に座れると思っていたのだ。

 そこから半年、頑ななフェアファルの代理である父親と、王家との話し合いが続いた。

 結論は、フェアファルが出産してから、子爵の娘としては最上級の相手を紹介して結婚させ、フェアファルと王族の子どもはレクレウス家の末端の夫婦の子どもとして育てる、というものだ。


 フェアファルは泣き喚いたが、もしこれ以上ごねるのなら未婚で妊娠したことを貴族中に伝えるといわれ、渋々納得した。出産後、さる侯爵と結婚し、家を出て以降、レクレウス家には一度も近寄っていない。

 一方、産み落とされた子どもは、ハノフェアリーレンと名付けられ、レクレウス家で育った。ただし、待遇は決してよくはない。未婚の不義の子である。しかも、その子が居る限り、レクレウス家は王家に煙たがられる。レクレウス卿はどうにかしてその子をさっさと厄介払いしようと考えた。

 しかし、父親は王族である。貴族であるレクレウス卿には、殺してしまうこともできない。

 そこで、ひととおり教育し、適当な相手と結婚させてしまえばいいと考えた。ハノフェアリーレンはそれで、読み書きや詩文、裁縫、レース編みなどの勉強をした。そのどれも、彼女は完璧にこなしたという。十代半ばには、美男美女の両親の血を濃く受け継いで、かがやくような美しさに成長した。

 だが、中身は外見ほど美しくはなかった。

 それは彼女だけの所為ではない。レクレウス家の人間が昂然と彼女を差別し、いじめ、じゃけんに扱ってきたのも、原因のひとつだ。ハノフェアリーレンは不満を募らせ続けた。

 そして、彼女を一番嫌っていたフェアファルの母、つまり祖母が、彼女が不義の子であることを明かしてしまった。


 ハノフェアリーレンがそれについてどう考えたのかはわからない。だが、そこからは不満げな態度をとることもなく、素直に勉学に励んだ。

 ハノフェアリーレンは十六歳で社交デビューし、その日に隣国の王子に見初められた。


 王子はハノフェアリーレンをフェアルと呼び、すぐに求婚した。ハノフェアリーレンは当然、それをうけた。自分の扱いはやはり不当だと思っていたし、これでレクレウス家を見返し、王家に一泡吹かせてやれると思ったからだ。

 ハノフェアリーレンの思ったとおりにことはすすんだ。正式に婚約がなされると、家族が(てのひら)を返したように優しくなり、下にも置かぬ扱いをうけた。ハノフェアリーレンはそれをせせら笑った。

 当時は、隣国シノマとの国交が結ばれたばかりで、それを強める為に婚姻を結ぼうという案はどちらの国も考えていた。両王族同士の結婚も視野にはいっていたと、ハノフェアリーレンは、結婚後に聴いたという。

 ハノフェアリーレンは決まりに従い、エリビエではなくシノマで結婚式を挙げた。


 だが、彼女が有頂天だったのも、結婚式までだった。

 エリビエとシノマでは文化が違う。法も違った。シノマでは、公然と愛人を持つことがゆるされていて、王子にはすでに複数の愛人が居た。

 ハノフェアリーレンは怒り狂ったが、育った環境の差で感覚が違う王子は、彼女がなにに怒っているのかがわからない。妻に迎えたのだからいいではないか、ととぼけたことをいうだけだ。

 ハノフェアリーレンも次第に落ち着き、それがシノマの流儀であれば仕方なしと、愛人までは許容した。が、今度はどうも自分の扱いがよくないように感じられる。

 ある日、ハノフェアリーレンは侍女達の会話を聴いてしまう。王子妃さまは子どももないのにあんなに偉そうでいやになる、と。それで、シノマでは結婚した女は子どもを持たねば価値なしと見なされるのだと判断した。


 そこからハノフェアリーレンは必死になった。医者に診てもらったり、まじないに手を出してみたり……だが、効果は芳しくない。

 医者は、ハノフェアリーレンは子どもを産めないかもしれないといった。栄養状態がよくない時期があったのではないか、その所為で体がまだ子どものようだといわれた。ハノフェアリーレンはレクレウス家での不遇な時期を思い出し、たしかにまともに食事をとれない時期があったことを思いだして、祖父母や伯父伯母をひどく恨んだ。

 ハノフェアリーレンはそれでも、まだなんとか持ちこたえていた。愛人を持ってはいるが、王子は決してハノフェアリーレンをないがしろにせず、妻としてきちんとした待遇をされるように心を砕いてくれたからだ。

 ところが結婚して一年とせず、王子が亡くなった。


 それは政治的な争いにまきこまれてのことだったらしい。王子の亡骸を見ることもできず、ハノフェアリーレンは宮廷を出され、未亡人用の邸へ移った。そこにはきらびやかな服も、宝石も、絵画も、式典もなく、毎日のように僧がやってきて、王子の冥福を祈ることを強要した。

 そして、子どもが居ないから宮廷を追い出され、子どもの居る愛人達は、子どもと一緒に宮廷に残っていると、ハノフェアリーレンは知った。

 彼女はどうしても納得いかず、愛人達を優遇する婚家を恨んだ。だが、自分が騒げば外交問題になることは理解していたから、なにもいえないでいた。そのうちに体調を崩し、更に、王子が殺されたかもしれないとその段で知って、ハノフェアリーレンは体調不良を理由に、一旦実家へ帰ることを宮廷へ伝える。

 すぐに馬車が仕立てられ、ハノフェアリーレンは国境の森を越えて、エリビエへ戻った。

 運の悪いことに、その直後にエリビエとシノマの国交が再び断絶する。


 レクレウス家はそれを、ハノフェアリーレンがわがままをいって宮廷を追い出されたからだと思った。ハノフェアリーレンは再び、持て余しものになり、レクレウスの領地の、それもとびきり田舎の邸に閉じ込められる。王族の血が流れている上に、一度は他国の王子妃だったのだ。幾ら持て余しても、直接的に殺すことはできない。

 そこで、ハノフェアリーレンは妊娠に気付く。


 ハノフェアリーレンの妊娠は隠された。王子が亡くなってしばらく経っていたこともあるし、エリビエとシノマは戦争寸前まで緊張した状態になっていた。

 そこでハノフェアリーレンの妊娠は、大きな希望になり得る。亡くなったシノマの王子の最後の子どもを、エリビエ出身の妻が生んだとなれば、少しは雰囲気がかわるかもしれない。

 だが、悪い方向へかわる可能性も、ないではない。例えば、王子の死後、宮廷から出ていたハノフェアリーレンが、別の男性との間に子どもをつくった可能性が。

 もし、ハノフェアリーレンの妊娠を伝え、生まれてきた子どもが王子に似ても似つかなかったら……。

 レクレウス卿はそれをおそれていた。


 ハノフェアリーレンは子どもを生んだ。目にいれても痛くない、たったひとつの王子との愛の証だ。ハノフェアリーレンは子どもをとりあげようとするめしつかい達を遠ざけ、ずっと子どもと一緒に居た。子どもを失えば、なにもなくなる。だから必死だった。

 自分たちが寝起きする部屋と、厨房、手洗い、それに運よく屋内にあった井戸、その近辺だけはきれいに保って、自分で料理をし、子どもの世話をした。めしつかい達は信用ならなかったが、食料だけはどうしようもなく、めしつかい達が運んでくるものをつかった。

 レクレウス卿が数回、訪れたが、ハノフェアリーレンは子どもを渡すことを拒否した。何度目かにいいあらそいになり、ハノフェアリーレンはレクレウス卿をひどく罵った。レクレウス卿は倒れ、めしつかい達に運び出されて、二度とやってこなかった。


 ハノフェアリーレンは、王子の子どもとしてはずかしくないよう、子どもに読み書きを教え、計算を教えた。書庫には本が沢山あって、子どもにそれを読んで聴かせた。裁縫や料理や、自分が覚えていることはすべて教えた。自分の生い立ちや、どれだけ王子を愛していたか、どれだけ王子に大切にされていたかを話した。自分が不義をするなんてありえないことだと泣いた。

 子どもはそれをすべて覚えた。そらんじられるくらいに。

 子どもはある朝、母の体がこわばっていることに気付いた。甘ったるいような、今までかいだことのない匂いがする。

 母の体はぬくもりを失い、胸に耳をおしあてても鼓動はしなかった。子どもは母の体を仰向けにして、手を胸の上で重ねさせ、まぶたを閉じ、額に口付けてから、下の階へ降りた。外に出て、めしつかいの居る小屋へ行き、母が亡くなったと告げた。

 子どもはその日のうちに邸を出て、首都へ向かった。


 子どもは大伯父夫婦にひきとられた。母の母の、一番上の兄である。レクレウス卿は亡くなって、その長男が後を継いでいた。

 ひきとられた時、不義の子であっても見捨てる訳にはいかないから置いてやるが、問題だけは起こすなと釘を刺された。おそらく、祖父にあたる人物が王族である為に、殺すという選択肢はなかったのだろう。エリビエ貴族が王族を傷付けるなど、やろうとしたってできるものではない。

 子どもはなにもいわなかった。母としか話したことがなく、ひととの接しかたがわからなかった。

 それから数年たって、子どもは王家主催のパーティに行った。王族はハノフェアリーレンの子どもと知って、情けをかけたのだ。だが、レクレウス卿は迷惑に思ったらしく、目立たぬように、顔を隠しておくようにと命令した。それで、子どもはヴェールをかぶった。

 子どもは会場の隅に、付き添いの女性と一緒に居た。そこで時間がすぎるのを待って、帰るつもりだった。そこに、宮廷の従僕がやってきて、子どもを会場からつれだした。子どもは、レクレウス卿からのいいつけだといわれて、信じていた。

 通されたうすぐらい部屋で、飲めといわれたからお茶を飲んだ。すると、眠ってしまった。

 目を覚ますと、子どもは下着姿で寝台の上に居た。隣に見知らぬ男が横たわっていた。激痛に顔をしかめていると、従僕や、王族の人間が部屋にはいってきた。それから、おそろしい大騒ぎがはじまった。


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