06.曖昧な記憶
夢を見ていた。
木を組んで作られた天井を、私はぼーっと眺めていた。
窓からは爽やかな風が吹き込んで、窓のふちに置いてある花瓶の花を揺らす。
細かい部分や、窓の外の景色など、ところどころぼやけて、黒いもやで覆われているものの、私はここが王都にある自分の部屋であることを知っていた。
なぜ、知っているのだろう。
窓際の花は、誰か、大切な人が持ってきてくれたものだ。
寂しくないように、と。
それは、誰、だっけ。
「××××××××××」
私のとなりで声がする。
聞いたことのある懐かしい声。
でも、顔はもやに覆われていて見えない。
気がつくと、ベッドのとなりにはふたりの女の子がいた。
年齢は、私とおなじくらい、だと思う。
「×××××」
「×××××」
ふたりは私に何かを話しかけている。
でも、全然、何を言っているのかわからない。
聞き取れない。
「ごめん、アリサ、セレーネ、わかんないよ…」
アリサとセレーネ。
その名前が口から出たと同時に、ふたりの顔のもやが晴れた。
綺麗な金色のくせ毛で、青い目をしたアリサと、茶色の短い髪をして緑色の目をしたセレーネ。
まだ、目の焦点が合わないような感じでぼやけているけど、たしかに、ふたりはそこにいた。
いつでもふたりは、時たま言い合いをするような素振りを見せていたけど、きっかけも主張も冗談のような内容で、私はそんなふたりを見ているのが、好きだった。
私はこのふたりと、ずっと長い間一緒にいた。
たしかに、それだけは間違いのないことだ。
このふたりの友人は、たぶん、優しい言葉をかけてくれている。
それだけはわかる。
知っている。
だって、私はこのあと……。
このあと?
「ここから、移動させられたんだ」
思い出した。
屋敷から出てどこかへ連れていかれた。
初めての外出だったのに、全然楽しくなかった。
そう、あれは、たしか、とても寒いところだった。
そこまで思い出して、ローズマリーは、ハッと目を覚ました。
眠りながら泣いていたようで、目の端を服の袖でぬぐった。
厚手の布をかけてくれたのは、キリアだろうか。
まだ辺りは暗く、道場内には誰もいない。
「眠れなくなっちゃった……」
記憶が少し戻ったからか、寝つけなくなってしまった。
ローズマリーは、少し夜風に当たろうと、外に出た。
山の上にあるだけあって、雲ひとつなく、空は澄み渡っていた。
「綺麗……」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
自分が何者であっても、夜空に浮かぶ星の綺麗さは変わらない。
思えば、星が好きだったのかもしれない。
思い出せないことは多いが、なぜだか、そんな気がする。
「起きたのか」
月明かりの下で、キリアが木刀を振っていた。
「……うん」
「まだ月が高い。寝ておかねェと、明日しんどいぞ」
「うん、大丈夫」
キリアは木刀を振るのをやめて、ローズマリーを見て怪訝そうな顔をした。
「どうしたんだ? お前、そんなしおらしいやつだったか?」
「え? そうかな? 元気だよ、私は」
「やっぱ、変だ。なんか悩んでんのか?」
「どうして分かるの?」
「そりゃ、分かるだろ。話してみろよ」
キリアは、ローズマリーの隣に座って、そう言った。
(そうだ……。この人、びっくりするくらいに、良い人なんだ)
出会った時も、自分の目的を諦めて助けてくれた。
今もまた、こんな夜更けに訓練していたのに、それも中断して、かまってくれる。
「少しね、昔の夢を見たの」
「記憶が戻ったのか?」
ローズマリーはかぶりを振った。
「記憶がなくなる前までのところ、だと思う。今よりずっと身長が低かったし。私ね、子供の頃、屋敷の外に出たことがなかったんだ」
「病気だったのか?」
「分からない。でもたぶん、病気だったんだと思う。何の病気だったんだろう」
「治ったのか?」
「ううん、わからない。治ったのかな?」
「知らねェよ!」
キリアは笑ってそう言った。
「でも、友達がいてね、ずっと遊びに来てくれてたから、寂しくなかった。ふたりはいつも楽しい話をしてくれて、私は屋敷から出られなくても幸せだった」
空を見上げると、星が一面に広がっている。
「私ね、星が好きだったんだ。部屋から出られなかったから、夜はいつも空を眺めてた。その時にね、いくつか魔法の文字を作ったの。時間だけはたくさんあったから」
「魔法の文字?」
「星をさす文字でね。星から力を得られる……なんて、大げさなこと言ってたけど、実際はただのマークなの。キリアのしてる指輪を見て、思い出した」
キリアがつけている金の指輪の表面には、あるひとつのルーン文字が彫られている。
欠けた輪が二つ重なったような形。
「これ、ローズマリーが作ったものなのか?」
「ううん、そんなはずない。指輪を作ったことなんてないから。私はルーン文字を自分で考えたような気になってたけど、何かの本で読んだんじゃないかな」
「ああ、そういうの、分かる。俺も、自分で考えた技が、実は親父が普段やってたことなんてのがよくある」
「自分が好きなものって、知らないうちに影響受けちゃうよねー」
星空の下でふたりは笑いあって、しばらくして、キリアが口を開いた。
「そろそろ寝るか。明日は日の出と共に出発だ」
「……付き合ってくれてありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃねェよ。俺も暇だったしな」
キリアは木刀を担ぎ上げ、ひとりで自室へと戻っていった。
こんな夜中にひとりで稽古をしていたのだ。
暇だったはずはない。
「……嘘つき」
誰もいなくなった廊下で、ローズマリーは呟いた。




