04.賢人会と道場
王都アンローヘイムの西の端にある巨大な集会所に、たくさんの黒いローブを着た人たちが集まっていた。
すり鉢状になった講堂で、彼らは一様に顔を隠し、黙って席についている。
正面には、金色の女神像が奉られており、その周囲を囲うようにして、十二の記号が描かれている。彼らは、それを黄道十二宮のルーン文字と呼び、力のある印として崇めていた。
彼らがすっかり座席を埋め、しばらくすると、鐘が二つ鳴り、彼らの前にふたりの男が現れた。
ひとりは首から金色のアミュレットをぶら下げ、手には分厚い聖書を持っている宣教師の格好をしており、もうひとりは他の皆と同じようなローブを着ているものの、フードは外しており、顔は隠していない。
「時は来た!」
宣教師の男、ナウビスが叫んだ。
「もうじき、このヨウルカスの研究成果がここに到着する。我らの目的のひとつである『永久人形』の完成形が、諸君らの前に姿を現わすだろう。まずは、その栄誉を称えたい」
会場では拍手喝采が巻き起こった。
紹介されたヨウルカスはおどけるように笑いながら言った。
「あのセレーネが作った『永久人形』の魔法をついに我々が手にする時が来た! 数百年の遅れを取り戻し、我々『賢人会』がこの世界を支配するのだ!」
またも、拍手喝采が起こる。
ヨウルカスは続けた。
「諸君らもよく耐えた。私の作ったあれがあれば、この大陸は全て人のものとなるだろう! もう魔物に怯える必要はない!」
演説のあと、二、三の連絡事項を終えて、会合は解散し、ローブを着た者たちは、口々にヨウルカスの偉業を称えあっていた。
講堂を出たふたりは、静かな個室へと移動した。
ここはナウビスの自室であり、棚の中には様々な果実酒の瓶が並んでいる。
ナウビスはブドウ酒を注いだ金属製のゴブレットを両手に持ち、ヨウルカスに言った。
「ヨウルカスよ。よくやった」
ブドウ酒を手渡すと、ヨウルカスは一気に飲み干した。
その様子をナウビスは気持ちよさそうに見て、やがて口を開いた。
「しかしその成果物は、なぜわざわざ遠くから運ばれてくるのだ?」
「実験ですよ。最後の調整を含めた、ね」
「手元から離れても大丈夫なのか?」
「万が一があっても、王都の記憶を半端に植えつけてある。これで帰ってこないようであれば失敗作ということです」
「それでは困るのだよ。あれにどれだけ金を費やしたと思っている」
「どれだけ金を費やしても、セレーネに追いつけない『賢人会』に問題があるような気もしますがね」
ナウビスは、そんなヨウルカスの本音を聞いても、怒りを浮かべることはなかった。
『賢人会』は、理念に同調した者を集めた組織である。
集合知を以て、課題を紐解く。
そのためにある組織であり、ある程度修学や研究を極め、行き詰った者たちの集まりでもあった。
しかし、そんな頭の良い者たちの集まった会であっても、結果を出せているのはヨウルカスくらいであり、他の者は失敗することにすらたどり着けていないのが現状であった。
だから、彼は一般会員にして、会長であるナウビスと同等の立場を得ていた。
「彼らはもはや、自分での進歩を諦め、お前に任せておる」
「俺にとっては都合の良い状況ですけどね。文句を言われることもなく失敗を重ねられるのは」
「確かにその通りだ。期待しているよ。さて、私は用事があるので、これで失礼する」
ナウビスはヨウルカスをひとり残して去っていった。
どこへ行ったかなど、ヨウルカスには興味もない。
会長とはいえ、彼もその他大勢のうちのひとりに過ぎない。
せいぜい、魔法が少しばかり上手いくらいである。
現存する魔法の応用において、魔法学校の校長も兼任しているナウビスを超える者はそうそういないだろう。
しかし、そんなもの、魔物を殺す以外、何の役に立つのだろうか。
(まあ、ここまで辿り着くのに百年。俺はマリスの馬鹿とは違う。必ずセレーネさまに追いつくのさ)
部屋の中でひとり、ヨウルカスは笑った。
街道を途中でそれて、今度は草木の少ない山を、キリアとローズマリーは登っていた。
視界の先には、果てしない石段があり、頂上まで続いている。
空気の薄い山頂に、キリアの向かう道場があるのだ。
登るにつれて、息が苦しくなっていく。
体調を悪くする者もいる高さの山だが、ローズマリーはやはり、平気な顔をして石段を登っていた。
「高いねー」
ローズマリーは景色を見下ろして言った。
後ろを振り返れば、通って来た道が見える。
はるか彼方に見える街道からここまで、うねった獣道が続いていた。
「落ちたら死ぬぞ」
キリアは彼女の方を見もせずに言った。
「落ちたことある?」
「あったら今ここにいねェよ」
道場の入り口は、木製の門があるものの、大扉は開け放たれている。
その奥には、大きな屋敷があった。
それは、王都やウィンドブロウの街でも見ないような珍しい形の屋敷で、ほとんどの建材が木で出来ている。
屋根には土を焼いて作ったカワラというものが敷き詰められており、陽の光に反射して、黒々と輝いている。
キリアが一歩中へ踏み込むと、庭で鍛錬をしていた三人の兄弟子たちが顔を見せた。
「あ、キリ坊」
最初に声を出したのは、茶色の短い毛で体を覆われた、猿の獣人のホウツであった。
「おい、キリ坊じゃねえか。遅かったな」
そう言って話しかけたのは、長身で痩せぎすのザルドである。
彼はこの中で一番の古株で、最も長く剣をやっている男であった。
「親父は中か?」
「おいおい、挨拶もなしかい。親父は出かけたよ。あと五日もすれば帰ってくると思うが……」
体格の良いドワーフのジュガイは、キリアの後ろに女性がいることに気がついて、わなわなと震えた。
「お前、お前!!」
ジュガイの様子を見て、他のふたりもローズマリーに気がついたらしく、目を丸くしてキリアを見た。
「てめえ! 魔物を狩りに行ったんだろうが! なんで女狩ってきてんだよ!」
「締め上げろザルド! こいつはあとで折檻だ!」
ザルドがキリアの胸倉を掴むと、簡単に足がつかない高さまで持ち上げられた。
「待て待て! ふたりとも落ち着けって!」
そう言ってホウツが仲裁に入るも、怒り狂るったふたりの兄弟子は聞く耳を持たない。
その様子を見ていたローズマリーが口を開いた。
「あの、私、その人に助けてもらったの。森で魔物に襲われて……。キリアが親父さんに聞かないと私を送り届ける許可がもらえないからって、連れてきてもらったの」
話を聞いて、ふたりはしばらく動きを止めたが、また怒り狂い、声を揃えて、もはや泣きそうになりながら叫んだ。
「王道じゃねえか!!」
その悲痛な叫びは、周囲の山に反響し、こだまとなっていつまでも鳴り響いた。




