●その頃の3年A組と……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 3年A組 朝のひと時 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おっはよー」
「おはよー、相変わらず元気だねぇ」
「今年から最上級生だしね、新入生も来るし頑張らないとっ」
その教室の中は久しぶりに顔を合わせる級友同士の会話で賑わっていた。
その理由として、今日から新年度と言う事もその一つだろうが、噂ではどうやら転入生がこの教室に来るというのもその話題に拍車をかけていた。
「この時期に転入生って珍しくない?」
「まぁ、新年度だし無くもないような?」
「でも、うちの学校って転入するの難しいんじゃないっけ?」
「そういえば転入生自体珍しいんだっけ?」
「年に一人いるかどうか……だった気がする」
「まぁ、うちの学校に途中から来れる人はそもそも最初から来てるだろうしね」
「となると、関西方面からの転入生かな?」
「どうなんだろうね。でもそういうニュースは聞いてないかなー?」
そう、この学校は入学金がとても高額なうえ、入学に際して本人の家柄の他に保証人の家柄なども入学資格として考慮され、さらには一定以上の厳しい学力検査もあるため、入りたいからと言ってそうやすやすと転入できるような学校ではないのだ。
そんな学校に高校入試まで1年を切ったこの時期に転入してくるというのだから生徒たちの話題に上らない訳がないのだ。
そんな会話が生徒たちの間で交わされている中、扉が開いて男女二人の生徒が教室に入って来た。
「おーっす、みんな久しぶりっ」
「みんな、おはよう。今年度もよろしくね」
そこには松葉杖をついた少年と、その少年の物であろう鞄と自分の鞄の2つを持った少女の二人が入って来た。
「はよーっ、おう二条その足どしたん?」
「おう、名誉の負傷ってやつだ、へへっ」
その松葉杖をついた少年はそう言って自慢げな顔をして鼻の下をこすっていた。
「名誉の負傷で足を怪我って、何やったんだよお前」
「ほら、2週間くらい前にダンジョンが出来ただろ」
そう言いつつ少年はホワイトボードに書かれた席順で自分の席を確認し、なれない松葉杖を使い席に着き、それと同時にダンジョンという言葉に反応した幾人かの男子達がもっと詳しい話を聞こうと少年の席へと集まってきた。
「で、一体何があったんだってばよ、詳しく!」
集まった男子のうちの一人が二条と呼ばれた少年に対し、ダンジョンについての説明を促した。
「おう、実は親戚のおじさん家の近所にダンジョンが出来ててよ……」
その少年の会話内容はその場に一緒に居た少女から見ればかなり誇張された話ではあったが、あながち嘘でもないため特に訂正することはしなかった。
「というわけで、なんとか千代子を守って出口を見つけたんだが、最後の最後に出た敵が強くてな、足に攻撃を食らっちまってこの有様って訳よ」
「なるほどなぁ、それは確かに名誉の負傷だわな」
そしてそう話しかけた少年はおもむろに顔を近づけ、声を潜めてこう問いかけた。
「でもおまえ、千代子さんを守ってって本家のお嬢様はあきらめたのかよ」
「そ、それはお前あれだ……その、それとこれとは話が別だろ?千代子はただの幼馴染、お嬢様はあれだ……婚約者ってやつだ」
問いかけられた少年も声を潜め、少し慌てた雰囲気で言い返したが、その後周りの男子達も顔を近付けそれについての話題がひそひそと続いた。
「でもさ、お前本当に沙織さんと婚約してんの?沙織さん、教室じゃそんな素振りは一切見せないじゃん?」
「そりゃあれだ、お嬢様は恥ずかしがり屋だから照れ隠しってやつだよ、うんうん」
「ほんとかお前―、あの沙織お嬢さんがお前と婚約しているとか、いまだに信じらんないぜ」
「う、嘘なもんか、親父が言ってたんだ。お前は将来本家のお嬢様と結婚しろって」
「ふーん……」
本人は確かに父親から聞いた話なので婚約の話を友人たちに真剣に訴えているが、その相手である二条沙織の普段の態度を見る限り、その話は眉唾物だと思っている男子生徒が少なからずいる。
というのも、二条沙織と言う少女は愛想こそ悪いが、この美男美女ぞろいと評判の私立宝星学園中等科においても頭一つとびぬけた美少女で、学園内で知らない者はいないという存在なのだから。
そんな少女がこのイケメンではあるが、どこか残念な性格の少年と婚約しているのが正直信じられないのが本音だった。しかも本家と分家の差があるのに、分家の方が本家のお嬢様と結婚しろとは、よく考えればおかしな話ではあるのだが、そこはまだ若い少年達にはわからないのだろう。
もっとも彼ら的には親の決めた婚約者と言う話も珍しくは無いので、大人の事情なのか?と思っている者が大半であった。
また、ダンジョンの話を離れた所で途中まで聞いていた何人かの女生徒たちは、会話の中で守られていたという少女を囲んで黄色い声をあげていた。
「きゃーーーっ、それじゃなになに?ちーちゃんは冬弥君に守ってもらったって訳ね!」
「え……う、うん……」
「それでそれで?その時の冬弥君に一目ぼれ……っと元からだったか、これは失礼。と言う事は惚れ直したり……とか?」
まぁ、たしかにあの時の冬弥君はカッコよかったけど、守られたというか私はただ付いて行ってただけなんだけどね。でも、モンスターから守られていたのは事実と言えば事実だし、この位は良いよね?
そんな風に少女が友人たちに冷やかされているとおもむろに教室の扉が再び開き、現在男子生徒の噂の中心となっていた少女、二条沙織が入って来たが、一言「おはよう」と挨拶しただけで自分に割り当てられた席についたのであった。
それからしばらくあちらこちらで雑談が続いていたが、担任の先生が教室に入ってくると同時にそれらの雑談は中止となり、朝のショートホームルームが始まった。
始まったのだが、今日は転入生が来るはずという噂をほぼ全員が知っているため教室の中はざわついており、それを悟った担任は仕方が無いかと連絡事項の通達を早々に切り上げ、転入生に入室を促した。
そうしてクラスの皆が見守る中、入って来たのは身長140cmあるかどうかという小柄な少女なのだが、その顔つきは多少丸みを帯びていて幼く見えた。また、細いたれ目のせいか眠そうに見えるのが幼さを強調していたが、それでもかなり整った顔立ちをしており、二条沙織とはまた別の意味で美少女だった。
ただし、その少女を見た大半の生徒はこう思った事だろう。
『なんで小学生がこの学園の制服を着て3年のこの教室に入って来たの?』と。
さらに注目を集めたのが、先ほどダンジョンで名誉の負傷を負ったという少年と同じく松葉杖をついていた事だろうか。
まさかあの少女もダンジョンで名誉の負傷を?と思った生徒は、きっと少なくないはずだ。その位先ほどの少年の話は生徒たちには衝撃的だったのだから。
そしてその少女、近衛知佳の自己紹介を聞いて三度生徒たちは疑問に思った事だろう。近衛知佳って誰?と。
いや、近衛家は確かに記憶にある。あるのだが、ここにいる少年少女たちが知っている近衛家は関東在住ではないのだ。そしてその近衛家の系譜には現在中学生の子供はいなかったはずだし、知佳と言う名前も記憶には無かった。
そう、ここにいる生徒たちはこの学園の中でも選りすぐりのエリートなのだ。一部性格が残念な者が何人かいるとはいえ、その家柄及び学力においてはこの学園トップクラスのメンバーなのだから。
だからこそ、自分たちと同等の家柄についてはそれなりに把握しており、それぞれの家の系譜も同様に把握している。しているのだが、その少年少女たちの記憶の中にはこの少女の名前はなかったのだった。