一年後
一年後、フルリオフォルトへ、装飾の施された豪華な馬車がやってきた。だが、そのなかに生きている人間はのっていない。花をかたどった装飾のついた、立派なつぼが運ばれているのだ。そのなかに、ハノフェアリーレンの遺骨を抱いて。
エクとヴァスィリサは結婚し、フルリオフォルトの邸で暮らしていた。式は首都で、少数の知り合いとこっそり挙げた。なかには婚約に立ち会ったレディ・スピティとスピティ卿も居て、謝罪の後、ヴァスィリサの為に精一杯、しあわせを祈ってくれた。
ヴァスィリサは毎月、祖母であるフェアファルと、手紙でやりとりしている。ハノフェアリーレンは、伯母や伯父から、悪意のある話を吹き込まれていた。フェアファルは、ハノフェアリーレンが思っていたような、酷薄で野心の強い女性ではなく、むしろ優しすぎ、信じ込みやすい、穏やかな女性だった。訳もわからず、王族の男の言葉を信じ、妊娠してしまったのだ。
愛人では可哀相だとごねたのは、ヴァスィリサの曾祖母だったらしい。ハノフェアリーレンが生まれた所為でかわいい末娘との連絡を絶たれたと、ハノフェアリーレンに恨みをぶつけていたのだろう。
ユファはミス・アツァリ・スィンヴァンと結婚し、一度シノマへ帰国した。シノマでは王子として宮廷へ迎えたいという話になったそうだが、ユファは母親の実家へ挨拶し、幼い頃に埋葬した母の遺骨を持って戻った。自分は死ぬまで旦那さまの従僕ですよといって。
兄と、旅芸人の噂を聴いた。兄は虚弱で、旅暮らしなどできないだろうと心配していたが、どうやら楽しくやっているらしい。父に似て執筆の才があったか、座付きの作家として、人気の劇を幾つも上梓したそうだ。お前に姪ができたぞと手紙で自慢げに報せてきた。
イリス卿は今も、領地経営をうまくやっている。今度、ようやく年貢を納めるそうだ。お相手は、シノマの大使にひどい目に遭わされた女性のひとりで、若きガレーネ卿の姉の親友だったひとだそうだ。
若きガレーネ卿は、相変わらずイリス卿の後ろをついてまわって、勉強に精を出している。
叔父は貴族ではなくなり、労役についている。地方で道路工事に従事しているそうだ。
アデルは父の所業を知って、髪を落とし、尼僧になった。今は僻地の修道院で、精進潔斎し、病の人々の世話をしているという。
王妃は称号を剥奪され、宮廷の奥深くに幽閉されているらしい。くわしい話は知らないが、エリビエでは離婚はできない為、そういった措置がとられているのだろう。
ペルノ卿は、多くの婦女を陥れ、また幼子へひととしてあるまじきことをしたと、絞首刑に処された。ペルノ家は改易されたそうだが、一族がどうなったかはエクは知らない。
ヴァスィリサに、シノマ王家から、王女の宣下があった。だが、ヴァスィリサはそれを拒み、王女になるという話は宙に浮いている。ユファも同様だ。
ユファが赤子で、ヴァスィリサが生まれる前、シノマの王家はリューベ王子派と別の王子派とで分裂していたらしい。だが、今はリューベ王子派だった人間達が幅をきかせ、リューベ王子の第一子、だからユファとヴァスィリサの兄にあたる人物が王になっている。
それでも、政治的な争いにまきこまれるのはいやだと、ヴァスィリサは王家の打診を拒んでいた。でも、一度は父親の故郷を見てみたいそうだ。だから、いつかこっそりシノマを訪れようと、ふたりは計画している。
馬車はゆっくりと、つぼを倒さないように進んでいく。
エクとヴァスィリサは、馬にのっていた。ヴァスィリサに乗馬を教えたのはエクだ。逃げる時に、馬にのれるかのれないかは大きな差になる。彼女には傷付いてほしくない。逃げる方法を沢山知っていてほしい。可愛いアグノスは、ヴァスィリサをのせることをいやがらなかった。
「もうそろそろだな」
「はい」
「妻の母に会うというのは、緊張する」
エクがいうと、ヴァスィリサは微笑む。「わたくしも、エクさまのお母さまに会う時は、緊張いたしました」
フルリオフォルトに来たばかりの頃、ヴァスィリサはほかのなにを置いてもまず最初にと、エクの母の墓を参った。手編みのレースで包んだ季節の花を供え、母に挨拶してくれたのだ。
エクは微笑む。
「ヴァスィリサの母上は、優しいかただったな。不出来な夫でも、大目に見てくれるだろうか」
「不出来だなどと、とんでもない。わたしこそ、きちんと旦那さまを支えているのかと、叱られることでしょう」
馬車が道をすすみ、丘の上に出た。御者の目に、二頭の馬とそれにまたがるふたりの人物が見えた。
御者の隣に座っている人物は、ひょいと帽子をあげ、ふたりに合図する。ふたりが呆れた様子で馬を走らせるのが見えて、男はくすくすと笑った。御者もだ。
エクは信じられない思いで、馬車の近くまで行った。「イリス卿。それに、若きガレーネ卿」
「やあ、姪の夫よ」
イリス卿は笑っている。「ハノフェアリーレンはわたしの姉だ。埋葬には、わたしも立ち会う」
ハノフェアリーレンの遺骨がはいったつぼは、今、娘の腕に抱かれていた。
栄養失調からの心臓発作で亡くなったハノフェアリーレンは、ほんのひとつかみの骨になって、つぼのなかにはいっている。娘はその軽さに、少し涙ぐんだ。
娘の夫が肩を抱いてそれを慰め、促す。墓石の傍に、きちんと石を張った穴がある。娘はつぼをそこへ納めた。墓穴は工夫され、雨が降っても水がたまらないようにしてある。ハノフェアリーレンの眠りを妨げないように。
「お母さま、おやすみなさい。また、度々、参ります」
娘の夫が、穴に蓋をした。娘も、娘の夫も、弟も、その愛弟子も、しばし瞑目して、ハノフェアリーレンの冥福を祈った。
祈りの後、娘が墓石を撫でた。愛しそうに撫でられた墓石には、ハノフェアリーレンの名前と、「夫を愛し、娘をまもったひと」という墓碑銘があった。




