第十五話 忍び寄る恐怖
「できたわ! ついにできたのよ!」
更に3日後の朝のことだった。
ニイナがすごい勢いで、俺たちのところに駆け込んできた。
「できたって、剣ができあがったのか!?」
「ええそうよ。構想がついに完成したのよ!」
「……なんだ、まだ構想か」
喜んで損したぜ。
「なんだとはご挨拶ね。後はギィタル鉱を打つだけのところまできたのよ。明日には完成品を拝ませてあげるから、首を洗って待ってなさい!」
彼女は来た時よりも勢いを増して、鍛冶場に猛然と走っていく。
「テンション高いなー」
「難産だったぶん、舞い上がっておるのじゃろう」
舞い上がりすぎてポカをしないか、ちょっと心配だ。
***
剣の完成を待ちながら、俺たちは今日も森の中で、魔力制御の鍛錬に励んでいた。
『また木の幹を掠めたのじゃ! 距離ではなく空間を把握するのじゃ!」
超高速で、木々を躱して走り抜ける。
初日よりもコツを掴んで来たものの、わずかにでも気を抜くと、何かしらのミスをしてしまう。
そのたびに、リーマの激が俺に飛ぶ。
『とはいえ、だいぶ形にはなってきたようじゃの』
「草原ですっ転んでた頃に比べれば、自分でも上達したような気がしてるよ」
毎日の鍛錬の重要性を実感する。
体力が自動回復するのを利用して、休憩なしの猛特訓をぶっ続けた俺は、魔力の制御も、鎧の動作も、遥かに精度が上がっていた。
『これならば、剣ができ次第、スキルの習得に移ってよさそうじゃの』
「おお、ついに!」
鬼コーチから、スキル修行解禁のお知らせ。
喜び、舞い上がった俺は、夜が明けるまで森で魔力制御の練習に励んだ。
ニイナがテンション上げまくってたのも、今ならわかる気がする。
***
暗い隠し鉱山の中を、ゆるやかに蠢く影があった。
影は、天井に張り付きながら、坑道に沿ってどんどん伸びていく。
比喩ではなく、その体は本当に伸びていた。
鈍い銀灰色をした、どろりとした液状の魔物。
鉱石を食い荒らし、ニイナを襲ったあのスライムである。
スライムは、坑道内を伸び続け、ある獲物を探していた。
食い損ねたニイナではない。
とてつもない魔力で崖を崩した、とても美味しそうな黒い鎧。
鉱石を好んで食するこのスライムには、あれは究極のご馳走だった。
スライムは少ない知性と捕食本能だけを頼りに、複雑な坑道の中を探索する。
そうしてついに、ドワーフたちの隠れ里へとたどり着いた。
ドロドロに溶けた鋼鉄の匂いが、スライムの食指を動かした。
***
最初にスライムを発見したのは、溶鉱炉で作業をしていた職人だった。
「魔物が出たぞぉ!」
彼は大声で、周囲に異常事態を知らしめる。
他の職人たちが、武器を手にして馳せ参じた。
だが、遅かった。
「まずいぞ、溶けた鉄を喰らってやがる!」
スライムは、真っ赤に流れる炎熱の川に飛び込んで、液体化している鉄鉱石を、自分の体に取り込んでいた。
体はどんどん膨れ上がり、焼けたように赤熱していく。
その光景を、巨大なハンマーを担いだオキワロが、忸怩たる思いで眺めていた。
「ニイナを襲ったってスライムか! くそっ、警戒してたのに、どっから入り込みやがった!」
彼はニイナからの報告を受け、里のドワーフ全員に警戒するよう伝えていた。
だが、採掘作業の坑夫たちから、魔物発見の報はなかった。
だというのにスライムは、事もあろうに里の深部に突然として現れた。
「何があったの!?」
出遅れたニイナが、オキワロのもとに走ってきた。
彼女は腕に、細長い石のケースを抱いている。
「ニイナ! すぐに里の全員に避難指示を――」
叫ぼうとした工房長は、彼女の走ってきた道沿いに、銀灰色の縄が垂れていることに気がついた。
縄は、わずかにうねりながら、少しずつ彼女の足へと伸びている。
「いかん! そこを離れろニイナ!」
直後、縄は鎌首をもたげるように持ち上がり、大きな塊に膨れ上がった。
オキワロが直ちにハンマーを叩き込む。
が、スライムは、わずかに形をひしゃげただけで、どんどん
「このやろう、触手を伸ばして潜り込みやがったな!」
元来、スライムにそんな知能はない。
しかし、この銀灰色のスライムは、通常の固体と何かが違っていた。
溶鉱炉の鉄を吸収している本体から、細い触手をぐにゃりと伸ばして、捕食対象を探している。
そうして見つけた、ニイナの抱えるケースの中の、ギィタル鉱の美味なる気配。
「逃げろニイナ! そいつは捨てていけ!」
「嫌よ! この剣だけは嫌!」
ニイナはケースを手放さなかった。
走ってこの場を離れながら、人気のない場所へ向かっていく。
(せめて、どこかに隠せれば……)
しかし、必死の想いをあざ笑うように、地面が大きくめくれ上がった。
「きゃっ!?」
転倒するニイナ。
大地をメキメキと引き裂いて、赤い塊が浮上してくる。
溶鉱炉の鉄を喰らい尽くした本体が、地面を抉って、ニイナのもとへと移動してきた。
明らかに、腕のケースを狙っていた。
「この剣だけは、食べさせないわよ!」