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侯爵、語る


「叔母と姪だというのに、君の婚約者と王妃とは目の色だけしか似ていなかったな」

 イリス卿はソファに座って足を組み、香りのいいあたたかいお茶を飲んでいる。隣では、若きガレーネ卿が姿勢よく座り、目を伏せていた。

 イリス卿の向かいに座るエク、その隣のヴァスィリサ、それにヴァスィリサの後ろに立っているユファとミス・スィンヴァンは、疲れてまともに声も出せない。

 あの後、陛下の(めい)で、エク達はひとつの部屋へおしこめられた。陛下はくわしい話を聴きたいらしい。ユファに対しても、リューベ王子の子どもであれば宣下がなくても王子と同じだと、同じ部屋に居るように頼んでいた。ユファは、ミス・スィンヴァンと一緒ならばと、それをうけた。

 イリス卿はひょうひょうとしていた。ヴァスィリサが小首を傾げる。「叔母……?」

「王妃の父君は、君の母上の父君でもある」

 イリス卿はマグをからにし、ローテーブルへ置いた。「君の母上と王妃は母親違いの姉妹だ」

「はあ……」

 久々に彼女の「はあ」を聴いた。エクはちょっと笑う。

 イリス卿の目が笑っていた。「ズィークラッヘ卿は、楽しそうだね?」

「そうでもありません、閣下。なにしろあなたは、わたしの愛するヴァスィリサを無駄にこわがらせた」

「それについては謝罪する。ミス・レクレウス、いつぞやはこわい思いをさせてすまなかった。母の頼みでね」

「母?」

「正確には義理の母だ。わたしとは血がつながっていない。わたしはイリスでも末席の人間の子だ。養子だよ。だが、君と母とは血のつながりがある」

 先日それを聴かされたエクと違い、ヴァスィリサはすぐに気付いて、ひっと息をのんだ。

「まさか、母を産んですぐに嫁いだ、おばあさま……ああ、侯爵家へ嫁いだと……」


「そうだ。君のおじいさまを侮辱するが、なかなかに趣味の悪いひとだったようだね。まだ十歳(とお)を幾らか過ぎたくらいの、王族との結婚を夢見る少女を身ごもらせたのだから。母はまだ六十になっていない」

 その歳でヴァスィリサのような孫が居るのだから、子どもを生んだ年齢は相当若かった筈だ。エクはあらためて、ぞっとする。

 イリス卿は肘掛けに凭れる。

「母はレクレウス家から完全に縁を切られ、接触を禁じられた。娘のことも心配していたし、今は君を心配している。君の噂を嘆き、血がつながっていないのだからとわたしに君と結婚するように命じてきた」

「……もしや、それで、あのようなまねを?」

「それもあるが、君の顔を見たかった」イリス卿はなんでもないようにいう。「実をいうとね、ミス・レクレウス。あの場に居たのは、王妃やペルノ卿に恨みを持つ者ばかりだった。君を担ぎ出して王妃を失脚させようとしていたんだ。そこへ純朴な田舎貴族が来たものだから、わたし達は大いに慌てたという訳だよ」

 ヴァスィリサがエクを見る。エクは首をすくめた。

「イリス卿からのお話とは、これでしたのね?」

「すまない。あの時は口止めされていて、イリス卿に悪意はなかったのだという話しかできなかった」

 エクは婚約者へ頭を下げる。ヴァスィリサは優しいひとで、エクの肩をそっと撫でる。「いいえ、責めるつもりではありませんの。ごめんなさいエクさま」

「ヴァスィリサ」

「わたしは君たちをひきあわせたということで、ゆるしてもらえるかな」

 イリス卿が軽くいい、ヴァスィリサがそれを見た。

「恨みとは? なんですの?」

「ああ、まあ、いろいろだが……わたしはあのペルノというやつをずっと殺そうと思っていてね」

 イリス卿は肩をすくめ、にやっとする。「わたしの場合は、十歳(とお)を過ぎてもいなかった」

 それで、エク達は事情を承知した。ヴァスィリサは憐れむようにイリス卿を見て、ゆるしますと震える声でいった。


 若きガレーネ卿は、姉がペルノの策略で自殺したのだといった。ほかにも、姉妹の恨みを晴らす為に計画に参加した若者は多いそうだ。ペルノはシノマの前の大使と通じていて、若い娘達をあてがっていた。

 それも、大使に恩を売る為ではない。何人かそれを繰り返した後、最後のひとりで暴露し、エリビエとシノマの国交を断絶させるのが狙いだった。その為に、貴族ではあるが爵位を持たない別の人物が大使と接触し、ペルノ本人は大使と顔も合わせていない。

「まさか、その人物とは」

「君の婚約者の叔父だ」

 エクは居たたまれなくて、ヴァスィリサにまた、頭を下げる。ヴァスィリサはエクの肩を叩く。「エクさま、エクさまはなんにも悪くないですわ」

「しかし……」

「ミス・レクレウスのいうとおりだ。王妃もペルノも詰めが甘かった。王妃は自分の母親から、フェアファルの娘やその子どもを絶対に破滅させろと命ぜられていたようだ。だから、レクレウス卿と手を組んでハノフェアリーレンへの年金を掠めとり、悪事をなしているペルノに近付き、ペルノからハノフェアリーレンに子どもが居ると聴いて、その子どもを最後の一押しにつかうことを提案した。王妃もペルノも、まさか、君が陛下の説得に応じ、ひとりで泥をかぶるとも、大使が怖じ気づいてすぐに帰国するとも思っていなかったんだ」

「大使はミス・レクレウスの顔を見たのでしょう。どの瞬間かはわかりませんが」

 ユファが口をはさんだ。そうだろうねとイリス卿が応じる。「そして、大使であれば、自国の王子にレクレウス家から嫁いできた妃が居たことも覚えていただろう」

「では、わたくしは知らぬ間に、悪辣な計画を阻止していたのですね」

「そうともいえる」

「なら、陛下の頼みをきいて、よかったと思います」

 ヴァスィリサはしっかり頷いた。心の底から、そう考えているらしい。


 王妃もまた、悪事を重ねていたようだ。ペルノ程の大きなことではないが、侍女をいびって宮廷を追い出したり、気にいらない貴婦人の悪い噂を流して社交界から永遠にしめだしたり、お気にいりの青年貴族を出世させたり……。

「だが、今度のことで、逃げられはしない。シノマの王女を罠にかけようとしたのだ。もう、王妃と呼ばれることもないだろう」

「陛下は……」

「傷付いておいでだが、ある程度はあのかたの責任でもある。それくらいの痛みは引き受けるべきだと、わたしは思うね」

 イリス卿はあしを組みかえる。若きガレーネ卿が胸ポケットからハンカチをとりだし、イリス卿へさしだした。イリス卿はきょとんとしていたが、頬を流れる涙に気付いて、若きガレーネ卿の手からハンカチをひったくった。恨んでいたペルノを捕まえさせることができて、緊張の糸が切れたのだろう。「ああ、ありがとう、カルム」

「いえ。あなたについてきて、よかったです、閣下。憎きペルノを苦しめてやることができたのですから」

「ああ、そうか、そうだね……」

「ですが、できればこれからも、わたしを傍へ置いてください」

「なんだって?」

 イリス卿は驚いたのか、目を見張った。若きガレーネ卿は低くいう。

「わたしはあなたから学ばねばならぬことが、まだ沢山あります。それに、あなたは弱い。まもる者が必要でしょう」

「それは……お前はかわっていると思っていたが、わたしの考えていたのの百倍おかしいぞ」

 イリス卿はしかし、楽しそうに笑う。「そうか。そうだな。お前は強いが、領地経営についてはからきしだもの。いい、わたしが教えてやろう。十年経ったら、ガレーネの領地は、今の倍の収益を上げるようになっているだろうな。それに、お前のような男であったら、妹を任せるのもいいかもしれない。歳も釣り合うし……」


 儀仗兵が来て、イリス卿と若きガレーネ卿をつれていった。エクは息を吐く。

「ユファ」

「はい、旦那さま」

「やめてくれ……いや、やめてくれませんか、ユファ王子」

「僕はシノマの王家に認められていません」

 ユファは姿勢を正す。「それに、エクさまの従僕です。この立場をかえる気はございません。僕を解雇するとおっしゃるなら、前のズィークラッヘ卿へ訴えます」

「ユファ……」

「ユファさま」

 ヴァスィリサがいい、ユファは頭を振る。

「どうぞ、ユファと」

「……ユファお兄さま」

 ユファはまた、そうではない、というようなことをいおうとしたらしかったが、口を開いて停まった。目に涙がたまっている。

 ミス・スィンヴァンが、ユファのせなかを軽く叩いた。ユファはさっと目許を拭う。ヴァスィリサがエクを見た。

「お兄さまは、わたくしと同じで、頑固なかたのようですわ」

「そのようだ。ユファ」

「はい、旦那さま」

「これからも、わたしの従僕で居てほしい。ただ、できれば、ミス・スィンヴァンとのことをはっきりさせてくれないか?」

 ミス・スィンヴァンが顔を赤らめ、場の空気が和んだ。


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