帰りますか?いいえ、話を聞きます
知佳の意識がぼんやりと浮上してくると、何やら頭を撫でられていて、温かな気持ちが胸に込みあがってきた。
「ん……んう……」
そうしていると意識がはっきりしだしたので目を開けてみると……そこには心配そうにこちらを見ている玲子の姿が。
そしてその隣や後ろには、沙織や他の面々の姿もあった。
「わたし……」
その姿を見て、今どこにいるのか思い浮かばず、何があったのか混乱する知佳だったが
「知佳ちゃん、話は沙織から聞いたよ。なのでまず最初にこれだけは言わせておくれ。私たちは誰一人、知佳ちゃんを利用しようだなんて思っていない。それだけは、信じてくれないかい?」
そうお婆様が言ってきたが、知佳はまだ頭がぼんやりしていて何のことかわからず、キョトンとした顔をしている。
そんな知佳を見て玲子は
「知佳ちゃん、落ち着いて聞いてね?知佳ちゃんは教室で男子に変な事を言われたけど、それは全てその男の妄言なの。だから、知佳ちゃんはこれからも皆と好きなように、自由に過ごして行けばいいのよ?」
「そうさね、知佳ちゃんは今まで苦労した分、今後はやりたいことだけやって、好きに生きていくのが良いんだ。そのためなら私たちが全力でサポートするから、安心してほしいんだ」
その玲子さんの言葉に続くように、曾お婆ちゃんやお婆様、美雪伯母さんも私に好きに生きていいんだ、恋愛もしたくなった時にすればいいし、その気がなければ一生独身でもいい。
もし今回の件で二条の家が嫌になったのなら、寂しいけれども家を出てもいい。その時もきちんと私が困ることが無いよう全力でサポートしてくれる。
そう伝えてくれました。
でも、私には皆しかいなくて……そんな皆と離れるのも嫌で、だから皆の言葉を信じて……二条君が何か勘違いしているんだと思う事にしました。
その考えは間違いじゃないんだろうなって、あの時もきっと判っていたの。
でも、やっぱりあの言葉は衝撃的で……
そんな時、暖かく柔らかいものが私の顔を包んでくれたこと思い出し
「沙織さん、あの時沙織さんが……」
「知佳さん、冬弥君を止められなくてごめんなさい。私が普段からきちんと否定していれば、彼もあんな事を言いださなかったと思うの」
「ううん、沙織さんのせいじゃないよ。きっと彼が変な勘違いをしていたんだよ」
そういって、何とか沙織さんに微笑み返すことができたと思う。
思うんだけど……
「知佳ちゃん、泣きたいときは思いっきり泣いて良いんだよ?」
玲子さんにそう言われ、頭を抱えられるとこみ上げてくるものを抑えられず……
「こ、怖かった……また彼奴みたいに迫ってこられるのかと思ったら、わたし、怖くて……うわーーーんっ」
その後しばらくの間、知佳が泣き止むまで皆は知佳を痛まし気に見守っていたが、知佳が落ち着き泣き止むと学園長が
「明日から丁度GWですし、知佳さんのメンタル的なものはご自宅のほうで十分気を使ってあげてください。それとこの後なのですが……」
そう言って話し出したのは、冬也君の親御さんを呼び出しているので、この後向こうの親御さんを交えた話し合いをしたいとのこと。
私にその場に参加するか聞かれましたが……
「どうする知佳ちゃん、一緒に相手の言い分を聞いてもいいし、つらいなら先に帰っていてもいいのよ?」
と美雪伯母さんが聞いてきました。
私としてはもう彼の顔を見たくないという思いもあるのですが、ここで逃げたら今度は彼の影に脅かされるかと思い、勇気を出して話し合いに参加することにしました。
なんといっても、玲子さんをはじめ、沙織さんや曾お婆ちゃん、その他の皆も一緒に居てくれると言うので、きっと大丈夫ですよね!
楓さんなんか、いざとなったら後ろからサクッとやればいいなんて怖い冗談も言っているし、大丈夫だよね?
……それ、冗談だよね?
そうして移動してきたのは第一談話室というお部屋なのですが、なんかめちゃくちゃ豪華な内装ですよ?
これ、あれですかね?貴賓室とかそういうやつですかね?
そして中に入り、椅子やテーブルの置き場所を色々変え、皆が私をガードするような配置変更が終わったとほぼ同時にドアがノックされ、二条さんがお見えですと外から声が。
ん?二条さんってお爺ちゃん達も来たのかな?そう思って見ていると、学園長が入出許可を出し、二条君とふとっ……大変ふくよかな女性がいました。
そしてその女性と冬弥君、あとは担任の先生と教頭先生の4人が室内に入り、扉が閉められました。
当の本人である二条君はというと、室内に私がいるのを見つけるなりこちらをにらんできたのですが、その隣の女性はすごく申し訳なさそうにしており、扉が閉まるなりいきなり土下座をしだしました。
「こ、この度はうちの冬弥が大変失礼なことを申し、本当に申し訳ありません」
と、一切の弁明をせず、事に対する謝罪のみを言い、深々と、それこそ床に額をこすりつけるかのように土下座しています。
あれ、おなか大丈夫かな?かなり苦しそうに見えるけど……
そしてその方はというと、隣の二条君が立ったままなのをみて、腕を引っ張って冬弥君を跪かせ、頭を押さえつけて同じように土下座させましたが、された方はというとどうやら反抗している様子。
その姿を見て、学園長先生がおもむろに
「今回の件、学園側としても大変遺憾な内容なのですが、お母様は事のあらましはお聞きになりましたか?」
そう言われた二条君のお母さんはというと、土下座して額を床にこすりつけたまま、若干体を震わせ
「は、はい。うちのバカ息子が、そちらのお嬢様に……その、とても破廉恥なことを申し上げたと、先ほど教頭先生からお伺いしまして、本当になんとお詫びしてよいか……」
しかし、その発言を聞いた二条君はというと
「かーちゃん、何言ってるんだよ。親父が言ってただろ?俺は将来沙織お嬢さんと結婚するんだって。しかも転校生の話をしたら、お前のために連れてきたのかもなって言ってたじゃないかっ!」
と、この発言から勘違いではなくて、二条君のお父さんが二条君に色々と吹き込んだのかな?
などと思っていると、二条君のお母さんはおもむろに顔をあげたかと思うと二条君に勢いよくビンタをし
「こ、このバカ息子!お前ごときが本家のお嬢様と結婚だなんてそんな夢みたいな話、あるわけないでしょうがっ。私が何度も何度も、そう言ったでしょう!」
と、お母さんはその事柄を否定している?あれ?どうなってるの?
もしかして、お父さんの言っていることも希望的観測?それを真に受けて本気にした?
「で、でも……」
とそこで学園長先生が
「お母様、お子様へ言い聞かせるのはお家にお帰りになってからしていただくとして、ですね?」
それを聞いたお母さんはというと、再び床に頭をこすりつけ
「ほ、本当に申し訳ありません。二条のお嬢様も、近衛のお嬢様にもうちの息子が大変不愉快な思いをさせてしまい、申し訳なさにどうお詫びしてよいのか……本当に申し訳ありません」
と、これこそまさに平身低頭というのでしょうか。お母さんはすごくきちんとした人のように見えますが(体型以外)、なんでこんなきちんとしたお母さんから二条君みたいな性格の子が育ったんでしょうかね?
その後、曾お婆ちゃんをはじめ皆さん苦言の雨嵐、それこそ暴風雨どころか台風でもここまでは行かないんじゃないかという勢いでしたが、それらを聞いて私としては、あぁ、皆を疑って悪かったなって、素直に思えました。
だって、こんなにみんな私の事を心配して、私の事で怒ってくれるんだもん。
ここではあれだけど、お家に帰ったら疑ったことをきちんと謝らないとだね!
そして、ここでの結論としては、学校側としては二条君に対し、学生にあるまじき不埒な発言をし、生徒二名に多大な心労を与えたとして無期停学という結果に。
また、今回の件に対するお互いの家としての賠償問題(言葉による凌辱や風評被害などに対するもの)についてはこの場では明言せず、お互いの家同士でやってほしいとなりました。
そして、もしごたつくような事があれば、学園側としては私たちに全面的に協力する意向であると明言しました。
それらの発言を聞いた二条君はとても不満そうでしたが、お母さんのほうはその内容を全面的に受け入れ、家に帰ってから二条君のお父さんと話し合い、後日改めてお詫びに伺いますとなり、今回の学校での対応はこれで終了。
その後二条君とお母さんは退出し、残った私たちはというと、今後この学園に通わせるかは家に帰って相談するとお婆様が言い出し、学園長先生も平身低頭平謝り状態でしたが、できれば卒業まで通い続けてほしいようなことを言っていました。
また、今後の通学に関しても(欠席や早退、遅刻など)今回の件を鑑みて色々と配慮するとの発言もあり、それら交渉内容を、大人の世界は色々とあるんだろうなぁと、どこか他人事のように聞いていました。