●その頃の町工場とアメリカの様子と……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ とある町工場にて ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どこからどう見ても立派な町工場……いや、見る人によっては倉庫?と思うかもしれないそのたたずまいの建物の前には、この建物には似つかわしくない高級車が一台止まっていた。
その車から降りてきたのは、その車に乗っていて当然と思われる風体で、ブランドものであろうかきっちりとした仕立てのスーツを着た男と、秘書であろう女性の二人が降り立った。
「ここ、ですか……いかにもといった雰囲気ですね!」
「指定された住所、および看板名から間違いありません」
男のほうはというと、おもちゃを与えられた子供のようにどこかはしゃいだ雰囲気を醸し出し、女性のほうはというと、若干胡散臭そうな表情をしていた。
「では、そろそろ約束の時間ですし、行きますか」
そうして事務所であろう引き戸の戸をノックし、返事を待たずに戸を開けて挨拶をしだした。
「こんにちは、連絡していた奥鳥羽ですが!」
そう中に大声で伝えると、中にいた年の頃は50になろうかという、いかにも職人といった風貌の男が
「いらっしゃい、お待ちしていました。わざわざこんな遠くまですみませんね」
と、初めて会うとは思えないようなフレンドリーな対応を返してきた。
名刺のやり取りをした後別室へ案内されると、そこは応接室のようで落ち着いた感じの家具で整えられており、その点からもこの社長の人柄がうかがえる。
「それじゃ、明のやつを呼んできますので少しお待ちください」
と言い応接室を出て行った。
そして奥の母屋に向けてだろうか、明君を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、すぐに手にお茶を持って戻ってきた。
「今来ますんで、これでも飲んでお待ちください」
そう言って私と秘書の加賀君にお茶を出してくれ、お茶うけに煎餅もテーブルに置かれた。
そしてすぐにドアがノックされ、入ってきたのはというと……
背は170cm位だろうか?作業用のツナギを着て、手には何やら書類のようなものを数枚持った、20歳位の女性がその場には立っていた。
「は、初めまして、明です。今日はよろしくお願いします」
と、本来なら就職面接となりえるこの場にツナギはどうなのか?と思われるかもしれないが、こちらが依頼するのは金属加工などなので、これはこれで制服としてみなしても良いだろう。
しかし……まさか女性だったとは。そう思ったのがつい顔に出てしまったのか
「あぁ、男と勘違いしていました?俺もね、こいつにはもっと女らしくしろって口を酸っぱくして言ってるんですがね?」
そう社長に言われ、明君……明さんも多少恥ずかしげにはするものの、話を聞いてみるとどうやら子供の頃から親の手伝いと称して工場に入りびたり、他の職人さんたちに可愛がられている内に男言葉が染みついてしまったんだそうな。
その後、あらためて挨拶を交わした後、まず守秘義務契約書にサインをお願いした。
社長のほうは慣れているようで、2~3質問されたが問題なくサインを、明さんについては守秘義務自体がいまいち理解できないようだが、基本的には契約内容や我々と契約をした事、そして開発内容を他に洩らさないという話をして理解してもらった。
詳しくは後程社長のほうから説明してもらう事にしよう。
そうして、明さんのほうからあの後色々考えたという武器の草案をいくつか見せてもらった後、こちらの要望を伝える事に。
「実はいま、近日中に作っていただきたいものがありまして」
そう話を切り出して、こちらの要望としてアーチェリー用の矢を作ってほしい旨伝えた。
作る形状や素材についても事前に草案の設計図を作成してきたので渡し、社長及び明さんにこちらの希望する物が出来るかどうかを確認した。
それに対する社長の回答はと言うと、工場としてならできる。しかし明さんはどうやらいままで難削材の加工は、ステンレスの小物をいくつかしか経験がないので難しいかもしれないとの回答をもらった。
なので、社長が教えながらになるし、最初のうちはきちんとした公差に収められるかわからないが良いか?と言われた。
まぁ、こちらとしても今はまだ試作段階だし、矢のバランス配分も決まっていない。その上、今回頼む素材の矢となると本来なら何度も繰り返し使うべき物だろうが、こちらの使用目的からするに使い捨てになる可能性がある。
なので、練習と思ってどんどん作ってほしい旨伝えた。
ただし、矢としての機能の点から反りなどのバランスのゆがみは極力抑えてほしい旨も合わせて伝えておく。
バイト代としては、今回は明さんの試験的要素もあるので時間でいくらという計算ではなく、1本いくらでの契約とさせてもらう。
そして今回の件できちんとできた場合、正式に契約し今後も定期的に色々なものの作成依頼をすると言う事で話はまとまった。
その後社長を交え、しばし世間話や社長の苦労話などを聞き、その場を辞した。
帰りの車の中で、つい口に出てしまったのが
「明君ではなく、明さんだったとはね。それにしても、あの胸で工業高校だと色々と大変だっただろうな」
「奥鳥羽さん、それ、セクハラですからね?」
「おっと、失礼した。でも、彼女が使い物になってくれると色々と助かるな……」
そうして二人は報告のため、本当の依頼主のいる二条コーポレーション本社へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ アメリカホワイトハウス前ダンジョン ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
これは、ホワイトハウスから400mほど離れた楕円形の芝生エリア、そのど真ん中に発生したダンジョン内でのこと。
「おい、ジャパンのやつらは何なんだよ!」
「なんなんだよって言われても、何の事だよ?」
「俺たちが、せっかくあんなに苦労して23階層に到達したっていうのによ、奴ら次の日には25階層に到達したって……」
そう、彼らは現在アメリカのダンジョン攻略チームの中でも、トップチームとして活躍している面々だった。
その彼らにはアメリカ全攻略チームが総力を挙げて彼らに装備を与え、様々な苦労の末やっとの思いで日本の21階層よりも2階層も多く奥へ進んだのだ。
だというのに、その報告をした翌日には25階層に到達したと報告が返ってくる始末。
憤慨するのも仕方のない事だろう。
「しかしなぁ……向こうさんあれだろ?初回クリア者がいるんだろ?」
「明言はされていないが、攻略スピードを見るにいるんだろうな。……むしろいてくれなければ俺たちの苦労が報われん」
「だが、何かおかしいんだよな」
「なにがだ?」
「ほら、向こうさんの攻略スピードだよ。一気に進んだかと思うと、数日ピタっと階層更新が止まったりするだろう?」
「そりゃあれじゃね?毎日アタックするわけにもいかないし、奴さんたちは貧弱だからよ。きちんと休みを取ってるんだろう」
そう、彼らからしてみると日本人は体格的に貧弱で、自分たちと比べると体力や筋力は数段落ちるというのが一般的認識なのだ。
「しかも向こうさんは明日から黄金週間と言って、一週間ほど祝日だからな。その前に攻略階層を増やしておきたいとかの理由で無茶したんじゃないのか?」
「こっちはイースター返上で攻略しなきゃいけないっていうのに、羨ましいこった」
「だがなぁ、向こうさんもやる時はやるぞ?何と言っても残業休日出勤当たり前のお国柄だからな」
「連休位は、大人しくしていてほしいもんだぜ」
「さすがの奴さん達も大型連休位はバカンスに行くだろうよ」
そう期待する発言が出るが、その期待通りになるかどうかは……
専門用語について
難削材:硬かったり他の要因で削るのが難しい素材。ステンレス、チタンなどがある。
公差:設計上この寸法で作ってほしい、と言う時に、ここまで誤差が出ていいですよという数値。
例:直径5mmの鉄棒を作ってほしい、公差はプラスマイナス0.05mmで!
などとなる。