逃れようのない雨
Nさんによると彼は人の死がわかるという。
ただし雨の日だけ。
「その人の上にだけ赤い雨が降っているんです。雨に濡れてる部分も。そういう人は死んじゃう。雨が降ってる間に」
そんな事情だから事故など突然に訪れる不幸な出来事が多い。
おかげで人の死ぬ瞬間に立ち会うことが多くなる。
赤い雨が遠くに見えると居ても立ってもいられず、どうしても確かめに行きたくなる。
「悪趣味だとわかってはいるんですけど」
自分の見えるという能力を確認したくなるのは仕方のないことなのかもしれない。
その日、交際相手の女性と映画に行く約束をしていたのだが雨が降っていた。
待ち合わせの場所の近くまで来て赤い雨が見えてくる。
驚いたことに彼女の傘の上に降っていた。
すぐに駆け寄り、自分の持っていた傘を畳んで強引に肩に手を回した。
彼女は恥ずかしがって押し返してくるが周りの目を気にしてはいられない。
すぐに自分の上にも赤い雨が降り注ぎ、体のあちこちに赤い点が浮かび上がり、膝下が赤く染まっていた。
とりあえず目の前にあった喫茶店に飛び込む。
しばらく時間を潰したが彼女の服についた赤い染みはそのままだった。
それから口実を作っては書店などに次々と入ってみたが変わらなかった。
約束の映画の上映時間が迫る。
暗い映画館の中で何かが起きたらと考えると不安になるが、キャンセルするのを彼女に納得がいくように説明するにはどうしたらいいのか。
そこでトイレに行って洗面所で友人に電話をし、通話しながら彼女の所へ戻ることにした。
バイトの先輩が怪我をして急に出られなくなり、やむを得ず自分が出ることになったと説明した。
嘘を付くのは気が引けたが事情が事情だ。
彼女に自分との約束とバイトとどっちが大切なのかと責められたが謝り倒して彼女を駅まで送ることにした。
途中でケーキ屋さんに寄って好きなだけ自分がおごると約束して。
そうすると赤かった雨が普通の雨に変わった。
後日、その日のバイトの話が嘘だったとバレてしまった。
彼女はひどく怒って説明を求めてきた。
デートの日は映画館に行く以前から挙動不審だったのは理由があるに違いないと言う。
おかしいと思うのは当然だろう。悲劇を避けようと必死な様子は事情を知らない人には奇行にしか見えない。
そこでやむを得ず赤い雨の話を説明したのだが理解してもらえず泣き出してしまった。
その場はなんとか落ち着かせたものの彼女の友人たちにも嫌われてしまい、数日後に「最低」と言われてビンタされてしまう始末となった。
Nさんに映画館でなにか起きたのかと質問したけれど特に何もなかったらしい。
「ガス爆発とか火事とかならわかりやすいんですけどね。最初は交通事故とかを考えたんですけど、どんなに場所を変えてもダメだったので、特定の場所で起きることじゃなくて何かが付いてきていたのかな……」
彼女はNさんと同じサークルに所属しており、仲間内で人気があってライバルが多いらしい。
おとなしい見た目と控えめな態度のせいなのか、おかしな人に付きまとわれてしまう事が多く、いろいろと苦労が絶えないのが彼女の悩みだと聞かされていた。
「僕もおかしな人に認定されちゃったみたいです」と肩を落としていた。
話を聞いて1ヶ月ほどして電話が来た。
Nさんの上に赤い雨が降っている。それが雨の日だけでなく、部屋の中にいる時でさえ見える。見えるだけでそこらが濡れるということはないのだが、鏡の中の赤く染まった自分の姿と対面すると冷静ではいられなくなる。
あの日のデート以来、彼女には会ってもらえず、話もさせてもらえない。
関わっているといずれ命にかかわるような出来事が降り掛かってくるかもしれない。悩んだ末に別れ話を切り出したところ、今度は彼女は泣きながら地団駄を踏んで怒り出して「告白してきたNさんの方から別れるなんて絶対に許さない」と言い出した。
それなら電話にぐらい出て欲しいとは思ったのだが理屈が通じるような状態ではなく、その場を逃げ出してしまった。
それ以来、赤い雨が見えるようになった。
「どうしたらいいんでしょうか」と言われても私にはなんとも言いようがないので「神社でお祓いをしてもらったら」と言ったら「そういう問題じゃないじゃないですか!」と怒らせる結果になってしまった。
それから少しして改めてNさんと連絡を取ろうとしたが電話はすでに解約されていた。
あちこちに当たってみたが、退学して親元に帰ったというぼんやりとした噂話ぐらいしかわからなかった。
二人が参加していたサークルはメンバーの人間関係のもつれから解散してしまったと教えてくれた人がいたが、何があったのかまではわからないとのことだった。