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4-7. 絶望の月面

「あぁ……」

 いきなり訪れた凄惨な殺戮(さつりく)劇にヴィクトルは言葉を無くし、おずおずと伸ばした手が宙で止まったまま行き場を失う。それはヴィクトルが積み上げてきたものすべてをひっくり返される、最悪な出来事だった。


 ハーッハッハッハ!

 月面の小部屋にはルコアの声でヒルドの高笑いが響いた。

 ヴィクトルは力なく、ヒルドに乗っ取られたルコアをただ呆然と見つめる。


「ロリババアめ、ようやく始末できたわ!」

 ルコアの身体でうれしそうに悪態をつくヒルド。とんでもない事になってしまった。ヴィクトルは思わず頭を抱える。

 一体なぜこんな事に……。

「結果的には大賢者、お前のおかげでうまくいったわ」

 ヒルドは悪魔のようないやらしい笑みを浮かべる。


「いつから……、いつからルコアの中にいたんですか?」

 完全なる敗北を喫したヴィクトルは、忌まわしそうな顔つきで聞いた。

「太ももからね、ナノマシンを仕込んどいたのよ。この娘の中でそれを増殖させていたってわけ。乗っ取って私のバックアップに繋げたのはついさっき。ロリババアも酔っぱらっててナイスタイミングだったわ」

 ヒルドは満面の笑みで言った。

「彼女は無関係です。身体を返してもらえませんか?」

 ヴィクトルは必死に頭を下げた。

 するとヒルドはワンピースのすそからしっぽを出し、

「ドラゴンの身体ってバカにしてたけど結構気に入っちゃったのよ。悪いけど返す気はないわ」

 そう言って、プニプニとした可愛いヴィクトルの頬を器用にツンツンとつつく。

「えっ? そんなぁ……」

 ヴィクトルがしっぽを押しのけ、顔を引きつらせていると、

「そんなことより自分の心配した方がいいと思うわ。ここは暗黒の森よりも絶望的よ」

 ニヤッと笑うヒルド。

「えっ!? 置き去りにするつもりですか?」

「だって、あなたロリババアと組んじゃったからね。近くには置けないわ」

 そう言うと指先でツーっと空中を裂き、どこかの街へとつなげた。

「じゃあね」

 ヒルドはヴィクトルを一(べつ)すると、空間の裂け目をくぐる。

「ま、待ってください! お願いします! 僕もつれてってください!」

 ヴィクトルはあわててヒルドのしっぽをつかんだ。

「うるさいわね!」

 ヒルドはヴィクトルの手を振り払うと、しっぽでバシッと殴り飛ばした。

 ぐわぁ!

 月面の軽い重力でゆっくりとバウンドしながら転がるヴィクトル。

「今度は戻れるかしら? ハーッハッハッハ!」

 高笑いを残して空間の裂け目は閉じられ、後には静寂だけが残った。


「ち、ちくしょう……」

 全てを失ったヴィクトルはただ呆然と宙を見つめる。

 ルコアを失い、魔力を失い、誰もいない月の上でただ一人、もはや死を待つより他ない状況に押しつぶされていた。


 窓の向こうにはぽっかりと浮かぶ青い地球。帰りたいが……、帰る方法がない。魔法も使えない六歳児が宇宙空間を渡って三十八万キロ、どう考えても不可能だった。


「ルコアぁ……」

 思わず彼女の名が口をつく。

 うっうっう……。

 とめどなく涙が湧いてきて床を濡らす。

 自分になど関わらなければ今でも暗黒の森で楽しく暮らしていただろうに、取り返しのつかないことをしてしまった。

「ルコア、ゴメンよぉ……」

 両手で顔を覆った。

 『主さまっ』そう言って微笑みかけてくれた彼女はもういない。ヴィクトルは初めてルコアが自分の中で大きな存在になっていたことに気づかされた。二人でスローライフを送りたいと言ってくれた健気な彼女、かけがえのない彼女は奪われてしまったのだ。

 うわぁぁぁん!

 ヴィクトルは大声で泣いた。泣いて無様な醜態をさらすことが自分への罰であるかのようにみじめに泣き喚いたのだった。


 月面の静かな部屋には、いつまでも悲痛な泣き声が響き続けた……。


        ◇


 泣き疲れ、ヴィクトルは真っ黒い宇宙空間に浮かぶ青い地球をボーっと見ていた。自転に合わせ、さっきとはまた違った表情を見せている。


「ルコアはどの辺りにいるのかな……」

 そう言ってまたポロリと涙をこぼした。

「ルコアぁ……」

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