26.墓の下で
墓の下に続く階段は、すぐに終わった。
ひやりとした空気が肌を撫でる中、キリアとローズマリーは狭い廊下を進み、少し広い空間に出た。
中心には石櫃が置かれ、それを囲うようにして、壁には十二のルーン文字が書かれている。
「お墓、だね。この中にローズマリーさんがいるのかな」
「開けてみるか?」
「いいのかな……」
キリアが石櫃を開けると、中には人骨が納められていた。
火葬したあと、納骨したのだろう。
腐った肉などが出てこなくて良かった、とキリアは少し安堵した。
「ローズマリーさん、死んでたんだ。病気治らなかったんだね……」
「……待て待て。変だろ」
ローズマリーが死んだことを、友達が知らないはずがない。
では、なぜ戻ってくることを見越したかのように、金の腕輪を屋敷に残しておいたのだろう。
「何かあるはずだ。何か……」
キリアが石櫃の壁面を調べると、ちょうど腕輪の形をした溝が空いていることに気がついた。
「おお、いかにも、だね」
「ローズマリー、ここに腕輪を入れてみてくれ」
「うん」
金の腕輪をはめ込むと、そこからいくつもの白い魔力線が伸び、壁や地面を伝って、各ルーン文字へと到達する。
すると、周囲の文字は、虹色に輝き出した。
「どうなってるんだ!?」
何が起きるのか、と身構えていると、ふたりの目の前に、ひとりの女性が現れた。
茶色の短髪と、緑色の瞳をしたその女性は、ふたりを見ると声をあげて笑った。
「あっはっはっはっは!! いやー、さすがはアタシだ!」
訝しむキリアの横を、ローズマリーがふらっとその女性に向かって歩いて行く。
「セレーネ……」
「セレーネって、あのセレーネ?」
ローズマリーの言葉を繰り返し、キリアは目の前の女性が自分の知ってるセレーネと同じなのか、と疑問を浮かべる。
彼女はそれを聞いて、また笑った。
「そうそう、君の言う『あのセレーネ』が、アタシだ。超天才の魔法使いのセレーネさまさ」
「なんで生きてんだ!?」
「そりゃ三百年も経ってんだ。生きてるわけないさ。まあ、アタシなら不老不死になるくらい楽勝だけどね」
セレーネはローズマリーを見て、言った。
「久しぶり、でもないか。君からすればそんなに経ってないんだろうけど、今アタシは、君が死んでからしばらく経ったところからここに来ている」
「そうなんだ。元気?」
「……相変わらずのマイペースだね。だからこそ、変わってないと思える」
「セレーネ、何があったの?」
「何もないさ」
「うそ。だって、見えるもん」
セレーネは目を丸くした。
「そうか、そこまで出来ているんだ。感情が見えるんだね?」
「うん」
「無理してここまで来て良かった。リブラは上手くやったんだ」
話を聞いていたキリアは、そこで口を挟んだ。
「あんたは何をしにここに来たんだ?」
「無粋なやつだね。感動の再会だよ? アタシは、確認に来たのさ。三百年後の世界で、私が望んだことがちゃんと起こっているかのね。ここがこの世界におけるふたつ目の区切り。ローズマリーがちゃんと生まれていること。いや、正確には、人形魔法が発展を遂げていること、だね。まあ、この子を見る限り、上手くいってるようで安心した。病気を治し、魔力の供給なしに動き続けられる元人間。死体の記憶すら引き継いで存在できるということは、体を変えて生き続けることが可能だってことの証明でもある」
「なんだそりゃ。どういうことだ?」
「彼女の病気は、ライフオーバーという、生命力が過多になる病気だった。この三百年後の世界ですら特効薬の存在しない難病さ。だから、一度死ぬ必要があった。生命力を完全に空にして、魔力と感情で構成された体を作る必要があった。でも、それを作りあげるには、アタシひとりの人生ではとても足りない。いくら超天才と言っても、時間の流れを自在には操れないからね」
セレーネの説明は半分ほど理解できなかったが、とにかく彼女が三百年前から計画していたことが、今ローズマリーがこうして立っていることに繋がっているのだと分かった。
彼女は、黙って話を聞くキリアに、続けて言った。
「君のお母さんは、第一世代の永久人形だ」
そう言われ、キリアの脳裏に母の姿が浮かぶ。
「そして、彼女は第二世代の――――」
「待て。なんで、俺の母さんのことを知っている?」
「そうなるように作ったからさ。君、ローズマリーに対して、親近感を持ってるだろ」
キリアが面を食らっていると、彼女は続けた。
「ピスケイスの人格は、ローズマリーを元にしてある。抵抗なく受け入れることが出来たのは、当たり前だ。あれ、そこまでは聞いていなかったかい?」
キリアが言葉を発せず固まっていると、ローズマリーが聞いた。
「キリアのお母さんって……」
「……ああ。セレーネの作った十二の人形のうちのひとり。うお座のピスケイス。母さんは、体が水で出来ている人形魔法だった。山に捨てられた俺を拾って、育ててくれた。だけど、俺を助けるために、魔力を使い果たして、死んでしまった。人形魔法は魔力で出来てるから死んだら何も残らねェ。唯一残ったのが、この指輪だ」
キリアの指にはめられた金の指輪が、鈍く光りを反射する。
「セレーネ、あんたの話も、他の人形の話も聞いた。それがあんたの計画通りだったとしても、俺には関係ねェ。この先だって、こいつと一緒にいる。母さんとは無関係に、俺が好きになったからだ」
「キリア……」
そう聞いて、セレーネは拍手をした。
「いや、良いよ! 幸せにしてやってくれ。アタシの計画においては、その辺は些事にすぎない。求める場所は遙か未来にあるからね」
「結局、何が目的なんだ?」
「『人魔大戦』……。ふふ、千年後に起こる、大規模な戦争さ。人間と魔物が、ついに雌雄を決する時が、来る。その時までに戦力を整えておかないといけない。あんたの親父、トキサメや、ローズマリーはその戦力の一端だ」
「東の魔物が、攻めてくるのか?」
「笑わせる。先に攻めているのは、こっちだ。千年もすれば、東の端を収める『ゼウス』の尻に火をつけるところまで、人間が追いつくんだ。そして、勝てば、この大陸はようやく人間のものだ」
「なぜ自分でやらない?」
「ガイアを倒すためには、手札が足りないから。まあ、その辺の話は終わったことだし、もういいよ。とにかく、アタシはそのための経過観察に来ただけ。もうじきこの時空魔法も消える。そしたら、ローズマリー、今度こそ本当にさよならだ」
セレーネがそう言っても、ローズマリーは全く寂しがっていなかった。
それは予想外の反応だったのか、セレーネは苦笑した。
「意外だね。泣くかと思ったのに」
「泣かないよ。だって、三百年前にお別れしてるはずでしょ?」
「――――ああ、そうだった。まったく、マイペースだ。だけど、これでアタシもいける。じゃあね、ローズマリー。生きてて、本当に良かった……」
そこまで言うと、セレーネの姿は、霞んで消えた。
その間際に、一筋の涙が見えたような気がした。
「私の正体、分かったね」
「ローズマリーを元にした、『永久人形』。病気を治すには、体を変えるしかなかった。好意的にとらえれば、そう言える。でも、セレーネはまるでお前を研究材料みたいに言っていた。自分の魔法の発展とは別に、お前のことを考えていたと思うか?」
「セレーネは前からあんな感じだよ?」
「……そうか。なら、いい。セレーネは、ローズマリーを生き返らせるために、自分の人形に指令を与えて、『永久人形』を作らせた。結局、新しいことは何ひとつ分からなかったが、確信は持てた」
「これからどうするの?」
言われてみれば、その通りであった。
ひとまず、目的は達したのだ。
「今後のことも考えないと。ひとまず、ムリンからは脱出しないとどうにもならないな」
そう言ってところで、地響きがなった。
上で何か起こっているのだろう、とすぐに察しがつく。
ふたりは外の様子を確認するために、走り出した。




