第二話 馴れ初めと共同作業 上
話は、俺が両手両足を失った時まで遡る。
神殿跡地の地下空洞で、真紅の巨竜に殺されかけていた俺は、突然現れたリーマに体を奪われた。
(なんだこれ!? 漆黒の鎧が、俺の体に勝手に装備されていく……!)
黒い鎧は、俺を呑み込むようにして、俺の体を内側に取り込んだ。
「無理矢理出てきて正解じゃったな。死にかけとはいえ、中身としては充分じゃ」
鎧は、俺の体に魔力を流し込む。
禍々しい漆黒の光が、俺の体内に満ちあふれていき、そして――
「痛みが、消えた……?」
体全体に走っていた激痛が、きれいさっぱりなくなっていた。
「む? お主、意識を保てておるのか?」
鎧の声が頭に響いた。
頭部に被された兜から、女性の声が発せられている。
兜は面頬がおりていて、視界がすこぶる狭かった。
「どうなってるんだ? あんたが治してくれたのか?」
あまりの出来事に混乱していた俺は、怖がることも忘れて、魔物に向かって問いかけていた。
「ほう、妾の魔力がやけに馴染んでおるようじゃな。欠損までは治らぬが、出血は止まっておる」
鎧の魔物が、笑ったように感じられた。
「面白いぞ。お主、このまま妾と――」
俺の体が回転した。
刹那、ゴォッ、と風切音がして、真横を超質量がすり抜けていく。
「巨体の割に、俊敏じゃの」
突進してきた真紅のドラゴンを、鎧の魔物が躱したのだ。
「う……くそ……」
体を揺らされ、頭を兜に打ちつけた俺は、脳震盪を起こしかけていた。
「お主、名はなんという?」
「く……サイラス、だ」
「お主に選択権を与えよう。強制しても良いのじゃが、興醒めも甚だしいからの」
「何を、言って――」
体が跳躍した。
巨竜の再びの攻撃を、鎧が跳んで回避したのだ。
防戦一方、このままじゃ、殺される!
「サイラスよ、妾と融合せぬか?」
着地がてら、鎧は俺に謎の行為を持ち掛けてくる。
「ゆうごうって、どういうことだ!?」
この状況を打破できるのか、俺は希望に縋って、魔物に尋ねた。
「文字通り、お主と妾を繋げるのじゃ。といっても、単に肉と肉を繋ぐのではない。魂を半分溶け合わせる、いわば精神の情交じゃな」
「じょうこっ……!?」
緊迫の場に相応しくない単語に、俺は思わず叫んでいた。
「怖れることはない。洞窟のヒビを数えておるうちに終わっておる」
「天井の染みみたいに言うなよ! 絶対もっとヤバイやつだろ!」
「それだけ叫べれば余裕じゃな」
「余裕なんてねえよ!」
ゴッ、という音とともに、今度は熱気が降りかかった。
「熱っ!?」
真紅の巨竜は、ドラゴンの代名詞たる火炎を吐いて、俺たちを焼き殺そうと迫ってくる。
「このままでは、お主は焼け死ぬの」
「融合したら、あいつを倒せるんだな!?」
鎧に、ニヤリと笑う気配があった。
「無論じゃ! あの程度の低級竜種、妾たちの敵ではない!」
鎧の言った、妾『たち』という言葉が、最後の後押しだった。
「あんたの名前は!」
「リーマじゃ! 漆黒の魔王が誇りし滅聖の黒鎧、リーマ=エルケメイル!」
迫るドラゴンの炎を前に、全霊で叫んだ。
「俺は、リーマと融合する!!」
リーマの鎧の体から、漆黒の光が閃いた。
「ぐあっ!?」
光は、ドラゴンの炎を押し返し、リーマの中の俺にまで、強い衝撃を与えてくる。
『抗うでない、受け入れよ。呑まれると同時に呑み込むのじゃ』
リーマの声が、魂に直接響いてくる。
『妾の声を、魂を感じよ。指を絡める要領で、妾の心と繋がるのじゃ』
無理言うなよ、指ならさっき失くしたばっかりだ。
『いいや、ある。感じ取るのじゃ、妾という名の、お主の新たな手と足を』
温かい感覚が、俺の手足のあった場所に蘇った。
熱は、体全体に伝わって、同時に、俺に何かが混ざりこんでくる。
「リーマ、なのか……?」
『その通りじゃ。妾とお主は、ひとつとなったのじゃ!』