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またしても、厄介ごとを抱えこむ


 やはり、パーティなんて来るものじゃない。ろくなことにはならないから。

 エクは婚約者と腕を組んだ状態で、さる伯爵と話していた。伯爵といえ、エリビエ王国建国時からの家柄だ。簡単にあしらうことはできない。

 その家柄に相応しく、紳士的で理性的なひとならば、それは難しい話ではない。問題なのは、相手がまじまじとミス・レクレウスを見て、たまににやにや笑いをうかべるところだった。ミス・レクレウスに関する噂を頭から信じているのだろう。それが不快でならない。

 ふっと視野の端に叔父を見付け、エクは目をそらした。叔父が居るなら、アデルも居るかもしれない。一度、叔父がやってきて、結婚前に婚約者を家にいれるとは何事かと叱りつけてきた。エクは、田舎者なので作法もなにもわかりません、とのらくら躱した。叔父は途中、あの女は愛人にしてアデルを妻にといっていたが、それに関してはエクは反応もしなかった。まともにとりあっても無駄だからだ。

 ミス・レクレウスが居る場でそんな話になりたくない。そう思っていたが、叔父はエクに気付いておらず、侯爵に近寄っていく。シノマとの国境付近に領地を持つ、ペルノ侯爵だ。なにか重要な話でもあるのか、ふたりは話しあいながらどこかへ歩いていった。


 不愉快な伯爵がようやくと別の獲物を見付け、ふたりに断って移動した。目を付けられたのは、社交デビューしたての若さま達だ。エクは貴い犠牲に胸のうちで礼をいい、傍らの婚約者を見た。彼女は今日も、慎ましくヴェールをかぶり、婚約者以外の男に顔をさらそうとしない。

「ミス・レクレウス、疲れたのではないか?」

「いえ」

 ミス・レクレウスは小さく頭を振る。その仕草が愛らしくて、エクはにっこりした。


 ふたりで組んで踊るのは、今までにも何度もしてきたが、今度は一番うまくいった。エクは妙な緊張から解放されていたし、ミス・レクレウスのあしどりもいつになく軽い。

 だが、踊りそのものはうまくいっていても、それ以外、ふたりではどうしようもない部分は、ままならない。演奏される曲で聴こえないと思い込み、ミス・レクレウスに関する噂を喋っている客の、なんと多いことか。

 踊り終える頃には、踊りがうまくいった満足感と、ミス・レクレウスが好奇の目にさらされている不快感とで、エクは気分を害していた。だが、ミス・レクレウスはなんだか楽しそうで、パーティの主催者であるレディ・イーテアーへの挨拶も、たどたどしくだがきちんとこなした。レディ・イーテアーは、どうも、ミス・レクレウスに好感を持ったらしい。それだけはよかった。

 次の局をせなかに聴きながら、ふたりは露台へ出た。機嫌のよさがまだ続いているらしいミス・レクレウスへ、エクはいう。

「踊りが好きなのか?」

「え? いえ、特には」

「それにしては楽しそうだったが」

 ミス・レクレウスは、ヴェール越しにふふっと笑う。とても楽しそうな声だ。「ええ」

「わたしのあしがもつれるのが面白かった?」

「違いますわ。わたくしを羨んでいるご令嬢が多いようでしたから」

 ミス・レクレウスは小首をかしげる。「でも、いやですわ、エクさまをとられてしまったら……」

「か、風が出てきたな。戻ろう」

 なんだかきはずかしくて、エクは婚約者の腕をとり、露台から広間へ戻った。


「ズィークラッヘ卿」

 また面倒がやってきた。

 エクは、とりまきの貴公子達をつれたイリス卿へ、正対する。手の仕草で、壁際に控えているユファを呼んだ。ユファはとんできて、ミス・レクレウスを促して歩いていく。ミス・レクレウスはエクを気にしつつ、ユファの指示でやってきた准男爵令嬢に腕をとられ、エクから離れる。

 ゴブレットを手にしたイリス卿はそれをにやにやして見送ったが、次にエクを見た目は笑っていなかった。「少し話したいことがあるのだが……」

「なんでしょう」

「ここでは話せないな」

 エクはイリス卿を睨みつけた。イリス卿は軽く肩をすくめる。完全に舐められている、とエクは思う。

 イリス卿のほうが背は高いが、エクは田舎で馬をのりまわし、狩りもしてきている。武術の鍛錬も、欠かしたことはない。わたしは首都でパーティに明け暮れている優男とは違う。

 ミス・レクレウスに「魅力がある」といわれて以来、エクは何故か、自信があふれている。だから、イリス卿相手でも、失礼にならない範囲であればひくつもりはなかった。


 イリス卿は呆れたように鼻から息を吐き、とりまきに目配せした。すると、とりまき達は輪を崩し、ふたりから離れていく。ひとりだけ、体格のいい若者が残った。「ガレーネ」

 イリス卿が突き刺すようなきつい声を出した。エクはそのあまりの変貌に戸惑う。それから、ガレーネといえばそこまで古くはない伯爵家だと思い出す。ガレーネ卿にはカルムシャケットという男児がひとりしか居ないから、彼がそのカルムシャケットだろう。

 若きガレーネ卿は、不満げにいう。

「しかし」

「いい」イリス卿は面倒そうに顎をしゃくった。「離れろ」

 若きガレーネ卿は、渋々、という様子で、ふたりから離れていった。エクとイリス卿の傍には、気付くと誰も居ない。不自然にぽっかりとあいた空間は、イリス卿のとりまき達がつくっているようだった。


「この間は、邪魔をしてくれたね」

 イリス卿がにこやかにいい、エクは意味がわからずに、口を半分開いた状態でしばらくかたまった。それから、自分と婚約者がどうやって出会ったのかを思い出す。やはり、それをいいに来たのか。

 エクはイリス卿を見据え、拳を握った。「紳士として相応の振る舞いをしたつもりです」

「ああ……君は、そういう人間か」

「ええ。あなたには失望しました」

 こらえきれずに本音がもれた。実際のところ、イリス卿はなにかとよくしてくれて、あの件までは感謝の気持ちさえ持っていたのだ。だが、抵抗できない女性を数人でどうにかしようなど、紳士どころか人間の所業ではない。

 しかし、罵られたイリス卿は、くっくっと小さく笑った。ゴブレットを傾けて中身を呑む。「君は、随分正しいみたいだな」

「少なくともあなたよりは」

「ふうん?」

 イリス卿はからになったゴブレットを床に落とした。その音を聴いてか、ガレーネがはっとした様子で戻ってくる。転がっていったゴブレットを拾い、まっすぐ立つと、エクを睨んでくる。そのまま、イリス卿へ近づく。なるほどこいつが護衛という訳か。図体は立派だが、人間は弓の練習の的のようにじっとしていてはくれないぞ。すばしこい鹿や猪を狩ってきたわたしにかなうかどうか。

 エクはひるまずに、ガレーネを睨んだ。すると、イリス卿が小さく舌を打って、ガレーネを横目で睨んだ。「カルム、僕はことを構えに来たのじゃない」

 ガレーネがびくりと肩をふるわせた。エクは背中を羽で撫でられたような気色の悪さを感じた。

 ガレーネはエクを睨むのをやめたが、離れはしない。イリス卿はそれでよしと判断したのか、目付きを和らげ、腕を組んだ。エクを見ると、微笑みをうかべる。

「正しいズィークラッヘ卿、血の気の多いのが邪魔をしたね。すまない」

「い、いえ……」

 なにかしら得体の知れないものをイリス卿に感じたエクは、とりあえずはそう返事した。イリス卿はにっこりして、廊下へ通じる出入り口を指さした。


「エクさま」

 しばらく後、エクはひとりで、車寄せまで行った。馬車では婚約者が待っていて、エクがのりこむと心配そうに扇を握りしめる。

 エクはその隣に座って、婚約者へ笑みかけた。小さく頷く。「なにも心配はない」

「本当ですか?」

「わたしはあなたに嘘を吐かない」

 エクが断言すると、ミス・レクレウスはほっとしたのか、小さく息を吐いた。

 馬車が動き出し、エクは背凭れに身を預けた。「ミス・レクレウス、質問をしてもいいかな」

「はい、なんでしょう」

「思い出したくないのなら、答えなくてもいいのだが」

 ミス・レクレウスはこっくり頷く。

「わたし達が出会った晩のことだ」

「……はい」

「あなたは彼らに……」

 ミス・レクレウスは姿勢を正し、はっきりという。

「レクレウス卿にあの部屋へ行くようにいわれ、参りました。部屋に居た男性に、家に迷惑をかけたくなければ服を脱ぐようにいわれ、そのようにいたしました。その後、靴も脱ぐようにといわれたように思います。ドレスとボディスと靴は、どこかへ持って行かれてしまいました」

 こわい思いをしただろうに、ミス・レクレウスは一部始終を明かしてくれた。エクも姿勢を正し、ゆっくりと頷く。ミス・レクレウスは、もごもごと続ける。「ですから、わたくしは、あの晩は」

「いや、もういい。すまない。そういう意味ではないのだ」

 エクは否定したが、疲れていたのでおざなりになった。ミス・レクレウスが不審げに、エクの顔を見る。「エクさま?」

「ああ……兄上は、こういったごたごたが嫌いで、逃げてしまったのかもしれないな」

「なにかあったのですか?」

 エクは頭を振ろうとしたが、それをやめ、頷いた。嘘は吐かないといったばかりだ。すぐに翻すなど紳士ではない。

 エクは思う。どちらにせよ、家をちらつかせて脅すとは、紳士的な行動ではないと。


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