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塞翁が馬?


 ユファはどうしているだろう。従僕用の馬車へのれただろうか。

 エクは馬車の窓を開け、白んできた空を見た。先程まで喚き散らしていた叔父は、今は黙ってむっつりと、エクを睨んでいる。

 あの後、レディ・スピティとスピティ卿が、渋々、エクとミス・レクレウスの婚約の証人になるといってくれた。叔父は異議があるようだったが、エクがミス・レクレウスに心を動かされた話をしようとするので認めざるを得ず、その場からエクを引っ立てて、車寄せへ走るように移動した。憐れ、若い伯爵さまは、馬車に叩きこまれて叔父の邸へ移動中である。

 叔父は余程、ミス・レクレウス、もしくはレクレウス家が気にくわないのか、ミス・レクレウスを身持ちが悪い女だと散々にこきおろし、エクを悪女の手練手管にひっかかったはなたれ小僧だといった。

 自分が責められるのはどうでもいいが、彼女を悪くいわれるのはなんとなく気分が悪い。エクは叔父がミス・レクレウスを悪くいう度に、いちいち訂正した。叔父は次第に喋らなくなった。


「お前はアデルと結婚する筈だった」

 不意に、叔父がいう。エクは面喰らって、窓の外から目を戻した。姿勢も正す。

「なんですって? 叔父上?」

「アデルはお前のひとつ下で、釣り合いもとれている。わざわざあのような……外から女を迎えることもあるまい」

 叔父もひとつは学んだようで、ミス・レクレウスをこきおろしはしなかった。エクは首をすくめ、それから座り心地がよくないことに気付いて、尻ポケットから手袋をとりだした。ふむ、椅子に座る時には、こんなところにものをいれておくべきではないな。

「アデルと結婚するなんて、わたしは初耳ですが」

「そのように決まっていたのだ」

「聴いたことがありません。父からも、母からも、兄からも」

 そしてあんたやアデルからもだ、と心のなかで付け加える。もしかしてアデルはそのつもりだったのだろうか? それで、わたしとパーティに行くことにあんなに固執していたのか?


 叔父が呻いた。

「お前とアデルが結婚すれば、ズィークラッへは安泰だっただろう。わたしもアデルも贅沢はしない。あの女と結婚してみろ。財産はすべて、男遊びにつかわれてしまう」

「は、は、は」

 エクはわざとらしく笑ってみせた。叔父がここまで紳士的でない振る舞いをするとは。くわしく知りもしない女性に、なんという暴言だろう。

「そりゃ凄い。豪儀なことです。できるものならやってくれればいい。見てみたいですね」

 半分は本音だった。領地経営に関しては、兄がまったくの健康体ではなかった為、エクはきっちり学んでいる。みっつの領地はどれも毎年素晴らしい収益を上げ、ズィークラッへ家には少なくない財産がある。それを女性ひとりが死ぬまでにつかいきれるのならば、わたしは空を飛べるようになるだろう。

「エク」叔父が睨みつけてきた。「冗談ではないんだぞ。あの女は、目を付けた男に無分別な行いをさせる。放蕩者だ! シノマ王国の大使も誘惑した。危うく外交問題になるところだったのだぞ」

 シノマ王国とは、エリビエ王国の東にある隣国だ。国境の森を越えるともう、シノマ王国である。百年前に分裂した二国は、その後の険悪な時期を経て、二十数年前に外交が結ばれた。再び数年、険悪な時期があって、今は友好関係を築いている。ユファはシノマ王国の出身だ。

 その大使と、ミス・レクレウスには、なにかあったらしい。だが、叔父のいうようなことではないだろう。ミス・レクレウスに魅力がないとは(そんなことは剣をつきつけられて脅されても)決していわないが、彼女は男を手玉にとるような人物ではない。それくらい、あの短い時間でも判断はつく。

「なにか誤解があったのでしょう」エクは背凭れに身を預ける。「不幸なことですね」

「不幸なのはズィークラッへ家だ」

 エクは鼻を鳴らした。叔父は信じられないという目でエクを見ている。


 叔父の邸へつくと、エクは馬車を飛び降り、首を鳴らした。ユファに相談しなくてはならないことが沢山ある。とりあえずは、女性が好むものがなにかを教えてもらい、女性と気のきいた会話をできるようにしなくては。

 ミス・レクレウス、未来のレディ・ズィークラッヘは、エクに対して怯えている様子だった。もしくは、とても困惑していた。彼女が諸手を挙げて結婚を喜ぶと思っていた訳ではないが、醜聞を避けられたのに、ああいった態度は意外だった。

 とにかく、夫婦になることは決まったのだ。こわい思いをして怯えた妻に歩み寄るのは、夫として当然の振る舞いだろう。

 父の反応に関しては、エクは心配していなかった。父は、領地をまもる意思のある人間が爵位を持っているということに安心している。エクだって、領地をないがしろにするつもりはない。小作人も、めしつかい達も、領民も、きちんとまもるべき者だ。それにミス・レクレウスひとりが加わったくらいで、父はごたごたいうようなひとではない。

 ユファが馬車にのりそびれたとしても、どうにかして戻っているだろう。主人であるエクと同じく、ユファは歩きでの移動を厭わない。

 従僕用の部屋へ行こうと考えていると、玄関前に立っていたアデルが走ってきた。付き添い女性が困り顔で、後を追ってくる。「エク!」

「やあ、アデル」

 精々、愛想よくしたのだが、アデルは不満げに口を尖らせた。エクはいとこのそういった、自分が少し感情をみせればまわりが動くと考えているような態度が好きではない。「わたしは疲れてる。失礼」

「女狐に騙されたのですって!?」

 アデルの脇をすりぬけようとしていたエクは、動きを停める。口を半分開いたが、言葉が出ない。女狐とは、およそ、淑女の口から出る言葉とは思えない。聴き間違いだろうか。

 しかし、疲れたエクの聴き間違いではないようで、アデルはぶるぶると頭を振った。

「エク、考え直して頂戴、あなたはわたしと結婚する約束だったでしょう?! ミス・レクレウスといったら、頭のおかしい」

「アデル」エクはぴしゃりという。「わたしの婚約者に対する侮辱は控えてもらいたい」

「まあ!」

 アデルは口をぱくぱくさせて、数歩後退った。「なんてことでしょう。エク、どうしてそんなことをいうの?」

 妻になる人物を庇うのが不思議なことであるという感覚は、エクにはない。だから、質問(もしくは難詰)の意図がわからず、肩をすくめた。アデルは傷付いたような顔をして、ドレスのスカートを両手でもみくちゃにする。

「酷いわ! わたしと結婚する筈だったのに!」

 見る間にアデルの両目から涙がこぼれ、鼻が赤くなる。「ミス・レクレウス、なんて性悪なの! エクのような純粋な男性を騙すなんて!」

「アデル……」

「エク、目を覚まして頂戴!」

 アデルがぱっと飛びかかってきて、エクは反射的に避けてしまった。アデルがころんと転がり、憎悪の目でエクを睨む。付き添い女性がアデルに駈け寄った。「お嬢さま」

「エク、あなた、性悪と結婚なんて後悔するわよ!」

「ああ、そうかもな」

 エクがそう返すと、アデルは拍子抜けしたみたいにぽかんとした。エクは付き添いの女性へいう。「アデルは感情的になっているようだ。落ち着かせてやってくれ」

「はい、ズィークラッヘ卿」

 エクは頷いて、玄関へと歩いていく。後悔する、だって? 少なくとも、大声で見ず知らずの他人の悪口を喚きながらつっかかってくる女の子と結婚するよりはましだね。


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