第十二話 温泉は混浴に限る
「トラブルもあったが、採掘は無事に完了じゃな」
「リーマが起こしたトラブルだけどな」
気絶したニイナを外の風に当てた俺たちは、彼女が意識を取り戻してから、再び坑道へと潜り、見事【ギィタル鉱】の採掘に成功した。
「サイラスも、良い訓練になったじゃろう」
「そうだな。スコップ2本にツルハシ3本をダメにしちまったけどな」
鉱石を掘るにあたり、俺はリーマと融合していた。
道具を壊さないギリギリの力加減で体を動かす練習のためだ。
魔力の循環量を調節するのに苦戦したけれど、かなりの早さで穴を掘り進め、見事に目的の鉱石を手に入れた。
「お疲れ様。ふたりともすごいのね。まさか、たった2時間で鉱脈を掘り当てちゃうなんて」
ニイナがほくほくの笑顔で俺たちを労った。
探し求めていた鉱石が手に入って、彼女も満足そうだ。
「里に戻りましょう。集会所に、溶鉱炉の熱を利用した温泉があるの。1日の汗を流せるわよ」
「お、そりゃいい。入れさせてもらおうぜ」
「ただし、男湯と女湯に分かれてるから、リーマはちゃんと女湯にくるのよ」
ニイナからの事前の注意に、リーマがそっぽを向いた。
「嫌じゃ。妾もサイラスと一緒に入るぞ。腕部と脚部だけ貸すとかはなしじゃからな」
「腕部と脚部……?」
「ああ、言ってなかったけど、俺、戦闘で両手両足を失くしてるんだ」
気に病まれちゃってもアレなので、さらりと言っておく。
ただ、やっぱりニイナの表情が曇った。
「ごめんなさい。その、知らなくて……」
「気に病むなよ。代わりに今は、リーマっていう最高の手足がいてくれてるからさ」
ニイナへのフォローのつもりだったけど、これにリーマが機嫌を良くした。
「と、いうわけじゃニイナ。サイラスの入浴には、妾の介助が必要不可欠なのじゃ」
***
「町並みもそうだったけど、温泉もすごい立派だなあ」
ドワーフの里の温泉は、かなり広々としていた。
「しかも貸し切りじゃからの。気分が良いのじゃ」
公衆浴場なのだそうだが、この時間の利用客はいなかった。
ニイナによれば、各家庭にも溶鉱炉熱を利用したお風呂が設置されているから、あまり利用者はいないらしい。
生活の質が非常に高い隠れ里である。
俺は、久しぶりに鎧を脱いで、リーマと離れた。
「どうじゃ? かゆいところはないかの?」
「大丈夫、サンキュー、リーマ」
俺の背中を、魔王の鎧が洗っている。
見る人が見たら、とんでもない光景なんじゃないかと思いつつ、リーマの好意に甘えてさせてもらう。
「というか、中身の俺がいなくても、ちゃんと動けるんだな」
「動作に支障は出てしまうがの。中に誰かを入れておらんと、強い魔力が練れぬのじゃ」
装備者がいないと、リーマは魔法を安定して使えないそうだ。
体も魔力で動かしているから、攻撃力とかがガタ落ちするらしい。
あまりに無理すれば、魔力の流れが乱れてしまって、数十年単位で動けなくなってしまうそうだ。
「そんなことより、もっと喜ばぬか。こんな絶世の美姫に背中を流してもらっておるのじゃぞ? なんなら、欲情して襲いかかってきても構わんぞ?」
「んなバカな」
リーマは人格と声は女性でも、傍目には男性用のゴツい鎧である。
欲情なんてできっこない。
それとも、鎧界隈では、これがすっごい美女なんだろうか。
「しっかし、鉱山労働ってもっと鎧の中まで砂まみれになるかと思ってたけど、案外そうでもなかったな」
採掘中は砂埃の粉塵がけっこう飛んでいたけど、俺の体は綺麗なものだった。
息苦しくもならなかったし、全身鎧のおかげだろうか。
「そりゃそうじゃ。ぶっちゃけ、お主は汚れんからの。融合中は常に妾の魔力が流れ込んでおるから、粉塵やら老廃物なぞ一瞬で消滅しておる。さっきの岩盤が消えたのと同じ理屈じゃ」
俺の周りは、常に消滅魔法が発生しているのと同じ状態だったらしい。
今更怖がらないって言ったけど、なにげに怖くね?
「ところで、リーマが岩盤を消した魔法ってさ」
「【覆滅の黒縄網】かの?」
「おう。あれって、融合中なら俺も使えるのかな?」
「無理じゃな」
あっさりと否定された。
「あの魔法は、かなりの精度で魔力をコントロールできる術者でなければ発動すらさせられんからの。全力ダッシュで転がっておるような未熟者には、到底扱うことなどできぬのじゃ」
「……何の反論もできねえ」
がっくりとうなだれた俺に、リーマは不思議そうに尋ねた。
「なんじゃ。もしやサイラスも魔法を使ってみたいのかの?」
「せっかく魔力制御の訓練をしてるんだから、俺も何かしらやってみたい」
ううむ、と悩むリーマ。
「残念ながら、妾の魔法はほとんどが最高位の術級だからの。会得には相応の年数がかかるものばっかりじゃ」
さすがは魔王の鎧ってことか。
「しかし、そうじゃの、教えられる魔法はないが、【スキル】であれば習得できるはずなのじゃ」