表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/18

第十一話 邪悪な魔法と悪ふざけ

「鉱山って、けっこう広いんだな」


 俺たちは、工房長のオキワロさんに頼みこんで、例の破棄された坑道の中に入らせてもらっていた。


「着いたわ。ここが岩盤層よ」


 先導していたニイナが、目的地に着いたことを知らせてくれた。

 土や砂の層とは違う、茶褐色の堅い壁が、俺たちの進路に立ちふさがった。


「それでリーマ。こっからどうするんだ?」


 渋い顔をしていたオキワロさんたちに、リーマは自分に任せろと豪語した。

 なにかとっておきの魔法があるようなことを、自信満々に言っていた。


「さっき、魔力伝導性の話が出ておったじゃろう」


 リーマは岩盤層に近づいて、岩質を確認しながら、簡単に説明を始めた。


「魔力伝導性とは、噛み砕いて言えば、物質に流し込める魔力の量と質の上限値じゃ。限界を超えた量を無理矢理に押しこめば、その物質は崩壊する。そして、あまりに高純度の魔力を注いでも、その物質は崩壊を始めるのじゃ」


 そしてリーマは、その両方を実行可能な、膨大にして上質な魔力を備えている。


 リーマは右手を岩の壁に添えると、ニイナに下がっているよう伝えた。

 もしも触れたら命にかかわると、ぶっそうなことを警告して。


「喰らえい岩盤! 魔王の鎧が最終奥義! 【覆滅の黒縄網パニッシュメント・テンタクルス】!」


 籠手(ガントレット)(てのひら)から、黒い魔力が迸った。

 魔力は岩壁に葉脈状に伸び拡がって、岩肌の上を生き物のように這って覆った。


「消えよ!」


 直後に岩が崩れ落ち、たちまちのうちに粉々になって、粒子に変わって消えていく。

 岩盤には人が通れるくらいの穴が空き、その先に、周囲と色の違う地層が現れた。


「あっ、あれだわ! 【ギィタル鉱】が採れる地層よ!」


 歓喜の声をあげるニイナを尻目に、俺は呆然とその光景を眺めていた。


「え? この魔法、凄すぎね?」


 正直、ドン引きしてしまうくらいにあっさりと、リーマは岩盤の一部を消滅させてしまった。

 振動はおろか、指先ほどの力すら加えず、実に静かで、鮮やかな破壊法。


「妾の魔力を優しく染みこませてやれば、たいていの物質はこうなるのじゃ」


 俺の反応にご満悦なリーマ。

 最終奥義と言ってただけあって、とんでもなく高位の魔法に違いあるまい。


「まあ、別に最終でも奥義でもないんじゃがな」


 その場のノリかよ!


「って、ちょいと待った。今の魔力って、一番最初に俺が流されてたのと同じなんだよな?」


 初めてリーマと会った時、俺を取り込もうとしたリーマは、魔力を体に流し込んできた。

 融合中であればまだしも、あの時の俺はどうして無事に済んでいたのか。


「あの時は、魔力を流すと同時に強化の術法をかけておったのじゃ。体が耐えられていたのはそのおかげじゃな」

「ああ、どうりで。あんな強い魔力、体も心もどうかなっちまうはずだもんな」

「いや、心は守っておらんかったぞ」

「ん?」

「ん?」


 俺たちの疑問符は連鎖した。


「なんじゃお主、気づいておらんかったのか。妾は最初、お主の精神をぶっ壊すつもりで魔力を送っておったのじゃぞ」


 なんですと?


「おそらくお主は、妾の魔力と極端に相性が良いのじゃ。他の人間ならば廃人まっしぐらであったろうに、精神が魔力の邪気を受け入れよった」

「廃人……邪気……」


 物騒な単語が、俺の背筋に冷たいものを走らせた。


「どうした、臆したか?」


 挑発的なリーマの声。

 俺は、意固地になって反発する。


「い、今更怖がらねえよ。リーマのおかげで、俺はあのドラゴンに一矢報いることができたんだからな」


 リーマの気配が、柔く緩んだ。


「お主はやはり()い奴じゃのう。思わず抱きしめたくなるのじゃ」


 鎧の内側が、うねうねと蠢動(しゅんどう)した。


「ひゃああっ!? ちょっ、急に、やめ、うおうっ!?」


 全身をもぞもぞと撫で上げられ、身悶えてしまう俺。

 突然奇声を発した俺に、ニイナが「ひっ!?」と後退った。


「ドン引きすんな! リーマを止めてくれっ!」

「な、中で何か起きてるの?」


 俺は、見た目には直立不動であるらしかった。

 今は鎧の支配権がリーマにあるから、中の動作が反映されていないのだ。


「気にせんで良いぞ。ちょっとじゃれあっておるだけじゃ」

「おまっ、ふざけ、あひぃ!」


 状況を理解したニイナは、しかし、


「ええっ!? 中は、中は今どうなってるのっ!」


 俺を助けてくれるどころか、防具マニアの本領を発揮しやがった。


「魔力を用いて一部を変形させておるのじゃ。装備者との接触部を、流体的な感じでうねらせておると言えば伝わるかの。サイラスの全身の肌の上をじゃな、波打つように、あるいは包み込むように――」

「へ? 全身の、肌?」


 まずいところに食いつかれた。

 ニイナの勘が、とんでもない精度で働く。


「ひょ、ひょっとしてサイラスって、全裸でリーマの中に入ってるの?」

「うむ、そうじゃぞ」

「ばっ、バカ、ばらすな!」


 そう、俺は今、完全な素っ裸で、リーマの鎧だけを着込んだ状態なのである。


 一番最初に融合した時、あの時点で、俺の元々の服は消し飛んでいた。

 融合の邪魔になったのかと思っていたけど、もしかしたらリーマの魔力が流れたことが原因だったのかもしれない。

 何にせよ、俺には着る服がなにもないのだ。


「サイラス、そういう趣味が……それとも、ふたりはそういう関係……」


 変な思考に走るニイナ。

 お前は防具のことだけ考えてろ!


「なんじゃ、ドワーフ族はあんなに熱心に妾の体を見ておったのに、人と鎧の情事には不寛容なのじゃな」


 煽るリーマ。

 情事とか言うんじゃない!


「ち、違うのっ、貶めるつもりはないのよ! ただ、巧みな技工に憧れるのと、そういう方向に防具を愛でるのは、またちょっと違いがあって……」


 ニイナは顔を赤らめて、必死になって弁明している。


「どんな方向にも愛でてねえよ! リーマもわざと誤解させてんじゃねえ!」

「別に誤解させようとなどしておらんしー。それに、あながち間違ってはおるまい。お主の陰部は、つねに妾の秘部にぶつかっておるようなもの――」


 ポン、と音を立てて、ニイナが蒸気を吹き出した。

 顔じゅう真っ赤に茹で上がり、その場にくたくたと倒れこむ。

 完全に目を回してしまっていた。


「やれやれ、小娘には、ちいと刺激が強かったかの」

「勘弁してくれ。まだ鉱石を掘り出してないんだぞ……」


 俺たちは、倒れてしまったニイナを担いで、一旦穴の外に出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ