28.トキサメ
「姐さん、本当に来るんですかね」
ホウツは、小高いところから地平線を眺めて、ムルカに聞いた。
今のところ、ムリンの周囲は静かなもので、人ひとりいない。
「ええ、来ます。間違いなく。ローズマリーを取り返そうとしないはずがありません」
「キリ坊たちも帰って来ないし、何が起きてんですか?」
「あの場所は、時間が歪んでいます。いつ戻るかは、私にも分かりません。私たちは、私たちの仕事をきっちりとやりましょう」
「押忍!」
ホウツのそんな様子を、ザルドとジュガイは悲しいものを見るような目で見ていた。
「なんだか、ああなると、逆におしまいだな」
ジュガイがそう言うと、ザルドは肩をぽんと叩いた。
「言いたいことはよく分かるぜ」
「だいたい、あの人は親父とどういう関係なんだよ」
「そりゃお前……」
「なんだ? じゃあ、お袋って呼べばいいのか?」
「それが変だから姐さんなんじゃないのか?」
「あ、なるほど」
ジュガイは納得したようにそう言った。
一方、メリアンとベアトリーゼは、ぽつりぽつりと魔法の話をしていた。
「魔法で出来た物は、実際の物体の性質とほぼ同じなの。だから、その物質の性質をよく理解していないと、見たことのない魔法に、すぐ足元をすくわれるわ」
「魔法だけじゃなくて、普通の勉強もしろってこと?」
「そう。物の性質を知れば、魔法の幅はすごく広がる。あなたが木の魔法にこだわりたいなら、それこそ木のことはよく知ってないといけないし、それ以上に、基本的な四大魔法くらいは使えるようになっていないと、相手がどんな戦法でくるかわからないでしょう?」
「そういうの、魔法学校に行けば教えてもらえるの?」
「ええ。もっと多くのことをね」
そんな時だった。
遠くの空に、黒い点が見える。
その数は全部で八つ。
先程、ムルカが制し、ベアトリーゼが氷塊で潰したラドンと全く同じ竜が、大勢の黒いフードを被った人間をカゴに乗せ、ムリンへ向かって飛んできていた。
「なんだよ、あの人数……」
ジュガイが小さい声でそう呟いた。
「百人はいるな」
ザルドは刀に手をかけて言った。
手が震えているのは、武者震いだろうか。
ムルカが手を叩いて、皆の注目を集めた。
「みんな、来ますよ。しっかり準備してください」
「姐さん、ビビってないんですか?」
「あんなの、何人いたって一緒です」
ムルカは、骨の鞭を両手に持ち、地面に垂らした。
本当に何でもないことのように、ただ敵の軍勢を見つめている。
「みんなは、あの黒服たちの相手をお願いします」
「竜はどうするんですか?」
「私がやります。ヨウルカスと竜は、放っておいてください」
「ええ!? 八匹もいるんですよ!?」
「問題ありません。『八匹も』ではなく『八匹しか』です」
「すげえ……」
尊敬のまなざしを向けるホウツを放っておいて、ムルカは咳払いをひとつし、続けた。
「とにかく、そういうことで、命が危ないと思ったときはすぐに逃げて構いませんので、深追いは避けてください。あくまでもこちらの狙いはヨウルカスのみなので」
「了解。俺たちは魔法使いどもを相手しよう」
ザルドがジュガイに視線を向けると、彼も頷いた。
「ベアトリーゼは、いいの?」
「今更じゃないの? いいわよ、氷の賢者と呼ばれた私の魔法、近くで見せてあげるから」
竜の影はだんだんと近づいてくる。
街の入り口に差し掛かったころ、ラドンの軍団はカゴを切り離し、街の中へ魔法使いを放った。
それを見て、ザルドやジュガイ、ホウツは走り出した。
そのあとを追うようにして、ベアトリーゼとメリアンも行く。
「これで、街中は心配ないでしょう。あとは……」
上空を旋回するラドンたちの中から、ひとつの影が、広場に向かって降りて来た。
「久しぶりですね、ヨウルカス。だいたい三十年ぶりでしょうか」
「誰だ?」
「覚えていませんか。あなたの宿屋に泊まった間抜けなふたり組みを」
そう言われて、リブラは思い出したように、表情を変えた。
「ああ、あの時のちびか。そりゃ、久しぶりだ」
「思い出してもらえてよかったです。じゃあ、私があなたを狙う理由も分かりますね?」
「あの時の人狼を騙していたことを言っているのなら、もう時効だろ」
「法で裁けないのだから、私がこうして出向いたんですよ」
「言うことだけは立派だが、この八匹のラドンをどうするつもりだ?」
リブラは余裕の態度で空を見上げた。
ラドンたちは一斉に、ムルカを視線の先に捉える。
「ほんと、身を守ることだけは上手いですね」
「この三百年、そうやって生きて来たんだぜ」
「それも今日で終わりです」
ムルカが二本の骨の鞭をラドンの首に巻き付け、思い切り引っ張った。
ラドンは必死に羽ばたいて抵抗しようとするも、すぐに地面へ追突する。
その瞬間に、骨の鞭を骨粉に戻し、また魔力を流し込むと、今度は無数の骨虫となって、ラドンの眼球や鼻孔から体の中に入り込んでいく。
少しの間、苦しみ悶えたものの、骨虫が心臓に到達し、すぐにラドンは力尽きた。
「なるほど、なるほど。死霊術か。人形魔法が出てきて完全に廃れたと思っていたが、こういう使い方もあるんだな」
「あなたの自慢の竜は、大したことがありませんね」
「一匹ならな。二匹同時だときついんじゃないか?」
今度はラドンが、二匹揃って、ムルカへ襲い掛かる。
骨の鞭で一匹に掴まり、反動を利用して、空中へ跳ねあがる。
そして、空中で骨の鞭を、無数の剣に変え、ラドン一匹の上に降り注がせた。
いくつかは鱗に弾かれたものの、何本かは刺さり、その数本が、今度は虫に変わって、体内へ入り込む。
その一匹を落としきらないうちに、残る一匹に標的を変え、ムルカはもう一本の骨の鞭を伸ばして、翼膜を貫いた。
鞭の先端がかぎづめ状に変化し、翼膜に引っかかる。
ラドンの背中に乗ると、骨の鞭を大きな白い鎌に変え、ラドンの首を切り落とした。
空中に投げ出されても焦らず、骨の鞭を地面に対し斜めに突き刺して引き戻し、落下の衝撃をやわらげる。
「やるじゃないか」
「それほどでも」
ムルカは、骨の鎌を、リブラに向けた。
「何か言い残すことはありますか?」
「まだ早いな」
「そうですか」
ムルカは一呼吸のうちに、リブラの眼前へ迫ると、彼の胴を横に薙いだ。
簡単に真っ二つになり、彼は地面の上に転がる。
ラドンたちは、主人を見失ったのか、混乱したように、空中を乱れ飛ぶ。
ムルカは骨の鎌を骨粉に変え、腕をローブの中へしまった。
「まだ終わっていないことは分かってますよ。あなたのことは調べてます。セレーネの人形でしょう? てんびん座のヨウルカス、でしたっけ」
そう言うと、リブラの近くの地面が動き、人の形を作り出した。
「よく調べたな。油断したところを、殺してやろうと思ったが……」
「あなたの経歴を調べれば、すぐに分かります。マリスに負けず劣らずの悪党ですから」
「あのような失敗作と同列に語るな。それに、俺の名前は、ヨウルカスじゃねえ、リブラだ」
「では、リブラ。ここからが本番なんでしょう?」
「せいぜい楽しませてくれ」
ムルカの腕から骨の槍が飛び出し、リブラの腹を貫くと、砂の飛沫が飛び、体の中にがっちりと掴まれてしまった。
「くっ」
「砂なんだぜ。効くわけねえだろ」
すぐにムルカは槍を変化させ、大きなカゴに変え、リブラを隙間なく包んだ。
「潰れて!」
カゴが収縮し、リブラの入っていた空間が、一センチにも満たない正方形へと変わる。
ムルカがそれを拾いあげようとすると、地面が動き、そこに生えた手から、先に奪われてしまった。
箱を砕くと、リブラはまた元通り、体を繋ぎ合わせる。
「一部分を隠していたんですね」
「ああ。地面と判別がつくまいよ」
余裕の態度は崩さなかったが、砂になられては、この広場の草原に隠れることが簡単に出来てしまう。
砂以外であればなんとかなったかもしれないが、あまりにも周囲の環境が彼に味方している。
ここで完全に消滅させる難しさを痛感した。
しかし、その時だった。
それはまるで、流れ星のように、空から広場に向かって、一直線に突撃、衝突した。
地響きを立てて地面をえぐり、勢いが止まると、土煙の中から、ひとりの男が現れた。
「おー、やってるな」
「トキサメ!!」
腰に二本の刀を差し、紺色の道着を着たアンデッドが、そこに居た。
左手には別に、真っ白な刀を持っている。
「お前が来いって言うから、フィロメラに送ってもらった」
「来いなんて言ってません!」
「来なかったら絶対文句言うだろ……」
「私を何だと思ってるんですか!? それより、こいつですよ、トキサメ」
「ん?」
そこでようやく、砂人間のリブラに気がつき、トキサメは歩み寄った。
「お前も来たのか、これは都合がいい。お前には、俺も興味があ――――」
トキサメは何も言わず、彼の頭を斬り飛ばした。
ムルカにも、いつ刀を抜いたのかわからない速さである。
すぐに再生するリブラを見ながら、トキサメは言った。
「やっぱり、こういうやつか」
「セレーネの人形は、みんなこうですよ」
「面倒だな」
リブラが再生し終える前に、トキサメは、次々に斬っていく。
まるで再生が追いついておらず、リブラはどんどん小さくなっていく。
「で、こいつどうやって倒せばいいんだ?」
「砂ですから、熱して溶かすとか……」
「火は?」
「そんな強い火はありません」
トキサメは斬るのをやめ、納刀した。
「戦う前に考えとけよ」
「私だって、砂だとは思わなかったんですよ!」
「砂じゃなかったら勝てるのか?」
「勝ってました! さっき!」
ふたりが言い争っているうちに、リブラはそっと自分の一部を切り離し、後方へ逃がした。
リブラの真後ろは、墓のある方向である。




