寮と秘密結社
職員室から出た俺は担任に付いてくるように言われる。
担任は若い教師だった。しかし歩き方からみてニホン軍人或いは元軍人であることがわかる。
・・・・・・いや、体幹だとか歩き方というような難しいものを見てるわけではない。
―――歩幅だ。1歩1歩が75㎝と規則正しい。実際に測った訳ではないが、恐らく間違いない。身体に染み付いているのだろう。
「それでどこへ向かっているんですか?」
丁寧に口を開く俺に先生は苦笑する
「説明何もしてなかったな、悪い悪い。今向かってるのはお前が住むことになってる寮だ。部屋の確認と鍵の授受、荷物は届いてるはずだからそれの確認といったところだ」
「寮はいくつかあるんですか?」
「PS科と整備研究科で分かれてるよ、あぁ男女別じゃないのかって気になるだろうが、そこはフロア別だ」
「それ、学生としてどうなんですか?」
「言いたいことは分かる。だがな、厳しいほうが学生には逆効果だって判断らしい。一応ルールとしては22時半の消灯時間以降は、男子は女子フロアへの進入禁止だ。男子は2階から4階、女子は4階から6階」
「男子が下なんですね、意外です。それに女子は入ってもいいと」
「それも一応、男子が女子のフロアをうろつくのは恐怖を与える可能性があるが、逆はないだろうって判断らしい。このご時世によく言うもんだ。とはいえ、エレベーターもあるしな」
「エレベーターまであるんですね」
「毎年卒業生入学生が来るたび200近くの引っ越しが起こるんだぞ?」
これは確かに階段だけだと業者が音を上げかねない。学生側が業者を指定できるとはいえ、有名どころになると何度も呼ばれるだろう。勿論、人が同じどころか1日に複数運ぶことになる人も多いだろう。
流石に階段でPSは使えないと考えると・・・。
「あぁそうそう、各寮には寮長がいる。この時期だと3年生だ、確かおまえんとこは・・・あぁちょうどいいとこにいた、島崎。」
寮の入り口付近でいた男たちに呼びかけると、一人の男が抜け出してくる。
「山本先生どうしました?」
「あぁ、お前んとこに入寮する転校生を連れてきた、あとは案内任せてもいいか?」
担任はほいっと、紙袋を男に押し付けてひらひらと手を振りながら元来た道へ帰っていく。
「なるほどわかりました。こんにちは、俺は島崎周防。PS科の3年で一応ここの寮長、よろしくな」
見た目からしてゴリラ、訂正。筋肉質ではあるが暑苦しくない爽やかな青年のようだ。
「初めまして、柳 優也です。1年PS科に編入してきました。ご指導よろしくお願いします」
「うん、よろしく。それはいいとして、俺には敬語いらないから楽に喋ってくれ。ほら、軽口言える環境のほうが何かあった時相談しやすいだろ?」
人は見た目によらない、仕事で散々わかってはいるのだがそれを感じずにはいられない。
「甘えるわ、助かる。いやーそれにしてもでかい寮だな」
「だろ?1階は共有スペース、購買とロビー。あと大浴場。朝と夕食以外の時間は大概みんな部屋に集まるから、見ての通りすっかすか、試験前くらいはちょっと人が増えるけどな」
試験か。自分の経歴を思い出す。
柳 優也 15歳、PS科に編入。成績は非常に優秀、バイトでPSを使った倉庫整理をしていた。
親の海外転勤を機に全寮制でありPS科のある青桜台学園へ編入試験を受け合格。
テストでいい点を修め続けてあわよくば研究の一端に触れる機会を得ろといったところか。
「ここってPSの試験があるんだっけ?」
「よく知ってるな、PS科なら操作メインのテストだな。優秀ならそのまま軍にスカウトされたりもする」
「柳はっと・・・4階の62番だから462号室だな、これが鍵だ。あぁ学生証兼ねたIDカードだから財布にでも入れておけ、部屋に忘れたら手続きと反省文が凄いからな」
さきほど先生から受け取った紙袋を確認しながら、カードを手渡してくる。
「ほかに聞きたいことはないか?」
「特にないかな、ありがとう助かった」
「気にしないでくれ、これも俺の内申点になるかもしれんからな」
そういってにやりと笑うと、困ったことあればいつでも言ってくれよと彼は付け足した。
俺は自室に着くと、入り口の端末にカードをかざす。
462、と大きく書かれたドアが横にスライドする。自動ドアとは驚いた。
部屋の中には段ボール箱の山・・・ということもなく。
既に整然と家具が並べられている。
これは引っ越し業者に頼んだわけではないのだ。
―――新明治運送有限会社。
組織のニホンに置いてあるダミー会社の一つである、おそらく同僚の誰かが来たのだろう。
家具の配置に拘りはないので、使いやすいように配置してくれてるだけで満足である。
天蓋付きのベッドの下に潜り込む。
分かりやすい赤いボタン。勿論押す。
―――カシュ
っと音が響くと、どうやらベッドの横から引き出しに入ったPSが出てきた。
中が空洞・・・。ベッドの耐久性は大丈夫なのだろうか。
気になった俺はPSを押し込むと、ベッドに乗る。
どうやら杞憂だったようだ。マットがフカフカで、特にベッドがきしむ様子もない。
ベッド自体が特殊合金なのだろう。押しても動かないくらい重い。
ドレッサーは特に変わった様子もない、ただ引き出しの全てが二重底である。
そこに工具や、弾薬。見慣れた端末がいくつか入ってるくらいだ。
一通り確認を終えた俺は端末を開き、セラフへ連絡を入れる。
ほどなくして、回線がつながり、見慣れた執務室の映像が浮かび上がる。
「サスティよりセラフ。無事に潜入?編入?成功した」
「こちらセラフ、それはよかった。どうだ?学園生活には馴染めそうか?」
「・・・開口一番それかよ。まだ授業にもでていないし何とも言えない」
「そうか。仕事としては長期的なものだ。それなら親として心配するのも仕方ないだろう」
監査長は俺の養父である。戦災孤児であった俺を任務終了した親父がたまたま拾った。
そして反対する親父を押し切り、俺は8年前から組織に所属している。
「そうだな、学園生活なんて想像だにしなかった。怪しまれない程度には友人を作る安心してくれ」
「そういうわけではないんだが、まぁいい。当面は学生として怪しくないだけの交友関係を作れ。お前には仕事として命令したほうが確実そうだ」
呆れたように親父はそう言って、笑みを浮かべる。
「それで搬入したPSだが、非常時以外は使うな。基本的には学園で支給されるPSを利用してもらう」
「わかっている、専用機持ちなんて思われると目立って仕方ない」
「そういうことだ、一般的なPSの操作は覚えているな?」
「当然というか、装備や操作性が落ちるくらいだしな」
「PSの操作は素人ではないことにしてある、ある程度は動いても怪しまれないだろう」
「了解、明日スカイに接触する」
「ああ、現場の裁量権はお前にある。へまするなよ 以上」
アグレッシブ・オブザーバー、これが俺たちの所属する組織。
世界のミリタリーバランスを保つために活動し、国に所属しない。
クラッキングや、ダミー会社での収益を元に活動している。
活動内容は、軍事技術の奪取および公開。戦争への小規模介入による被害の操作。
過激派活動家、政治家の暗殺。ミリタリーバランスを崩しかねない技術の研究阻害など多岐にわたる。
俺は8年前、7歳のころから活動している。
研究者の子供を装った生身での潜入任務が多かった。最近は紛争への介入が殆ど。
今のところ致命的なミスもなく、監査長補佐。
これは作戦立案、申請が可能になる立場で部隊を指揮することもある。
8年も実働部隊で生き残り続ければこんなもんだ。
昇進が早いのだ、事情を知る機会が多く、実力がなければそもそも生き残れない世界。
階級は分かりやすく言えば、親父が監査長、現場を率いる総責任者
その下に監査長が一時的に任命する監査長代理。
そして俺を含む監査長補佐。
小隊や班の責任者たる監視長、そして一般構成員たる監視人に分かれる。
もっと上には親父に方針を伝えるようなのもいるにはいるが、会社の執行取締役社長みたいなものでそうそう関わる機会はない。
今回の任務的にはもっと大規模に部隊を入れ込むはずではあるが、潜入場所だけに難しいようだ。
とはいえ、指揮に就くことが多い監査長補佐が潜入任務に就くのは珍しく、やはり本腰は入れているのだろう。
アンバランスなこの任務に不安を覚えつつも、俺は瞼を閉じる。
・・・・・・いや、寝る前にまずは夕食に行かないと。