プロローグ
(痛い、痛い――)
動かない俺の体に、痛覚だけが走っている。
(痛い、痛い――)
目が霞んで、意識が飛びかける。
なのに、電光のように走る痛みが、気絶を決して許さない。
「……う、だめだ、この洞窟は……撤退す……行け……」
遠くで誰かが叫んでいる。
ひょっとしたら近いのかもしれない。
ぼんやりとしか聞こえないけど、聞いたことのある声だ。
「待ってくれリーダー、負傷者がいる!」
「走れるやつには手を貸してやれ! それ以外は――」
「おい待て! サイラスがあそこに倒れてる。救助に行かねえと!」
「駄目だ! 立てない奴は見捨てろ! 全滅したくなかったら、両手両足を失くしたアイツは置いていけ!」
(りょうて……りょう、あし……?)
名を呼ばれた。
サイラスとは俺の名前だ。
ぼやけた意識で、四肢に力を込めてみる。
が、動かない。
(……いや、違う?)
この感覚は、いや、この無感覚は。
(動かないんじゃなくて、無いのか――)
俺はようやく、さっきの言葉の意味を理解した。
「う、うわああああああ!?」
唐突に意識が戻った俺の目に映ったのは、肘先から途絶えた腕と、膝先からが消えた脚。
「グガァァァァ!」
そして、暗い地下空洞の中に咆哮を轟かせる、巨大な真紅の竜の化け物。
「あ、あ……」
後退ろうにも、そのための腕も脚もない。
周りの味方もとっくにいない。
痛みと恐怖で、気がおかしくなりかけた。
その時だった。
「なさけない騎士どもじゃ。討伐はおろか、負傷兵すら救えぬとは」
誰かの声が、女性の声が、深い地下洞に響き渡った。
「じゃが、妾には好都合。捨て置くならば、我が中身として使わせてもらおうぞ」
直後、辺りに漆黒の閃光に拡がった。
その中心から、人型のなにかが現れる。
黒い光沢、重厚な鋼の質感。
大量の魔力を帯びた全身鎧の黒騎士が、ガシャンガシャンと足音を立てて歩いてくる。
(味方……? 違う、あれは、人じゃない……!)
鎧の発する禍々しいまでの邪悪な魔力。
人間にあらざる者だと、ひと目でわかる。
「手足が無いか。だが、それしきは些細事」
黒騎士は、兜に手をかけ、取り外した。
兜の下には、何もなかった。
「手足は妾がくれてやろう。堅い体も与えよう。代わりに――」
ガシャンガシャンと、黒騎士はどんどん分かれていく。
籠手が外れ、具足が外れ、その下にはやはり、中身がない。
「――代わりに、お主の命をもらおうぞ」
鎧が再び光を発する。
漆黒の、凶々しいまでの漆黒の光の渦が、俺を包んで浮き上がらせる。
「さあ人間よ、妾の中身となるがいい!」
俺の体は、邪悪な魔力に侵食された。