第十話 剣と鎧は両天秤
「まず、この鎧の凄さについて説明してやる。お前さんがリーマと呼ぶ、喋る漆黒の鎧サマ。おそらくは魔物の一種だが、純粋に防具であることも揺るぎようのねえ真実だ」
深みのある声で語るオキワロさん。
鍛冶職人があんなに熱中するくらいだし、技術的にもよっぽどの鎧なんだってのは、俺にもなんとなくはわかった。
「そして、防具には【一般防具】と【魔装防具】って2種類が存在する。【一般防具】はその名の通り、何の変哲もねえ防具のことをいう。で、もうひとつの【魔装防具】。リーマもこいつに該当するんだが、簡単に言えば、魔力による付加効果のある防具のことだ」
リーマは魔力を持った鎧なのだから、確かに後者に該当する。
「そのリーマの何が凄えって、一番は内部の構造なんだ。外からしか確認してねえが、この鎧の中は、とんでもない量の魔力を流すことのできる特殊機構になってるはず。魔法の力で全身隈なく強化できるって寸法さ。実際に装着してるお前さんなら、膨大な魔力を感じ取れているんじゃねえか?」
感じるどころの話じゃない。
俺はリーマと融合して、現実にその魔力を使っているのだから。
「もしも、そんな魔力で馬鹿力を出されたら、並大抵の剣はへし折れちまう。それどころか、魔力の余波に耐え切れなくて、敵を斬る前に自壊しちまう。どんなに頑丈な武器を用意したって、数回振るえばオダブツだ」
言われてみれば、その通りだった。
洞窟の壁を突き破ったり、崖崩れを起こしたり、リーマは軽くそれほどの力を備えている。
あの力に耐えられる武器じゃなければ、そもそも武器として使えないのだ。
「じゃが、ドワーフには、鉱石の持つ秘した力を取り出す技法があったじゃろう。その技法で、そこそこの素材を鍛えれば、相応の耐久力を持つ剣が出来上がるはずじゃ」
「お詳しいな。だが、その技法を持ってしても、ここにある材料じゃ役者不足だ。本当なら材料のせいにはしたくねえんだが、腕でカバーしようにも、お前さんの体は究極的過ぎてな」
ん? 『ここにある材料』じゃダメ、ってことは……
「なあ、だったら、さっき言ってた【ギィタル鉱】だっけ? あれならどうなんだ?」
俺の発言に、ニイナが食いついた。
「そうよ! 【ギィタル鉱】の高い魔力伝導性なら、魔力の余波で壊れない武器が創れるわ!」
魔力伝導性ってのは、その物質がもつ魔力の通しやすさのことをいうらしい。
高ければ高いほど魔力によく馴染み、逆に、伝導性があまりに低い物質は、魔力を流されただけで壊れてしまうんだとか。
ぱあっと明るい顔をしたニイナと対照に、オキワロさんは、渋い表情をつくっていた。
「確かにそうだが、あの岩盤は不用意には壊せねえぞ。下手をやって地盤沈下でも起こそうものなら、坑道の存在が明るみになりかねねえ」
【ギィタル鉱】の地層を囲う岩盤層は、地面を支えてる基盤の層でもあるそうだ。
爆薬などで強引に破壊すれば、山の一画が潰れかねない。
「それに、岩盤を砕いたその後ろには、ニイナを襲ったスライムが他にも棲みついてる可能性だってある。慎重な作業が必要なのに、それができない環境ってんじゃ、お手上げだ」
しゅんとするニイナ。
最後はオキワロさんも、悔しげな声になっていた。
そんな、重苦しくなった雰囲気を、
「なんじゃ、そんなことかの」
魔王の鎧が、あっさりと砕いた。
「その程度を両立するなど、妾には些事も同然じゃ」