第十六話 不協和音
「この剣だけは、食べさせないわよ!」
ケースをしっかり抱えたニイナは、再び人気のない方角へと走りだす。
(あいつがこの剣を追ってくるなら、里のみんなが避難できる!)
が、スライムの動きも早かった。
体から触手をぐにゃりと伸ばし、勢い任せに叩きつける。
「きゃあっ!」
からくも躱したニイナ。
しかし、抱えていたケースを取り落としてしまう。
拾おうにも、スライムの触手は、なおもニイナに迫ってくる。
(もうだめっ!)
思わず両目を閉じるニイナ。
その耳に、
「させるかよ!」
勇ましい黒騎士の咆哮と、ズシンという、スライムが壁にめり込む音が聞こえた。
***
「無事か、ニイナ!?」
俺たちが駆けつけたころには、地下空間はえらい騒ぎになっていた。
『溶鉱炉の鉄がなくなっておる。ずいぶん暴食なスライムじゃな』
炎熱の川は干上がり、地面の一部はボコボコに崩され、おまけに、ニイナが襲われていた。
「全部、この鉄スライムの仕業なんだな」
『やっぱりあの時、逃さず仕留めればよかったんじゃ』
上の森で特訓していた俺たちは、下の状況に気がつけなかった。
里と鉱山を隠している特殊な魔法とやらの影響だ。
リーマが地面の微かな振動を感じ取れていなければ、事態がもっと悪化するまで、俺は延々と森を走り続けていたことだろう。
「あいつ、びくともしてないな」
超高速で体当りして壁に叩きつけたスライムは、まったくのノーダメージであったらしい。
うねうねと赤熱した触手を伸ばすと、ニイナを放置し、俺たちに向かってきた。
「狙いはこっちか!?」
『そのようじゃの。妾を高純度の魔力を帯びた金属と認識しておるみたいじゃ」
それなら好都合。
戦いながらおびき寄せて、ニイナを逃してやることができる。
「とりあえず、一発喰らっとけ!」
空気を裂いて高速で近づき、籠手で力の限りぶん殴る。
しかし、何度闇雲に殴打しても、超巨大なまでに肥大化したスライムには、ダメージが通った様子がない。
痛くも痒くもなさそうなスライムは、俺に向かって前進しながら、触手を余所にも伸ばしていく。
『む、妾を前につまみ喰いとは、無礼なスライムじゃ』
この里は、あいつの好きそうな鉱石で溢れている。
地下空間で戦っていては、被害がますます増えてしまう。
俺の力だけでは、あのスライムを抑えきれない。
「リーマ、魔力を頼む! デカブツを地上に押し出してやる!」
ドラゴンを倒した時にやったみたいに、壁をぶち抜いて外に出せば――
『良いのじゃな? 岩盤を突き破ったら、この隠れ里が露見するがの』
ぐっ、確かに。
「じゃあ、あの消滅魔法だ。あれだったら、山を崩さずこいつだけ倒せるはずだ」
しかし、リーマの反応は薄い。
というか、なんだか不貞腐れてる?
『これを倒すのは、サイラスのはずじゃぞ』
「へ?」
『前みたいなつまらぬ戦い方はなしじゃ! 魔王の鎧の装着者なら、こんなドロドロ、真っ向からねじ伏せるのじゃ!』
「根に持ってやがったのかよ!」
一度コイツを崖崩れで追い払ったことが、リーマはずっと不服だったらしい。
「今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
『ふん、魔力制御のいい訓練じゃ。里に被害を出さぬよう、最高速度で――』
と、何かに気づいたリーマが、突然融合を解除した。
「この気配は……ニイナよ、完成させたのじゃな!」