●その頃の保健室と教室と……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 私立星宝学園中等科保健室 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
知佳が悲鳴を上げて気絶した後、沙織はその胸に知佳の頭を抱えたままスマホで玲子に事のあらましを簡単に伝え、その後他の女生徒の助けも借りてこの保健室へと知佳を連れてきた。
その時一人の生徒に担任への連絡を頼み、また養護教諭にも簡単に事情を説明して保健室の使用許可も取ってある。
そして、他の女生徒たちに、男子を決して保健室に入れない様お願いした。
沙織にお願いされた生徒たちはというと、初めて沙織に頼りにされたことと、先ほどの男子の発言を見ていて、確かに知佳に会わせてはならないと思い、扉の前に陣取ってバリケードを築いていた。
ちなみに養護教諭はというと、沙織からの事情説明された内容に憤慨し、少しだけ席を外すと言ってどこかへ行ってしまった。
その後沙織はダンジョンでレベルアップして得た腕力をいかんなく発揮し、無理なく知佳をベッドに寝かせた後、安心させる様に知佳の手をそっと握ると、知佳は多少落ち着いたのか寝息が穏やかになった。
そうした沙織の後ろには心配そうに知佳を見ている数名の女子生徒がおり、その女子たちはというとやはり先ほどの件が気になるのか、知佳を心配そうに見ながら小声で話だす。
「それにしても、知佳さんてやっぱり男子苦手よね?」
「だよね、いままで話しかけられたら返事位はしていたけど、基本会話らしい会話ってしてないよね」
「知佳さんね、男子が近くに来ると、時たまびくってしてたの、私見てた」
「前の学校で何かあったのかな?」
「知佳さん可愛いから、変なのに絡まれたりしてたのかな?」
「あのぽややんとして常に眠そうな顔は庇護欲そそるし、多方面から変なちょっかい掛けられてそう……」
などと、知佳の事を心配する会話が繰り広げられ、時たま沙織に視線が向けられるが、沙織はそれらに対して何も反応する事はなかった。
それから少しすると、養護教諭が学園長を連れて戻ってきたが、一緒に担任の先生も保健室にやってきた。
そして簡単に話を養護教諭の先生から聞いているのだが、改めて沙織に事情説明を求めるとほぼ同時に昼休憩終了のチャイムが鳴り、担任は沙織と知佳以外の生徒に対し教室に戻るよう伝え、本人も共に生徒達と教室へ向かった。
沙織は知佳の顔を見たまま学園長先生に、教室で起こったことを説明したのだが
「め、妾ですって!?二条さんの……あ、いえ二条冬也さんの親御さんは一体家でどのような教育を行っているのでしょう!」
「が、学園長。近衛さんが寝ていますし、声を抑えて……」
学園長は話を聞いて憤慨していたが、声が大きいことを擁護教諭にたしなめられ、声を抑えた。
「それにしても、いくら妾になるんだと言われても、気絶するほどとは……近衛さんはなにか過去にあったのでしょうか?」
「それについては、私が話す事ではないのでお教えできません。ですが、過去に色々あったのは事実です」
「そう……まだ中学生なのに、いろいろ大変な思いをしてきているのね」
と詳しくは教えてもらえなかったが、その沙織の雰囲気からよっぽどの事があったのだろうと察し、いつくしむような眼差しを知佳に向けていた。
そうこうしていると、知佳に起きる気配が……
「ん……んぅ……」
「知佳さん、知佳さん大丈夫?」
「んん……い、いや、こっちこないで……こないでっ!」
そう叫びながら飛び起きた知佳だったが、すぐそばに沙織の顔があるのを見ると、少しおびえたように
「わ、わたし、あの人の妾になるの?そのために、二条家に呼ばれたの?」
と、泣き出しそうな顔をして問いかけた。
その泣きそうな知佳の顔を見た沙織は、こちらもまた泣きそうな顔になり
「違うわ知佳さん、知佳さんは私たちの家族になるために、家に来たのでしょう?」
そう言われた知佳は、どこか疑心暗鬼な表情をしていたが、さらに沙織が続けて
「それと、知佳さんはあんな男とは金輪際かかわる必要は無いの。知佳さんは私が命に代えても守るから」
そう幼い子に諭すかのような優しい口調で沙織は伝えるが、握った知佳の手は震えたままだった。
その時、廊下を誰かが走る音が複数聞こえてきたのだが、その足音に反応した学園長が
「もう授業が始まっているというのに、廊下を走るのは誰かしら?」
と苦言を言うが、突然保健室の扉が激しく開けられたかと思うと
「知佳ちゃん大丈夫!」
と、保健室にあるまじき大声で玲子が飛び込んできた。そしてその後ろには葵、楓、そして二条秋絵、雪香、美雪と続いている。
そのそうそうたる顔ぶれを見て学園長は事の重大性を改めて感じ取り、この後の対応次第では自分の首が飛ぶと臆すことに。
そして室内の配置から知佳の居場所をいち早く突き止めた玲子が、駆け付けるように知佳の元へ行き知佳の安否を確認した。
その玲子の顔を見た知佳はというと、目に涙を浮かべて玲子に両手を突き出し
「れ、れいこ、さん……玲子さーん」
と玲子が近づくと同時に抱き着いて泣き出してしまった。
その姿や離されてしまった自分の手を見て沙織は少し寂しさを覚えつつも、知佳が先ほどのショックを少しは和らげられているのかと思うと安心もしていた。
その後少しして知佳の泣き声が止んだかと思いそちらを見ると、どうやら泣きつかれて寝てしまったようで、玲子が知佳を横にして寝かせていた。
その後、学園長にどういう事なのかと問い詰める二条家の面々の姿もあったが、学園長も沙織から話を聞いただけだったので、ここで改めて沙織から皆に教室で起こったことに対する詳しい説明が行われた。
その間玲子は話を聞きつつ、寝ている知佳の頭をなでていたのだが……そんな玲子の姿を横目で羨ましそうに沙織が見ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 三年一組 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこでは気絶した知佳の件で、男子は男子で、女子は女子で其々いくつかのグループとなって話をしていた。
その男子の中でも、当事者の一人である二条冬弥をクラスでもやんちゃと認識されている数名の男子が取り囲み、色々と質問をしてる。
「なあ二条、お前お嬢様と婚約してるっての、本当なのか?」
「あの近衛さんもついてくるとか、羨ましすぎね?」
「いやでもさっきの近衛さんの反応を見るに、本人知らなかったんじゃないの?」
「逃げられたりしてー」
そのメンバーは何やら不穏当な会話をしているが、近くでそれを聞いている他の男子はというと、嫌悪感や怒り、そしてごく一部では羨ましさの籠った視線をと、様々な反応を見せる者たちがいた。
それに対して女子はというと、ほぼ全ての者が汚物でも見るかの様な視線をそちらに向けていた。
そうしていると、先ほど知佳について行った数名の女子と一緒に担任が教室に入ってきたのだが、入ってくるなり
「二条君、後程呼び出しますので、それまではおとなしく授業を受けていてください。それと、先ほどの近衛さんの件、詳しい人はだれかいませんか?」
「せんせー、クラスのほぼ全員が詳しいと思います」
それを聞いて、それならと最近知佳とよく話をしている生徒数名に声をかけ、どこかへ連れて行った。
残った生徒には次の授業をきちんと受けるようにと注意することも忘れずに。
そうして生徒指導室へと移動し、生徒たちから事のあらましを聞くが、何とも頭の痛い話でどう対応するか悩んでしまう。
だが、これはもう自分で対応できる範囲を超えていると判断し、学年主任および教頭先生に相談することにし、説明してくれた生徒にはお礼を言って教室に戻るよう伝えた。