●その頃の町工場での仕様変更とダンジョン対策本部と……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ とある町工場にて ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、もしもし明ですけども、奥鳥羽さんでしょうか?」
「はいはい、奥鳥羽です。何かありましたか?」
「えっとですね、この間ご依頼いただいた矢のサイズについてなのですが……」
その後話し合われたのは、当初依頼した矢の太さが5.7mmだったのに対し、6.0mmにしてはいけないかという相談だった。
というのも、5.7mmだと6mmからの削り出しとなり、作業工程が増えるため無駄に工賃や手間がかかってしまう。
それに対して6mmだと、表面処理を行うだけで行けるため、格段に工賃を省けるのだ。
「なるほど、その点は考えていませんでしたね。今使われているものが5.7mmだったのでそれを基準にしたのですが……そうですね、とりあえず5ダースほど6mmで作ってもらえますか?」
「5ダースですか?」
「えぇ、それぞれ1ダース毎にバランスを変えて作ってください。それを実際に使ってもらって問題がないようでしたら6mmにしていただいてもいいかと思います」
「なるほど。そうすると5.7mmのほうはどうしましょうか?現状で3ダースまでは作ったのですが……」
実は、明は言われるままに設計書に書かれていた寸法で作っていたのだが、ただでさえ削りにくいステンレスを60cmもの長さにわたって均一に削るのはかなり骨の折れる作業だった。
しかも削るのは直径にして0.3mm、長いため素材を保持するためのチャックとは反対側の芯押し台を使うための加工もせねばならず、素材の中心がずれない様にするのも一苦労という問題もある。
なので、もし6mmでもよいのなら使用する素材を6mmのものをベースとするのは同じだが、こちらだと表面処理をするだけでよくなり、かなり手間や作業時間が減らせるのだ。
そうして表面処理した後に、鏃部分を加工し、ノック(ストリングを引っかけるパーツを付ける部分)を取り付ける穴をあけ、最後に矢羽根を取り付ける溝を作れば終わりになる。
これにより作業時間が実質半分以下になるのだ。
これらの事に気が付くまでに、慣れない難削材の加工を試行錯誤しながらとはいえ、3ダースも作ってしまった。
ちなみに親父は設計書を見た段階で気が付いていたようだが、俺の練習や経験のために黙っていたらしい。
せめて1ダースくらいで言ってくれよと思ったね。
「そうですね、ではそちらは現在の状態で止めて、先ほどの5ダースを3ダースにして、前後のバランスはその3ダースと合わせてください」
「わかりました。それではとりあえずステンレスで径は6mm、3ダースをそれぞれバランスを変えて、でよろしいですね」
「はい、後程メールでも仕様変更依頼書をお送りしますので、確認をお願いします」
「わかりました」
「あ、それとですね」
「はい、なんでしょう?」
「口調、普段通りでもいいですよ?」
「あ、あはは、変ですか?」
やはりきちんとした社会人には付け焼刃の口調ではバレてしまうようだ。
しかし、何事も経験。俺も自然と丁寧語でしゃべれるようにならないと、きっと今後後悔すると親父にもかーちゃんにも言われた。
「いえ、変というか、少し話づらそうかな……と」
「親父から仕事なんだから口調を改めろと言われて、かあちゃん……母に仕込まれている最中でして。今後を考えると直した方が良いと私も思いまして」
「なるほど、それは一理ありますね。では無理のない範囲で頑張ってください」
「はい。では、新しい仕様書がきましたら親父と話し合って新しい納期を折り返し送らせていただきます」
「ではそのようにお願いいたします」
「はい、では失礼いたします」
よし、これで作業が格段に楽になった。
あとは期待を裏切らない様、頑張って作るのみだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ダンジョン対策本部、第二会議室 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこでは、対策本部のお偉いさん数名と、この場には似つかわしくない、どこか技術者を思わせる人物数名が何やら打ち合わせをしていた。
「ダンジョンに付随した施設の設計……ですか?」
「そうです。わが国でも年内にはダンジョンを一般開放したいと考えていますが、その時にどのようにしてダンジョンに出入りする人達を管理するか、またダンジョンからの産出品の管理や買取方法をどうするか、その辺の事情を合わせて建物の構造などを今から考えておかなければとても間に合わないと考えています」
「おっしゃる通り、上物を作れと言われてもすぐ出来るわけではなく、土地の測定をし、それに合わせて建物の設計をし、強度計算し、それから縄張りして基礎やってと、どう考えても出来上がるまでに数カ月はかかりますからね」
「そこで、今のうちから建物の形状や必要になると思われる内部設備の配置などを考案し、効率よく利用者をさばける施設の設計をしておきたいのです」
どうやら対策本部側、ひいては国側としてはダンジョンを一般開放するための法案が通ってから、それらの人々を管理する建物の計画を立てたのでは遅いと踏んで、今から見込みで建物の建築計画を立てたいようだ。
「しかし、それぞれのダンジョンで建物の配置やらなにやら変わるんじゃないですか?それを今から設計って……」
「それがですね、国内で確認できているすべてのダンジョンは形状が同じでして、寸法としては縦横10m四方で高さが3mなのですよ」
「というと、全国すべてのダンジョンに付随する建物を統一規格で作るおつもりですか?」
「全てを同じにするかはまだはっきりしていませんが、大半の物については統一規格で作りたいなと。その方が色々と安上がりですし、複数のダンジョンを行き来しても混乱も起こりにくいでしょう?管理する側も、利用する側もね」
向こうさんの考えとしては、基本的に全てのダンジョン施設を同じ仕様で作りたいと言う。
確かにこれなら設計費が1か所分で済むが、そもそもの話としてダンジョン周辺の土地の買収などによっては、その取得できた土地の形状に合わせて施設も変える必要性が出るのでは?
そもそも、ダンジョンは国有地以外にもそれなりの数があると聞いている。それら私有地にあるダンジョンに対しても同じ施設を建設させる予定なのだろうか?
もっともこれらは我々が考える事ではないだろうが、それらの扱いはどう考えているのだろう?
そう聞いてみたのだが、それらイレギュラーは考慮せずとも良いとの話で、とりあえずの草案を出すよう仰せつかった。
まぁ、依頼を受けたのなら顧客の要望通りの建物を設計するだけだ。
このコンペに通った設計が、全国119のダンジョンのうちどれだけに適用されるかわからないが、それなりの数は建てるだろうしこの案件を取れればればかなりの収入につながる。
しかし、ダンジョンに付随する施設……どの様な機能が必要なのだろう?
確か去年入った新人がゲームが好きだと飲み会で言っていたな。
よし、あいつをこのプロジェクトに引っ張ってくることにしよう。
用語解説:上物とは、土地に建てた建物の事を指しています