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30.決着

トキサメの介入により、キリアの思考は少しだけ冷静になれていた。

ローズマリーが操られている理由は、リブラが魔法を使ったからである。

この場を収めるためには、リブラを倒すか、魔法を解くか、の二択だ。


(クソ! 具体的な方法が思いつかない。親父のくれた刀、刀身が透明なだけなのか?)


そう思い、軽く人さし指で触ると、その異変に気がついた。


(……そうか。親父、偶然かもしれないけど、これならあの砂の奴も……)


リブラがキリアから目を離し、トキサメを見ている今こそ好機である。

キリアは、腕をだらりと脱力し、脚力だけに力を集中させ、リブラに向かって跳ねた。


「何!?」


余程油断していたのだろう、リブラが慌ててキリアを視界に捉えても、防御も反撃も間に合わない。

着地と同時に踏み込み、刀を下段に構え、斬り上げようとした。

しかし、キイン、と甲高い音がして、刃は途中で止まった。


「お前……!!」


キリアの動きに、ローズマリーだけが反応出来ていた。

刀は拳に弾かれ、押し戻される。


「は、ははっ、いいぞ、永久人形!」


ローズマリーの人形としての性能がキリアの想像を超えていた。

反射神経や運動神経は常人の限界値なのだろう。

加えてあの長身も、素手という武器を生かすためのものだ。


キリアは歯噛みした。

殺さずに助けるなんてとんでもない。

本気でやり合っても勝てるかどうかわからない。


(だが、助ける)


キリアは少し距離をとり、刀を構え直しながら、石櫃の傍へ寄った。


「障害物を使うつもりか? 永久人形はそんな石の塊ごときすぐに破壊できるぞ」

「黙ってろ砂野郎」


ローズマリーは、喋ることをやめて、ただただ泣きそうな顔をしていた。

言葉を話すとキリアが動揺して集中できないと思っているのだろう。


「俺は、ローズマリーを助ける。お前を斬るのはそのついでだ」

「強がるなよ。追い詰められているんだぜ」

「追い詰められているのはお前だろ。親父に勝てる気でいるのかよ」


そう言うと、リブラは一瞬だけ視線をトキサメに向けた。

その隙に、キリアは石櫃から金の腕輪を外した。


(セレーネがこの腕輪を作ったのはこのためだけじゃない。あれほど頭の良い人間がこの事態を予測しなかったはずがない)


キリアは刀を鞘に納め、両手を構えた。


「素手には素手か。やれ、永久人形。その馬鹿をいい加減殺してしまえ」


命令通り、ローズマリーはキリアと距離を詰めた。


「キリア……」

「大丈夫。安心しろ」


素手の心得がないわけではない。

鏑木流にも少しは技がある。

しかし、その練度は刀に比べるとないに等しい。


ローズマリーが大振りの攻撃を仕掛け、それを掌底で力の方向をずらしてさばく。

何度もそれを繰り返す。

集中力の続く限り、狙う隙を待つ。


彼女が背を向け、回し蹴りを放とうとした時である。

キリアは屈んで、軸足に飛びついた。


「うわっ!!」


ローズマリーほど力があっても、重心を崩されては立っていられない。

彼女は背中から床に叩きつけられた。

そして、キリアはすかさず両肩に膝を乗せ、動けないよう拘束する。


じたばたと暴れているが、すぐには返せないだろう。

キリアは先程取った金の腕輪を、彼女の胸に押し当てた。


「何だそれは? 何をやっている?」


リブラが邪魔をする前に、急げ、とキリアは必死の思いで腕輪を押す。

すると、金の腕輪は鈍い光を放ち、溶けるようにしてローズマリーの体に沈んでいった。

ルーン文字だけが、皮膚の表面を流れていき、体中に散っていく。


「小僧どけ!」


砂の濁流に、キリアは押し流され、ローズマリーの上から弾き飛ばされた。


「立て、永久人形。何をされたかは知らんが、お前に毒の類は効かん」


ローズマリーがおもむろに立ち上がり、キリアに向きなおる。

そして、恐らくは本気の裏拳が、リブラの顔面に叩きこまれた。


すぐに砂になって再生するも、その表情は強張っていた。


「……何をした?」


ローズマリーはすぐにキリアの隣りに立ち、言った。


「私、すごく怒ってるんだからね! ちょっと痛い目にあった方がいいよ!」


腹を立てる彼女を見て、キリアは少し笑った。


「お前でも怒ることあるんだな」

「あるよ!」


リブラは余裕の表情でこそなくなったものの、永久人形を諦めた様子はない。

砂を前面に集め、腕と足の密度を高めた。


「しかし、お前らふたりでも、俺には勝てない。砂は無敵だ」

「だと思うだろ? 弱点、あるんだよ」

「何だと?」

「少し教えてやるよ。俺の母さん、ピスケイスなんだ」


そう言ってキリアは指輪を見せた。

恐らく、今までで一番不快と思われる顔をした。


「母さんは、十二の人形のことを話してくれたよ。それぞれが何の人工精霊であるかもな。てんびん座のリブラ。砂の体を持ち、最も狡猾な人形。そして苦手なのは!」


キリアは空中で刀を抜き、リブラを斬りつけた。

斬られた部分の砂は濃い茶色に変色し、再生しない。


「水、だろ?」


淡雪の刃が透明なのは、水の刃になっているからである。

濃縮された魔法の霧の刃は、液体と固体の中間を保ち、刀の様相を作り出している。

水分を吸収したリブラの体は、切断面が固まり、元のように再生しない。


「俺は、てんびん座のリブラだぞ! こんなところで死ぬはずがない! 永久人形を量産せねばならんのだ!」


キリアは、リブラの体を、好き放題に斬りつけた。

斬れば斬るほど、水分を吸って、体は重くなり、固まっていく。

すぐに、身動きひとつとれなくなっていた。


「ローズマリー、こいつどうする?」

「私がやる。もう、こんな悲しい思いをする人を出しちゃダメ」


ローズマリーが近づいていくと、リブラの表情は段々と恐怖に染まっていった。


「リブラさん、だっけ。私は、あなたのことを憎く思っていないよ。セレーネから命令されただけなんだもんね」

「あ、あ……」

「でも、だから、やっぱり、友達の私が、決着をつけておかないといけないって思うの。ありがとう、私に体をくれて。全部、あなたのおかげ。本当にありがとう」


ローズマリーは拳で軽く、リブラの固まった胴を叩いた。

すると、そこからヒビが入り、彼は地面の上に、バラバラに散った。

もう二度と、再生することはなかった。


「キリア、ごめんね。痛かったよね」

「……すごいな、お前」

「え?」

「普通、言えないって」


キリアがそう言って階段の方を見ると、トキサメはいつの間にかいなくなっていた。


「キリア」

「うん?」


呼ばれて振り向くと、膝を折って、目線の高さを合わせたローズマリーがいた。


「おいで」

「はァ? 何言って……」

「ほら、ほら」


両手を広げるローズマリーがそうやってキリアを呼ぶため、複雑な面持ちながらも、キリアは導かれるまま、ローズマリーの胸の中に収まった。

セレーネの言う通りなのが癪だが、彼女からはたしかにどこか懐かしい香りがした。



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