第九話 土と炎と鉄の世界
「ここが、私たちドワーフの隠れ里よ」
ニイナに連れられ地下洞窟を進んだ先には、とんでもなく広大な空洞、いや、空間が存在した。
「すっげえ! 地下なのに、完全に町ができあがってるぞ」
そこには、いくつもの家が建っていた。
それも、上で見たような木製の小屋などではない。
泥を焼き上げた煉瓦に、鉄製の補強具までが使われた、重厚にして頑強な家々が、あちこちに聳えるように居並んでいる。
「あっちもすごいのじゃ。灼熱の川が流れておるぞ」
リーマの指さす先にあったのは、家よりも巨大な溶鉱炉だった。
大量の火花を吹き上げながら、ドロドロのマグマのようになった鉄を流している。
絶えることない炎熱が、辺りの岩壁を赤く照らす。
まさに土と炎と鋼鉄の世界が、広大な地下空間に建造されていた。
「とんでもない技術力だな、さすがはドワーフ」
「これを、命からがら逃げ延びた連中が為したというのじゃから、たいしたものじゃ」
感嘆の声を漏らしている俺とリーマを、ニイナが呼び寄せた。
「サイラス、リーマ、こっちに来て。鍛冶工房に案内するわ」
ニイナは、さっそく武器を見繕ってくれるつもりのようである。
俺たちは、喜び勇んで後を追った。
***
「うおおおっ!? なんだこのすげえ鎧は!?」
「やべえぞ、こんなの見たことねえ!」
「素晴らしい……いや、凄まじい……」
鍛冶工房の職人ドワーフたちは、ニイナの言ったとおり、リーマの鎧にとんでもなく食いついた。
「この精密加工、こいつはもはや、神の御業――」
二度目だし、以下省略してもいいよな?
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「いやあ、スマンスマン。ドワーフ族の性でなあ。立派な防具を見ると、ついつい我を忘れちまう」
工房の長だという髭もじゃのドワーフが、俺とリーマにお詫びしていた。
さっきまで俺たちを取り囲んでいた職人たちは、ひとしきりリーマを讃えて細部を眺めたかと思うと、創作意欲を触発されたのか、ひとり、またひとりと、各自の鍛冶場にすごい勢いで飛んでいった。
唯一この場に残ったのが、工房長のオキワロさんだった。
「妾は一向に構わんぞ。崇め称えられるのは、至高の存在たる妾の定めじゃ」
「まあ、ニイナの時で慣れたんで、俺らは大丈夫っす」
隣でニイナが赤面する。
そのニイナに、オキワロさんがジロリと険しい目を向けた。
「そんでニイナ。お前は、この人らに外で助けられたと言ったんだな?」
「う……そうよ、破棄された坑道に行ってたのよ。あそこには、まだ――」
「バカモン! 身勝手な行動をとるな! 下手打てば、一族全員が危険になるのを、お前ら若い奴らはわかってねえぞ!」
過去の経験と境遇からだろう。
オキワロさんは、ルールを破れば死に繋がると、怖ろしい顔でニイナを叱った。
「でも、どうしてあんなでっかいスライムに追われてたんだ?」
空気を読まず、俺が質問。
ニイナがオキワロさんの顔色を伺いながら答えた。
「えっと、私が入った坑道の縦穴には、堅い岩盤層があるんだけどね。それを越えると、希少な鉱石【ギィタル鉱】があるはずなの」
「ギィタル鉱?」
俺の疑問に、オキワロさんが注釈を入れた。
「ここいらの地方だけで取れる、レア中のレアな鉱石のことだ。優れた硬度と柔軟性、それに魔力伝導性があるんだが、特定の地層からしか産出しねえんだ」
ニイナが説明を引き継いだ。
「その地層は、たいてい岩盤層に挟み込まれてるの。私はそれを壊そうとしてたんだけど、岩盤層のひび割れから、スライムが入り込んでたらしくて、棲みついて、奥の鉱石を食い荒らしちゃってたみたい」
その結果、スライムはとてつもなくパワーアップして、人よりでかいサイズになっていたらしい。
「あの分じゃ、もう鉱石なんて残ってないかも」
しょげるニイナに、オキワロさんは「へこむところが違え!」と雷を落とした。
「ニイナが世話になったな。一族を代表して礼を言わせてくれ。本当にありがとうよ」
「いえ、お気になさらず。武器まで貰えるってことで、こっちがお礼を言いたいくらいです」
叱られているニイナが少し可愛そうだったので、あつかましくも要求して話題の変更を試みる。
が、工房長から、こんな台詞が返ってきた。
「それなんだがよ。言いにくいんだが、お前さんらにやれる武器は無いんだ」
え、嘘!?
「何を言うのじゃ。武器ならそこらにたくさん作り置きがあるではないか。仮に売約済みだとしても、これだけの職人がおって、1本の剣も作る余裕がないとは言わせんぞ」
崇められて有頂天だったリーマが怒りだした。
しかし、オキワロさんは腕を組み、難しい顔をするばかりだ。
「そうは言ってもだな……おーいお前ら! 誰か、この鎧に耐えうる武器を作れるか!」
工房長の呼びかけに、周りの職人たちは一斉に顔を見合わせた。
「この鎧に釣り合うような武器ってなると、なあ?」
「聖剣とか魔剣の類でもなけりゃ……」
いや、そんな仰々しいのは望んでないです。
普通のやつでいいから、普通の。
「ところがな、普通に打った剣じゃ、たぶん、その鎧の力を受けきれねえぞ」
オキワロさんは、俺たちに武器と防具と魔力について、説明を始めた。