29.人形
ムリンの街中は、数時間前とはうって変わって、戦場と化していた。
あらゆるところで爆発が起き、家の壁や屋根が吹き飛ぶ。
リブラの放った、魔法使いを模した木偶人形たちは、いっさい容赦なく、街を破壊していた。
敵対する者がどこに潜んでいるか分からない以上、この街ごと焦土にするつもりなのだろう。
彼らは歩みを進めながら、無感情に爆撃魔法を放っていく。
その端から、ザルドたち鏑木流の門下生は、木偶人形を斬り払っていた。
最初はその人数に驚いていたものの、相手が人形だと分かれば、彼らに迷いはない。
「雑魚ばっかだな!」
ホウツが余裕の表情で言う。
「人形相手に後れをとるようじゃな」
「魔法には気をつけろ。吹き飛ばされるぞ」
鼻息の荒いジュガイに、ザルドは注意を促した。
木偶人形の腕を切り飛ばし、懐に入り込んで胴を斬る。
「お前ら、今何体だ?」
ザルドが聞くと、ジュガイとホウツは戦いながら答えた。
「俺は五体。ホウツは?」
「六体かな。俺の勝ち!」
「三人で十七体か。まだまだ居るな」
そんな会話をしていると、瞬時に周囲が凍った。
分厚い氷は、敵も建物も、皆同じく閉じ込めてしまっている。
「四十八体」
ベアトリーゼが挑発するような笑みを浮かべて、そう言った。
「おばさん、はしゃぎすぎ! 魔力少ないんだから!」
そう言うメリアンも、巨大な根で、家ごと木偶人形たちを一掃していく。
「すげえ……」
と、ジュガイが感心して言うと、ザルドはフッと笑った。
「俺たちも負けてられんな」
「そうだ! 戦いは数じゃないしね!」
大規模な魔法に勝つには、精度をあげるしかない。
三人はばらけて、街の四方へ散った。
「さすがのお前も、砂の俺は倒せまい」
リブラは、自分が追い詰められていることを理解していた。
(しかし、こいつが来るとは……! コラトン高地の方へ行っているのではなかったのか!?)
彼がここから遠く離れた地へ行っていることを知っていて、ムリンを襲撃したのだ。
強気な発言は、切り離した一部が遠くに逃げるまでの時間稼ぎでもある。
こちらもトキサメを倒せないかもしれないが、むこうも手詰まりだろうと思っていた。
「お前らみたいなやつを相手するために、俺も何もしなかったわけじゃない」
「え?」
その斬撃は先程よりも速く、抜くところ以上に、刃が全く見えなかった。
そして、リブラの右手が、手首から切り落とされ、形を失わずに、地面の上へ転がる。
「な、何だ? なぜ、手が、手のまま……」
不思議と痛みもない。
そこで、リブラはその斬撃の恐ろしさを理解した。
「痛みがなければ、形を失ったとは認識できない。手は手元を離れても手のまま。普通の人間なら死んじまうだろうが、お前らセレーネの人形は、体が自然物で出来ている。だから、死なない」
トキサメに両足を斬り飛ばされ、リブラは地面に倒れ伏した。
なぜこんな芸当が出来るのか、魔法の研究に人生を費やしていたリブラにすら全く理解できない。
「痛みがなければ、砂になることもできないだろう。無意識に人間の体を保とうとする再生能力が仇になったな」
体を砂に変えてしても逃げられるだろうか、それすらも不安になる。
咄嗟に体の一部を逃がしておいたのは、機転がまわっていたと、自画自賛しても良いだろう。
(こちらの本体は諦めるしかないか……)
せめて一矢報いるため、残った胴体を砂に変え、巨大なひとつの手を作り出す。
「死ね!!」
飛びあがって、ふたりを潰そうとするが、骨の鞭に捕まって身動きが取れなくなった。
骨の鞭は、鋼鉄のように硬くなり、リブラの体を空中に固定していた。
「これなら、体を切り離してもすぐわかりますね」
ムルカがそう言って、鞭を地面に突き刺す。
「さっきは失敗しましたけど! 『骨組みの箱』!」
骨の鞭ごと、ムルカは大きな白い骨の箱で包み込んだ。
(逃げられないか。ここで終わりだな……)
箱はすぐさま小さくなり、リブラの体をすっかり手の平に乗る大きさまで縮ませた。
そして、それを懐にしまって、言った。
「リブラはこれで終わりです。あとは、あの空にいるやつらと、街中の賢人会を……」
ムルカは、トキサメの方に視線を向けた。
何を言いたいのか気がついたようで、トキサメは空を見上げた。
「あれを俺がやるのか?」
「出来ますか?」
「手伝ってやりたいが、先に済ませたい用事があってな。任せた」
「ちょっと、どこ行くんですか?」
「すぐ戻る」
「もう!!」
脇目もふらず、墓のある方へ歩いていくトキサメに、ムルカは地団太を踏んだ。
階段を駆け上がるキリアたちの前に、リブラが現れていた。
砂の体は、密度を失い、背後の日の光がところどころ透けている。
キリアたちにとって、その姿は逆に不気味なものであった。
「誰だ、お前」
キリアは刀に手をかけながら聞いた。
「その永久人形は私のものだ。返してもらおう」
手を伸ばすリブラから離れるように、キリアはローズマリーを連れて、階段を降りた。
どんな魔法や攻撃が来るか分からない。
うかつに攻め込むよりは、広い空間におびき出すべきだと判断した。
「返して欲しかったら、取ってみればいいじゃねェか」
挑発のつもりだった。
リブラの前に灰色の魔法陣が浮かぶまでは、それが誤った判断だと気がつけなかった。
「では、そうさせてもらおう」
突如、キリアの体は何かに突き飛ばされ、壁へぶつかった。
「キ、キリア……」
ローズマリーは悲しそうな顔をして言った。
彼女が右手の甲でキリアの体を叩いたことに気がついて、リブラが何をしたのか察した。
「てめェ、ローズマリーを……」
「そいつは人形魔法だ。俺の言うことを聞くのが当然だろう。永久人形、そいつを殺せ」
その命令の直後、キリアは咄嗟に跳ねた。
今までキリアのいたところに、ローズマリーの拳がめり込んでいる。
躱すことがやっとの、とてつもない速さであった。
「キリア! 逃げて!」
「馬鹿言え!」
間髪入れずに、ローズマリーは距離を詰めて、キリアへ襲い掛かる。
キリアも寸での所で避けているが、直撃すれば危ないことは、先程のひび割れた床が証明している。
「ほら、ちゃんと避けろ。殺されるぞ」
リブラは腕を組んで観戦していた。
永久人形のローズマリーを、キリアが斬れないと分かっているのだろう。
「てめェを殺せば止まるんだろ!」
「やってみたまえ」
ローズマリーの拳を掻い潜り、キリアはリブラの体を斬りつけた。
しかし、体の中心で刃が止まり、押すも引くもできない。
「砂なんだぜ? 考えろよ」
リブラは回避の遅れたキリアを殴りつけ、言った。
「悪いが少し憂さが溜まっているもんでな」
倒れたキリアの顔を踏みつけ、リブラはさらに砂の拳を作った。
「死なないと思うが、死んでもいいよな」
「やめて! キリアを離して!」
ローズマリーがそう叫んでも、体は全く動かない。
「まさかお前がそこまで感情を持っているなんてな。試しに起こした時は全く問題なかったのだが。まあいい、すでに製法は分かった。作り直せばいいだけだ」
「ふざけんな……! ローズマリーは生きてんだ……」
「生きてない、生きてないんだよ、残念ながら。こいつは人形だ。お前が愛玩しようが、それは変わらない」
キリアが立ち上がりながら、リブラの体を払う。
「おっと。大事な剣はここにあるが、まだ頑張るかね?」
「キリア、逃げて。私のことは放っておいていいから! お願い!」
「……ああ、そうだ。逃げたまえ。俺も永久人形が帰ってくれば、お前を追う理由がない。だが、死ぬまで後悔し続けるだろうなあ。お気に入りの玩具を捨てて逃げるのは」
「こんなやつの口車に乗っちゃダメ! キリア!」
ローズマリーは涙ながらに叫んでいる。
先程踏みつけられた時に額が切れたようで、血が垂れており、視界も悪い。
そして、刀は奴の腹に刺さったままだ。
「二対一で分は悪いし、武器もねェ。でもな、俺は諦めねェぞ。それに、言っただろ、ローズマリー。お前を見捨てるのは、気分が悪い。逃げねェ理由があるとするなら、それだけだ」
「立派だね。じゃあ、この墓でお前も眠るがいい」
リブラが砂の腕を振り下ろそうとしたその時だった。
「ここにいたか」
階段を降りて来たのは、トキサメだった。
手には白い刀を持っており、キリアを見つけると、それを投げつけた。
「親父、どうしてここに……」
「その刀をお前に渡すためにな。本当は免許皆伝の証の予定だったが、ここでそいつを斬れたら認めてやるよ」
「今そんな場合じゃ……」
トキサメは、階段の一番下に座り込んで言った。
「俺は手を出さねえ。だが、お前が死んだらきっちりあいつらを殺してやる。安心して戦え」
「ちょっと待ってくれ、親父。ローズマリーは敵じゃない。操られてるだけだ」
「だったら助けろ。ここで見てるからな」
キリアは呆気にとられたあと、苦笑した。
白い刀は、鞘だけでなく、刀身まで雪のように真っ白であった。
「その刀の名前は『淡雪』。お前専用の刀だ」
キリアが手に魔力を込めると、白い刀の周囲に霧が立ち込め、刀身を見えなくしてしまった。
砂の体を斬る方法も、ローズマリーを助ける方法もまだ分からない。
しかし、出来るような気がしてきた。
キリアは、リブラに向けて淡雪を構えた。




