25.聖墓
広場の小高いところには、小さくてボロボロの墓石がひとつ、ぽつんと立っていた。
レジーたちもここに被害が及ばないように、離れたところで戦っていたのだろうと伺える。
「このお墓、誰のなんだろう」
「文字がだいぶ擦れてるな。それに、今は使われていない文字の書き方だ」
それだけ分かっても、キリアも知識がある方ではなく、その文字を読むことができない。
「見せて」
ローズマリーがその文字を見ると、表情が強張った。
震える指で文字を何度もなぞる。
「……何って書いてあるんだ?」
「ローズマリー……」
「は?」
「ローズマリー。間違いない。これ、私のお墓なんだ」
キリアの脳内で点と点がつながっていく。
三百年前の人間で、墓もある。
「永久人形……」
「え?」
「レジーの言ってた、永久人形って言葉通りなら、ローズマリーは、すでに死んだローズマリーの人形魔法ってことになる……」
「人形魔法って?」
「知らないか? セレーネって魔法使いの作った、人の形をした魔力を生む魔法だ」
その話を聞いて、ローズマリーが笑顔になる。
「どうした?」
「セレーネってすごいんだね!」
「今までに存在した魔法使いの中でもぶっちぎりで凄かったって話は聞いた。千年に一度の天才だとか」
「うん!うん!」
「なんでお前が嬉しそうなんだ……?」
人形魔法は、その魔力で構成されているという性質上、もって十五分という代物であるが、セレーネの使った人形魔法のオリジナルは解くまで永遠に存在し続けるという話は、この世界の人間なら誰でも知っていることである。
「あれ、ねえ、ちょっと……」
ローズマリーが考え込んでいたキリアの袖を引く。
金色の腕輪に刻まれたルーン文字が、様々な色を放ち、淡く光っている。
よく見ると、キリアの指輪も同じように光を放っていた。
驚いて固まっていると、墓が振動し、裏に地下へと続く階段が現れた。
「墓の下に行くための腕輪だったのか?」
「そうなのかな。行ってみよ?」
ローズマリーは、今までと変わらない様子で、明るくそう言った。
「……気にしてないのか?」
「何が?」
「人形魔法かも知れないってこと」
「いや、気にしてないことはないけど、私は私だよ。私がローズマリーさんじゃないって言うなら、名前を変えれば良いだけじゃない?」
「そういう問題か?」
「キリアは嫌かな?」
「いや、俺は別に……」
「さすが! だったら、何も心配ないね!」
彼女にとって、人間であるかどうかと人形であるかどうかに大した違いはないのだろう。
キリアは、階段の下を覗いた。
真っ暗だが、このルーン文字が放つ光でなんとか進めそうだ。
「俺が先に行く。足元に気をつけてゆっくりついてきてくれ」
「わかった!」
階段は石で出来ているようで、足をかけても踏み抜く心配はなさそうだった。
ラドンは未だに倒れたままであったが、目だけはぎょろりと動いており、体を治すための食糧を探しているようであった。
「しぶといやつですね。殺したつもりだったんですけど」
ムルカがもう一度魔法を発動させようと手の平を向けたところを、ベアトリーゼが制止した。
「待って」
「賢人会のベアトリーゼですね。邪魔をする気ですか?」
「いえ、こいつは私が殺します」
それを聞いて、ムルカは手をローブの中にしまった。
ラドンの傍らに、ベアトリーゼは近寄り、魔法陣を展開させる。
魔法に対する耐性など、圧倒的な物量の前では無意味に等しい。
氷魔法なら、瞬時に殺せる。
しかし、その前に聞いておきたいことがあった。
「レジー、なんでそんなひどいことをしたの? なんで、私の子供を狙ったの? なんで、私だったの?」
竜になった彼は、答える術を持たない。
ベアトリーゼは彼に問い続けた。
すでにほとんどの激情を吸われた彼女に、殺気や、恨みや、怒りはなかった。
ただただ、悲しかった。
別段、彼のことを好きだったわけではない。
しかし、少なくとも仲間だとは思っていた。
それは、ナウビスやヨウルカスに対しても同じ気持ちである。
裏切られた悲しさだけが、ベアトリーゼの胸中を襲った。
「さよなら、レジー。もう二度と会うことはないわ」
彼の真上に、今使える最大の魔力で、巨大な氷塊を作った。
もう、それを振り下ろす魔力もなく、自由落下に従って、地響きを立ててラドンの肉体を押しつぶした。
ベアトリーゼは、足元がふらついたところを、メリアンに支えられる。
「おばさん、魔法はまだダメだって、言われたでしょ?」
メリアンは少し怒った様子で言った。
ベアトリーゼはなんだかおかしくなり、つい笑ってしまった。
「ふふ、あなた、なんで私を助けてくれるの?」
「あのね、助けてるわけじゃないわ。私はまだあなたに勝ってないの。勝手に死なれちゃ困るのよ」
「そう……。勝ちたかったら、魔法学校にでも通いなさい。独学よりは、マシだから」
「……考えとくわ」
(素直な良い子ね……)
まだ会ってそれほど日が経ってないにも関わらず、メリアンのことを信用している自分に呆れた。
でもなぜか、これだけ立て続けに裏切られていても、今度は裏切られるような気がしなかった。
だから、安心して、体を預けておくことができた。




