第十三話 スキルと肉欲
「【スキル】とは、魔力によらぬ特殊技法の総称じゃが、サイラスはどこまで知っておる?」
温泉を出た俺たちは、集会所の椅子に腰掛けて、【スキル】について話していた。
「騎士団にいたとき少しだけ聞いた。たしか、その人の【クラス】と【使用武器】に応じて習得できる必殺技、だっけ?」
「必殺かどうかはさておき、認識としては正解じゃ」
【クラス】とは、その人の職業を示す称号みたいなもので、特定の条件を満たすと自動的に付与される。
例えば長剣や大型剣を振るって戦えば【剣士】のクラス。
弓矢やボーガンで戦えば【弓使い】のクラス。
こんな具合だ。
今挙げたふたつは【基本クラス】の一部で、そこから【派生クラス】に移行したり、【上位クラス】に格上げが起こる場合もある。
騎士に憧れていた俺は、【剣士クラス】の派生である【騎士クラス】を目指していた。
「でも俺、スキルは1個も持ってないぞ。所詮見習いだったし、正式な【騎士クラス】じゃなかったから」
「ああ、騎士だったことは忘れて良いぞ。妾が魔力を注入した時点で、お主のクラスは書き換わっておるはずじゃからな」
……はい?
「ふむ、ちょいと待っておれ……解析魔法、【混沌演算】」
リーマは魔法を発動し、俺の体を覗きこむ。
さらっと簡単に使ったけど、解析魔法って、相当に高位の魔法のはずだ。
「おお、思った通りじゃ。お主のクラスは、【暗黒戦士】に変化しておるぞ」
「暗黒……戦士……?」
聞いたことのないクラス名。
ただ、名前の響きに、どうにも邪悪な気配を感じてならない。
「それは、どういうクラスなんだ?」
恐る恐る聞いてみる俺。
「泣いて喜ぶのじゃ。これは、魔王の配下が得られるクラスなのじゃ」
喜ばないけど、泣きそうにはなった。
***
「俺さ、小さい頃から騎士になりたくってさ。弱気を助け悪を挫くっていう、ああいう話が大好きでさ……」
項垂れながら、悄然と落ち込む俺。
「いつまでウダウダ言っとるんじゃ」
そんな俺を見て、リーマはご機嫌ななめになっている。
「お主は魔王の眷属と認められたのじゃ。もっと誇りに思うべきなのじゃぞ」
「何か、利点があるのかよ……?」
ヤケクソまぎれに聞いてみた。
「世界一美人な鎧を着る権利を得たではないか」
聞くんじゃなかった。
「だいたいじゃの、お主は妾と【契約】したじゃろう。魔王復活のため、魔神の力を集めると」
「ああ、約束したよ。相棒の願いを叶えてやるって」
俺は、あの時確かに誓約した。
たとえ、人間の側に弓引く行為となろうとも――
「……そういうところは律儀じゃの」
俺が『約束』という言葉を使ったからだろう。
リーマがやけにしおらしい声を出して、鎧を俺に密着させてきた。
いつものおふざけと違って、優しく抱きしめるような感じだ。
「義務に縛られてるつもりはないってだけだよ。俺は、俺の意志でリーマの助けになるって決めたんだから」
仲間に見捨てられた俺のことを、リーマが助けてくれたように。
「それが、お主の騎士道なのじゃな」
「いまは【暗黒戦士】だよ……なんかあれだ。話してたら、少し吹っ切れた」
俺は全身に力を込めて、リーマを抱き返すように動いた。
「暗黒戦士のスキル、教えてくれ」
「うむ、よかろう。明日からみっちりきたえてやるのじゃ」
「……って、今日からじゃないのか?」
確かに時刻はそろそろ夜になる頃だけど、リーマなら「夜通し特訓じゃ!」とか言うかと思ったのに。
「む? さっきまでの雰囲気なら、この後はベッドの上で組んず解れつの流れではないのか?」
とんでもないことを抜かす魔王の鎧。
「んなわけあるか! 相棒だとは思っても、欲情したことは一度もねえよ!」
「あそこまで行ったら後はもうまぐわうだけじゃろう!」
「種族の壁を考えろ!」
「肉欲の前では紙切れ同然じゃ!」
「せめて愛情って言いやがれ!」
騒ぎ立てている俺たちに、
「なんて会話してるのよ! ここは公共の施設なのよ!」
集会所に現れたニイナから、激しいツッコミが入れられた。
「聞くのじゃニイナ! サイラスが、妾の純情を弄んだのじゃ!」
「純情な奴は『組んず解れつ』なんて言わねえよ!」
「い、いい加減にしなさいふたりとも! 武器の話を白紙にするわよ!」
顔を真っ赤にしたニイナの一言に、急に冷静になる俺たち。
「それは困るぞ。武器は欲しい」
「よく考えれば、スキルの習得にも剣が必要じゃったな」
「だったら馬鹿なことやってないで、さっさと私についてきなさい!」