第一話 男と鎧と昔の手足
「起きよ、サイラス」
ゆさゆさと、体が横に振動した。
「むう、起きんかサイラス」
ゆさゆさが続く。
瞼に微かに光も感じる。
どうやら、朝がきているらしい。
「サーイーラースー」
ゆさゆさが、ぐらぐらに変わった。
声の主は、俺を起こそうと頑張っている。
が、ぐらぐらはすぐに止まった。
「起こしたからの? 妾は三度も起こしたからの?」
ああ、これ。
そろそろ本気でマズイやつだ。
「喰らえぃ!」
「うおわああああ!」
良からぬ刺激に、俺は悲鳴を上げて飛び起きた。
ガシャンという派手な音が、草むらばかりの大地に響いた。。
俺はそのまま、地面に無様にうずくまる。
「おお、起きたか。やっぱりお主には局部的な振動攻撃が一番じゃの」
下半身を抑えて悶える俺の様子に、声の主はケタケタと笑っている。
もっとも、辺りには俺の他に誰もいない。
しかし、声は俺の体のすぐ近くから聞こえている。
「子どもみたいなことすんなよリーマ! 魔王の鎧の品格はどこいった!」
声の主、俺の相棒のリーマは、どうにもイタズラ好きだった。
出会った当初は、高貴さというか、気品に溢れた感じがしていたのに、蓋を開けたら、無邪気な子どもに近かった。
そんなリーマは人ではない。
今、俺が装備している、漆黒の【生きた鎧】である。
それも、前装備者はいにしえの魔王という、とんでもないおまけつきだ。
「このような真似、魔王様にするはずがなかろう。お主は特別なんじゃぞ?」
「嬉しかねえわ! 話を逸らしてるんじゃねえ!」
気分を晴らそうと、すぐ傍を流れる小川で顔を洗おうと起き上がる。
「お、融合かの?」
「ああ、頼む」
俺の体を、黒い光が包み込んだ。
拳を握って、動きを確認。
グーパーグーパー。
よし、成功だ。
俺は立ち上がって、小川のほとりに歩いて行くと、兜を外して、籠手のまま水を掬った。
『おお、慣れたものじゃの。最初は数滴の水しか残らんかったのに』
耳からではなく、頭のなかにリーマの声が流れてくる。
融合中は、俺とリーマは魂の一部が繋がっているのだ。
「だいぶ馴染んだよ。リーマが毎晩特訓につきあってくれてるおかげだ」
『そうじゃな。毎夜毎夜、めくるめく官能の技能を、手取り足取りふたりっきりで……』
「脚色すんな。そもそも俺に手足はねえ」
俺は、騎士見習いをしていたころに、両の手足を失っている。
魔物の群れを討伐しに行く騎士たちに同行し、古い神殿跡地の地下洞窟へと行った俺は、そこで竜種に遭遇して、一瞬で手と足を引き裂かれた。
ガシャン!
「あ痛てっ!?」
籠手で頭を殴られた。
融合を解いて、リーマが鎧の支配権を奪ったのだ。
もしも周りに人がいたら、俺は、自分で自分の頭を叩くマヌケに見られていただろう。
「なにすんだよ」
叩かれた箇所をさすっていると、リーマは拗ねたように言う。
「妾という最高の手足をモノにしておきながら、昔の手足に執着するからじゃ!」
まさかの嫉妬である。
どういうわけだか、俺は魔王が鎧としていた魔物のリーマに、骨の髄から気に入られてしまっていた。
「悪かったよ。今の俺にはリーマっていう、最高にして最強の手と足がいてくれてるもんな」
「ふふん、わかれば良いのじゃ」
リーマが機嫌を直したところで、俺たちは目的地への道のりを確認する。
「この地図によれば、こっから西の山脈地帯を越えれば、隣領ガダグアの村落に出るはずだ」
「妾の時代とは地名が変わっておるが、このガダグアなる街の場所こそが、魔神フィルケスを祀る祭壇のあった神殿じゃ」
「そんじゃ、さっさと山を越えちまおうか」
俺は、この大陸に点在している、魔神を祀る神殿を巡る旅をしている。
リーマと交わした取引、いや、契約によって、魔王の魂を復活させるために。