クラッキングの対価
―――コンコンコン
ノックの音が響く。
遂に来た。私の平和な学生生活に終わりを告げるノックの音。
「空いてるわ」
「久々だな、今は・・・白羽だったか?」
入ってきたのは見覚えのある顔。
私を追い詰めAOに所属することになった元凶。そして、いくつもの任務を一緒にこなした上司。
「サスティが送られてきたのね、あなたと仕事なんて何年ぶり?」
「今は柳優也だ。データ確認しなかったのか?」
呆れたように男は周囲を確認しながらそう言うと、床へ腰を下ろす。
「せっかくの長期休暇だと思ってたらこれだもん、やる気もでないわ」
「そうか、でアレから変わったことは?」
「なにも。ただ職員の動きが少し変わったから、何かやってるのは間違いないでしょうね」
「しっかし平和だな、ここは。これで次世代のPS操士や整備士を育成しようってんだ笑えるよ」
「それで、当面は今まで通りでいいの?」
「あぁ、今日は専用の連絡端末を持ってきたのと顔合わせ程度だ」
彼は懐から見慣れた端末を取り出す。カードケースにしか見えないが通信端末。
仕事が始まる、それを意識せずにはいられない。
「監査長補佐自ら潜入なんてね、本当息苦しいわ」
「そういうな、お前もこれが終わったら昇進させられるんじゃないか?」
「あのねぇ、私は昇進どころか引退したいの、生きていければそれで十分なのよ」
「よくいう、この部屋ブランド物ばかりじゃねえか。うち以外の給料で買えるとは思えないぞ?」
「自分で稼げるわよ、甘く見ないで」
「どうだか。今度はAO以外の組織に吹っ掛けて命まで持っていかれるかもな?」
「かなわないわね、ほんと。何かあったら呼んで、私はいままで通りの行動をしているわ」
私がAOに所属しているのは事情がある。
戦災孤児。ただ、親の仕事の関係で機械に強かった。
クラッキングでばれないような微々たる金額をかき集めて生計を立てていた。
ニホンでいえば1円未満の表記されない金を盗んでいたといえばいいだろうか。
3年前、こねこクレープ合同会社の口座から1円未満の金を盗んだ。
はずが、盗んだそばから1円未満の金が増えて最終的には200万近い金額になったのだ。
これはおかしい。まずいかもしれない。気づいた私はすぐに隠蔽をした。
けれど次の日、私の暮らすあばら家にこいつが来た。仮面をかぶり、茶色いフード姿で。
「こんにちは、昨日はお世話になったね?少し話をしようか」
今でもあの日の恐怖は忘れない。顔の横に銃弾を叩き込まれ、全身を調べられ。
薬を飲まされ、聞いたことのない名前を並べられる。
私は組織に属さず、生計を立てるためにクラッキングをしていた。
それが最終的に判明したあと、私には選択肢が与えられる。
「君が一般人?であることは判明したが、それではいさようなら、とはいかないことは分かるか」
私は震えるばかりで何も言えなかった。
「とはいえ、君は子供だ。それにしてはここで殺すのも惜しい技術でもある」
「ひとつ。ここで俺たちに手を出したことを後悔して死ぬ」
私は恐怖で縮み上がっていた。
「ひとつ。私たちの為に働く。勿論、余計なことを喋ったり裏切ったりしたら殺す」
仮面の上からで表情もわからなかったが、私は死にたくはなかった。
「働く何も言わないから、お願い・・・殺さないで・・・」
私の中には追跡チップが仕掛けてある。
裏切れば死、あるのみ。
とはいえ、生活は楽になりこうして贅沢もできる今を呪ってはいない。
一秒でも早く、平和な学生生活に戻れることを祈って私は部屋を去る彼を見送る。