貸しますか?いいえ、貸しません
車椅子を貸してくれという話を聞いた他の男子達も
「あ、俺も乗ってみたい。ただでさえ車椅子って乗れるチャンスないし、しかもこんな高級品、話のタネにちょうどいいからさ」
「それなら俺も」
などと数人が声をあげ、その中にはなぜか二条君までいますが……貸せるわけないんですけどね?
これ、おもちゃじゃないんですよ?
「ごめんなさい、おもちゃじゃないので貸せません」
そう断ると、断られると思っていなかったのかその男子たちは憤慨し
「なんだよ、困ったときは助けてやるんだから、少しくらい貸してくれたっていいだろ!」
「そうだそうだ、一人だけそんないい椅子に座って授業受けて、ずるいだろう!」
「少しくらい貸してくれても良いじゃないかよ、壊したりしないからさ」
などと言い始めましたが、そう怒鳴るように詰め寄られると、過去を思い出して怖いのですが……
ちょっと涙が出てきそうになりました。
「ちょっと男子、何言ってるのよ!そんな事出来るわけないじゃないの」
「そうよそうよ、学校の備品の椅子を貸すのとはわけが違うのよ?」
などと女子の方達が反論してくれていますが、男子も引っ込みがつかないのか言い争いに。
すると突然パンパンと手をたたく大きな音が……そちらを見ると昨日松葉杖に足を引っかけた方が立ち上がって手をたたいていました。
皆さんもその音に気を取られそちらを見たのですが、皆が注目したのを認識したのかその方が……名前、なんて言いましたっけあの方。
「なあ皆、面白そうだから貸してくれって、それは何か違うんじゃないか?」
「なんでだよ、楽しそうじゃねーか!それを独り占めするとかずるくね?」
そう言い出しっぺの男子が言うと、その方はあきれた雰囲気を全身で表現したあと、おもむろにその方を指差し
「はぁ……おまえさ、たしか自転車競技やってたよな?」
「お、おう。それとこれと何が関係あるんだよ」
「もしな、俺が新しい自転車買おうと思ってるんだけど、参考にお前の自転車貸してくれって言ったら、お前貸してくれるの?」
「ばかお前、あれは競技用だぞ?素人に貸せるわけないだろうが!」
「だろう?近衛さんの車椅子は競技用ってわけじゃないけど、ある意味お前の自転車より本人には大事なものじゃないのか?」
そういうとその男子はバツが悪そうにしだしました。
そして、他の方達にもそれぞれ指を差し、野球をやっているという方にはグローブを、吹奏楽の方には使っている楽器をなどと参考例を出して、如何に無茶を言っていたかを伝えてくれました。
そうしてこの騒動は収まったのですが……私あの方の名前を知らないんですよね?どうお礼を言いましょう……
そう思っていると女子の一人が
「笹本、良いこと言うじゃん。これでこの間知佳さんを転ばせたことはチャラね!」
と言い出しましたが、あの時の事はホント気にしていない……あのせいで豚さんパンツ見られたんでしたっけ?
まぁ、今回はすごく助かったのできちんとお礼を言っておきましょう。
「あの、笹本君?ありがとう」
と、同年代の男の人にお礼を言うなんて、記憶にある限り初めてなので、ちょっと恥ずかしくてはにかみながらお礼を言ったのですが、なぜか周りがどよめきましたよ?
私がお礼を言うのがそんなに珍しいのでしょうか?……考えてみれば、この学校で私から男子に話しかけるのは滅多にないので、珍しいかもしれませんね。
「い、いや、気にしないで!それよりこの間は本当にごめんね!」
と、またもやあの時の事を謝られたのですが、本当に気にしていないのでにこっと微笑み返し誤魔化す事にしました!
こうしてこの騒ぎもおさまるかに見えたのですが……
しかし、ここで空気を読まない人が一人!なんと二条君が
「だったら、俺にならいいだろう?俺だって足怪我してるんだし、車椅子も入院しているときに経験済みだ!」
と突然どや顔で言い出しました。
わたしは二条君が何を言っているのか、即座には理解が追い付かずきょとんとしていると
「それに近衛は将来俺の妾になるんだ、今のうちから俺のご機嫌を取っておいた方が良いんじゃないのか?」
と、気持ちの悪い表情を浮かべ言ってきました。来たのですが……
え?わたしが……二条君の……めか、け……?
どういうことなの?
「ちょっと二条君、あなた何言ってるの?妄想もそこまで行ったら危ない人だよっ!」
私が混乱している中、誰かが二条君にそう怒鳴っていましたが、頭の中ではあの義兄の姿が思い浮かび、体が震えだしました。
「危ないって、事実だろ!俺は将来沙織お嬢様と結婚して二条本家を継ぐんだ。その本家が近衛を今家に泊めてるって事は、将来俺の妾としてあてがうって事だろうが!」
え?二条の皆が……私を……妾にするため……に……?
「い……」
そう思うと、あの義兄に迫られた嫌な思い出がぶり返し
「いやあああーーーーーーーーーっ」
その記憶に極度の嫌悪感を感じてそう叫ぶと、急に目の前が暗くなっていきましたが、ほぼ同時になにやら暖かな感触が顔をつつみ、それにかすかな安らぎを感じながら私の意識はそこで途絶えました。
知佳ちゃん、どんなにすごいスキルがあっても、人間の悪意(?)というか、言葉の武器には負けてしまうというお話でした。