●そのころの重役会議室では……
ここ、二条グループ本社役員階層にある重役専用会議室では、知佳たちが退室するのと入れ替わりに、第一秘書の倉持 穂香が入ってきた。
倉持が扉を閉めると同時に、二条グループ総裁にして二条ホールディングの会長でもある二条 権蔵は、榊に対して質問という名の最終確認を行った。
「榊君、先ほどはああいったが、本当にいいのかね?もし本当は嫌なら断ってもらってもいいんだよ?」
「いえ、皆さんいい方みたいですし、わたくしもダンジョンにはそれなりに興味を持っていますので、むしろ望むところといった感じです」
「あら、榊さんダンジョンチームに行ってしまうの?寂しくなるわぁ」
倉持のそのセリフを聞くと、榊は申し訳なさそうに
「倉持さん、いろいろと教えていただいていたのに途中でやめることになってしまって申し訳ありません」
「そんな、いいのよ。それよりもこれからは総裁の二人のお孫さんと一緒に過ごして行けるなんて羨ましいわぁ。ねぇ総裁、私もどうかしら?」
「いやいや倉持君、君まで抜けられたらそれこそ私の仕事が立ちいかなくなってしまうよ。勘弁してくれ……」
「でも、わたしもいつかはあの二人とダンジョンに行って、いろいろおしゃべりしてみたいわ」
「まあ、それについてはいずれ機会を設けることとしよう」
「絶対ですわよ?」
そういった倉持の顔は真剣であり、今までの会話が社交辞令ではないことを物語っていた。
「でだ榊君、とりあえず君はダンジョンアタックチームに移行と言う事にはなったが、こちらの席は残しておくので、もしダンジョンに行くのが嫌になった場合はいつでも遠慮なく言ってくれ。すぐにでもこちらに戻れるよう手続きはする。もちろん書面でも残すので後日受け取ってほしい」
「あら、至れり尽くせりですのね。そんなに好待遇だなんて、逆に怖くなります」
「それと、今後の給料体系だが……」
そこで話された給料体系は、今までの会長付き秘書よりもはるかに高額であった。
「そ、そんなにいただけるんですか?」
「もっとも今言ったのは固定給部分で、そのほかに歩合も混ざるから、さらに増えるだろう」
「さらに歩合まで……」
そう聞かされ、さすがに何か裏があるのでは?と思い始めたせいか、それが顔に出ていたようで
「あぁ、君の立場はあくまでも知佳君のダンジョン探索のサポートと言う事になるのでね。そのくらいは出さないと申し訳ないのだよ」
「知佳さんのサポート、ですか?それは一体……」
「実はね……」
そこで権蔵から語られた内容は、実はダンジョンアタックチームとは名ばかりで、これらの本当の目的は知佳の足を治すためのエリクサーを探すための物である。
もちろん、ダンジョンからとれた物資に関しては、それぞれのチームに対価を払う事で会社で買い上げ、それを基に現状では色々な実験調査を行っている。
そして、ダンジョンで取れた物資は、実は知佳にその最優先所有権がある旨を話す。
「なるほど、知佳さんに最優先権がある。そしてもし売りに出したらいくらになるかわからないエリクサーを探し、それの取得権も我々は放棄する……という契約があるからこそのこの金額……というわけですか。そしてその中に口止め料も含まれる……と」
「まあ、ぶっちゃけるとそう言う事だ。あとはあれだ、知佳君とも仲良くやってもらえればというのもある」
「それは、可愛らしいお子様でしたし、性格も良さそうですから大丈夫だと思います」
「ほんと、あの子たちと一緒にいられるなんて榊さんはずるいわ」
その後、現在榊が抱えている業務の引継ぎに関する話が行われた後、おもむろに倉持から権蔵に対して耳打ちがされ、その内容を聞いた権蔵はというと電話を使いどこかに連絡をした。
「わたしだ、保安課の服部君を重役会議室に……」
そこまで言いかけたところで会議室のドアがノックされ、返事をする前に開かれた。
そこにはいままさに呼び出そうとしていた服部 満三がおり
「そろそろお呼びかと思い参上しました」
その人物の登場を見た権蔵は、電話口に対して必要がなくなったと伝えて切ると、服部に対して首尾のほどを確認した。
「会話中の映像を見る限り、御影院はほぼ黒ですな。背景は洗ってみないとわかりませんが、現段階で判っているのは独断専行の可能性が大と言う事です」
そう神妙な表情で行った後、おちゃらけた表情になりこう続けた
「あとの二人は、完全に白ですね。過去の素行調査の結果からも、よくお話しておけば開放しても問題ないでしょう。ただ、徳大寺については完全にアウトかと思いますが、いかがいたしますかね?」
それを聞いた権蔵は、苦虫をかみつぶしたような表情になり
「京香君か……まさか彼女が情報を洩らすとはな」
「まあ、彼女を擁護するわけではないですがね、どうやら深酔いすると口が軽くなるようですね。それ以外では大丈夫なようですが……それと、聞き出せた内容は今のチームに移行する前にどのような武器を使っていたのかと、周りのメンバーがどのような武器防具を使っていたか。それに加えて、一部の人間がスキルを譲渡されていたといったことで、お二人のお孫さんの事はさすがに話してはいないようでした」
その内容を聞いて、やっと権蔵の表情は少し和らいだが、それでも悩んでいるようであった。
「それで、徳大寺のあつかい、どういたしましょうか?たしか外孫さんがそれなりに気に行ってらっしゃるのですよね?いつも通りにいたしますか?」
「いや、そうだな……いまたしか中東のU国はテロが活発になっていたな?」
「そうですね。二条系列の社員もわずかですがいますから事業撤退するか営業も悩んでるらしいですが?」
「よし、U国は基本的に禁酒されていて、外国人に対しても飲酒を厳しく取り締まっているし、あそこならたとえ酒が飲める機会があっても深酔いするほどの量は飲めないだろう。そこで3年務めてもらう事を罰にする」
そういった権蔵の顔には一切の感情が現れていな……いや、わずかに嬉しさがにじんでいた。
その心の内には、何が思い浮かんでいたのかこの場にいる他の者にはわからなかったが、実のところ知佳の笑顔をこれでまた見れるかもしれないと思っていたことは、この場の他の誰にも判らなかった。
そうして、今回裏であったことに対しての対処も行われ、そろそろ帰らなければ夕飯に間に合わなくなるといい、権蔵は榊を連れて帰宅して言ったのだった。
この裏話の更なる続きを書くつもりはないのでここで明言しておくと、御影院は他社や他国のスパイと言う事ではなく、あくまで自己利益を追求した結果でした。
強い人に寄生して自分もおいしい思いをしようとして失敗したと言う事ですね。